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32(第一章 完)

挿絵(By みてみん)


      32


 三日間の準備期間を終えて、ついに旅立ちの日を迎えた。

 お姫様の旅行ということで、キャラバンみたいな大荷物を引き連れて移動するのかと思っていたけど、全然そんなことはなかった。


 俺はキャンディーのポーチしか持っていないし、エイリーに至っては完全に手ぶらだった。

 もしかすると、必要なものは全部現地調達するつもりなんだろうか。

 それはそれで"旅"という感じがしてワクワクする。


「辛くなったら、すぐに帰ってきてね」


 コルトゥーラの空は雲一つない快晴で、旅立ち日和だ。

 そんなのどかな雰囲気とは裏腹に、プリート王妃はどこか心配そうだった。

 エイリーの前にしゃがんで、両手で優しく肩を持っている。


「えぇ、姫がお辛そうであれば、必ず帰ります」


 そんなプリート王妃を前に、エイリーは堂々と答える。

 三日前まで『もう辞めたい』とか『首を切ってくれ』とか言っていたとは思えない。

 そう考えると、旅に出るというのは我ながら妙案だったのかもしれない。

『エイリーと旅をする』なんてあの場を治めるための口から出まかせでしかなかったけど、結果的にはかなりの好プレーになったのだ。


 エイリーの尊厳を守りつつ、この城の従者として居続けてもらうことができて、とはいえ外に行くからお城の中で気まずい思いもさせない。


 一方俺は、こんなに可愛い子と二人で旅ができて、しかも大義名分をもって世界中の可愛い女の子とキスができて、おまけに外交という仕事までこなせる。

 あの時咄嗟に思い付けたのは、運がよかったという他ない。


「最初の目的地は決まってるの?」


 しゃがんだままのプリート王妃が、エイリーに優しい声で訊ねる。


 そういえば、どこに行くのかまったく聞いてなかった。

 この三日間、エイリーとほとんど喋ってなかったから仕方がない。


「最初はセーレットへ行こうかと考えております。姫にはまず、旅というものに慣れていただかなければなりません」

「おぉ、セーレットか! いいな!」


 リベロ王はエイリーの肩を力強く叩く。


「外交だの何だのの前に、まずは羽を伸ばしてこい!」


 羽を伸ばす?

 リベロ王の口ぶり的に、セーレットというのはリゾートなのだろうか。


「はい、ありがとうございます」


 エイリーは深々とお辞儀して、それから片膝を付いた。

 忠誠のポーズだ。


「リベロ様、プリート様、」


 そして、国王夫妻を名前で呼ぶ。


「ここまで私を育ててくださって、ありがとうございました。この恩義は、いつか再びお二人にお仕えすることで必ずお返しします」


 プリート王妃が「あらあら、」と嬉しそうな顔をする。


「エイリーちゃん、また戻ってきてくれるの?」

「えぇ、姫をお守りできるぐらいの力を付けて、必ずや」


 そうだ。

 俺とエイリーは一生旅をするわけじゃない。

 いつかはこの城に帰ってくるのだ。

 そして、リベロ王が言っていた通り、いつかは俺がこの国の国王になるのだ。


 それまでに、エイリーだけじゃなくて俺も立派にならないといけない。

 元いた世界の俺に、もう一切の未練はない。

 パーチェちゃんには申し訳ないけど、本当の俺は“こっち”だ。


「いやぁ、よかったよかった」


 リベロ王がエイリーの髪をぐしゃぐしゃっと撫でる。


「お前は頑固だからな、このまま本当に一生出ていくのかと思ったぜ」


 そう冗談めかして言っているものの、数日前までのエイリーの様子を思うと、あながち冗談でもないのかもしれない。


「エイリー、立てよ」


 リベロ王はエイリーの手を掴んで無理矢理立たせると、


「──うわっ」


 俺とエイリーを、


「行ってこい! 世界を楽しんでこい! バカ息子共!」


 無理矢理抱き締めた。

 せっかくセッティングしてもらった髪を、ガシガシと雑に撫でる。


「はい、行ってきます」


 と答える俺の横で、泣いてて何を言ってるのかよく分からないエイリーの言葉がしばらく続く。

 その横で、


「あらあらリベロさん、エイリーちゃんは娘ですよ?」


 プリート王妃が優しく目を細めた。


      ※


「……では、行きますので」


 泣いてたのが恥ずかしくなったのか、エイリーは極端なぐらい無表情で頭を下げた。


「あらあら。泣き足りた?」


 プリート王妃がエイリーの頭を撫でながら言うと、


「足りました! もう!」


 エイリーは、はぁー、と思春期の女の子みたいに大きなため息を吐く。

 その後、ふっと集中するように短く息を吐いて、


「──では、姫。見ていてください」


 手を前方にかざした。

 霊獣の召喚だ。


 魔法陣が展開して、周囲が眩しくなる。

 空中に突如展開したおびただしい量の歯車が、がちがちと音を鳴らしながら回転する。

 そのすべてが不規則に、目まぐるしく回り──


「やっぱすごいなこれ……」


 鋼鉄の獣が現れた。

 金色の、巨大な、機械仕掛けのライオンだ。

 見るのはこれで二回目だけど、慣れる気がしない。

 一番"魔法"を見ている気分になる。


 霊獣はがしゃん、がしゃん、と音を立ててこちらを見る。

 そして、どう、と心臓に響く大きな声で轟くように吠えた


 ライオンの広い背中に跨る。

 エイリーが前方で手綱を握るらしい。


 ライオンは背中も当然鋼鉄製だけど、綺麗に仕立てられた鞍のおかげで乗り心地は快適そのものだ。

 長時間乗っていても疲れなさそうだし、ここ三日の疲れもあって、このまま眠れそうな気さえする。


「では、行って参ります——姫、しっかり掴まっていてくださいね」


      ※


 黄金の畑が、凄まじい勢いで後ろに流れていく。

 何だか、まだ夢を見ているみたいだ。

 今こんなに幸せなのに、全部夢だったらどうしようかと怖くなるぐらいに。


「ねぇ! エイリー!」


 ごうごうと吹く風と、がしゃがしゃと鳴るライオンの足音に負けないように、大きな声でエイリーを呼ぶ。


 エイリーは前を向いたまま、『はい、どうしましたか?』と答えた。

 声を張っているわけでもないのに、よく通る声だった。


「最初に行く国はどんなところなの?」


 リベロ王の口ぶりから察するにリゾートっぽいけど、海外というだけでドキドキする。

 まぁ異世界な以上、コルトゥーラも充分すぎるぐらいに『外国』だったわけだけど……。


「これから行く国は、かつてコルトゥーラとも深い国交があった、セーレットという国です。今はいわゆるリゾート地ということで世界から認識されています」

「リゾート!」


 やっぱりリゾートらしい。

 王公貴族、お金持ちといえばやっぱりリゾートだよなぁ!


 ……と、考えて、


「……あれ?」

「どうしました? 姫」


 俺はこの場面になって、ようやく重要なことに気が付いた。


「お金とか、どうするの……?」


 路銀ってやつをまったく考えてなかった。

 もしかしてリベロ王達からちょっとぐらいもらってたりするのか?

 まさか、お金まで現地調達するとか言い出さないだろうな……?

 俺、バイトとかしたことないぞ?


「それなら心配ございません」


 俺の心配をきっぱりと断ち切って、エイリーは続ける。


「私、お城で拾っていただき、御遣いさせていただいている幼い頃から、ありがたいことにお賃金をいただいておりました。お城で生活をしている以上それを使うこともないので、それなりに貯まっているんですよ。なので、道中の資金についてはご心配なく」


 うわーお、俺ヒメじゃなくてヒモじゃん!

 少女のお金を使って少女にキスしにいくとか、こんなふざけたことがあっていいのだろうか。


 まぁ、いいか。

 今までの人生が酷すぎたんだ。

 今から存分に楽しもう。


      ※


 広大な畑の中を駆け抜けていく。

 コルトゥーラが農業大国だということがよく分かる。

 どこまでいっても広大な麦畑が広がっていた。


 金色のライオンが黄金の畑を駆け抜けていく姿は、さぞかし絵になるだろう。


「姫、今から失礼を申し上げるかもしれません」


 いきなり、しばらく無言だったエイリーが口を開いた。


「え、何?」

「その……」

 

 前を向いたままだから、表情は見えない。

 少し言葉に詰まってから、がしゃがしゃと走る霊獣の騒音にかき消されそうなほど小さな声で、ぽつぽつと語り出す。


「姫は、ここ数日で本当に変わられましたね」


 いきなりの言葉にぎょっとする。

 変わったも何も、文字通り別人になったんだから当然だ。

 だけどそれだけは絶対にバレてはいけない。


「以前の姫を否定する気はない……と言えば、申し訳ありません。嘘になります」


 そこは正直なんだ……。

 でも逆に、正直に話してくれるようになった感じがして嬉しい。


「別にいいよ。それで?」

「ですが、私を守ってくださったあの日から、姫は本当に変わられたと思うのです」

「そ、そうかな?」


 と言いつつ、まぁそりゃそうだろうなと思う。

 いまだにパーチェちゃんがどんな子だったのかは分からないけど、少なくとも俺は、メイドさん達を傷付けるようなことはしていない。


「そうですよ。カリーノもジーナも驚いておりました。『あの姫がこんなに手伝ってくれるなんて!』と」

「そうだね。この三日間で相当手伝ったよ」


 俺がいかに頑張ったのかは、ほのかな筋肉痛が雄弁に物語っている。


「その件につきましても、本当にありがとうございます。おかげさまでお城が本当に綺麗になりました。ですがカリーノが姫に肩車をさせていた件についてはきつく指導いたしましたので」


 バレてんじゃねぇか……。

『きつく指導』ってあの子どんだけ怒られたんだろうな……。


「別に怒らなくてもよかったのに……」

「そういうわけにはいきません」


 エイリーはきっぱりとそう言い切ってから、


「ですがそうやってカリーノを許せてしまうところも含めて、本当に変わられたなと思うのです」


 と、付け加えた。


 やっぱり、パーチェちゃんは相当な問題児だったらしい。

 正確に生前(?)のパーチェちゃんを再現するのであれば、もっと狂暴に、ワガママにした方がいいのかもしれない。


 だけどそんなことをしたら俺が辛いし、エイリーにも国王夫妻にも、メイドさん達にも、誰にとってもいいことなんてないはずだ。

 まぁ、本当のパーチェちゃんには申し訳ないけど……。


 とにかく、パーチェちゃん以外のみんなにとっていい変化なことに間違いはないはずだ。


「それで……姫、覚えていらっしゃいませんか?」

「何を?」

「えっと、その……」


 自分から話を振ったのに、エイリーはものすごく言いづらそうにしている。


「いいじゃん、言ってよエイリー。これから二人で旅するんだから、隠し事はなしだよ」


 俺がそう言うと、


「そう……ですね、」


 エイリーは、ライオンの手綱をくいっと引っ張った。

 がしゃがしゃと音を立てながらライオンは減速し、黄金に輝く畑のあぜ道で、静かに止まった。


「昔のこと、本当に覚えていらっしゃいませんか?」


 意を決したように、エイリーは振り向く。

 その顔は、とても子どもの表情とは思えないほど悲痛で、苦悶に満ちていた。

 手綱を握る小さな手に、ぎゅっと力が込められる。


「えっと……何を、かな?」


 ただならない気配に、思わず圧倒されてしまう。


 ざざざ、と、風が吹いて、周囲の畑を揺らす。

 辺りが恐ろしいほど静まり返った中で、エイリーは、だけど目は反らさずに、言った。


 ——覚悟を、決めたように。


「姫は昔——生き物を殺していたのです」


 生き物を、殺していた?

 もしかして——


 ——もしかしてこれが、エイリーが言っていた『あんな遊び』なのか……?


 確かによくないことではある。

 だけどぶっちゃけ、ちょっと拍子抜けだ。

 小さい子が無邪気に虫を殺すなんて、よくあることじゃないか……?


 もしかして、パーチェちゃんはそれを咎められていたのか?

 当然よくないことではあるけど、それでここまで怒られたり嫌われたりしてると思うと、正直パーチェちゃんに同情——


「——最初は、アリなどの小さな虫でした」


 ……最初(・・)


「それが次第に、大型の昆虫、小型の哺乳類、鳥類、そして大型の哺乳類……」


 風が吹いて麦畑を揺らす。

 ごくり、と、嫌な緊張感が喉を降りていく。

 その音が、異様なほど大きく聞こえた。


「虫を掴んで、池へ。動物を掴んで、池へ……ずっとその繰り返しだったのです」


 池へ……の後、動物達はどうなったんだろう。

 いや、どうなったも何も、溺死したに決まってる。


 でも何でパーチェちゃんは、そんなことをしたんだろう。

 虫はオッケーで哺乳類はダメ……なんて傲慢なことを言うつもりはないけど、ただの遊びにしては明らかにエスカレートしすぎてしまった感じがする。


 そして、池のほとりでリベロ王と話していた時の違和感にも、これで説明がつく。

 リベロ王はウサギが苦手だったわけじゃない。

 ウサギに害を及ぼす俺から、ウサギを逃したのだ。


 ——あ。


 そこで俺は気付く。

 もしかしてエイリーが水恐怖症になってしまったのは、パーチェちゃんのせいなんじゃないか?

 生き物を沈めて殺すパーチェちゃんを見て、水が怖くなった——充分あり得る話だ。


 エイリーは、川に流されていたところをリベロ王に助けられたらしい。

 だから、それが原因で水恐怖症なったんだと勝手に思い込んでいた。

 でも、もしかしたらこっちが原因なんじゃないか?


 いや、そうに違いない。

 だってエイリーは当時、もっと幼かったはずだ。

 記憶があるかどうかすら怪しい。


 “水恐怖症になった原因は、俺?”


 それを訊けるほどの度胸は、俺にはなかった。

 でも、いつかもっと仲良くなって、もっと許される日がきたら、エイリーの口から直接聞かせてもらえるだろうか?

 そして、パーチェちゃんの代わりに謝罪をさせてもらえるだろうか?

 それはまだ、分からない。


「ここ一年ほどは、そういった“遊び”もされなくなったので安心しておりました。ですが依然として、私が姫に好かれる人材ではなかったせいで、ろくに話すことすらできなかったものですから——」

「好かれる人材だよ! エイリーのこと大好きだよ!」


 遮って大きな声を出してしまった。

 耳からうなじにかけて一気に熱くなる。

 エイリーはその様子を見て、優しく目を細めた。


「どういう心変わりか分かりませんが、私は今、あなたにお仕えできて幸せです」


 あぁ。

 エイリーは、可愛い。

 今、この人を笑顔にすることができて本当によかった。


 何だか、今が幸せならもうそれでいいのかなと、漠然と思った。

 それが、根本的な問題から目を逸らすことだったとしても——


      ※


 黄金の畑の中をどんどん駆けていく。

 たまに見かける国民が、遠くから手を振っていた。


「ねぇ、エイリー」

「はい」

「リゾートってさ、エイリーが行きたいだけなんじゃないの?」

「——なっ!? そ、そんなことはございません! 私は旅に不慣れな姫のことを思ってですね! 近場で治安のいいところをと思って! だいたい姫がそもそも——」


 こうして、生真面目だけど優しい美少女メイドさんと、中身がロリコンの美少女(※♂)の二人は旅に出た。


第一章 完

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