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森の辺りからリベロ王の部屋まで、十分ぐらい歩いただろうか。
少し歩いてる間に、リベロ王に対する謎の違和感は消え去っていた。
もしかするとウサギが苦手だっただけなのかもしれない。
王の部屋というぐらいだから、きっときらきらとしたきらびやかな部屋なんだろうなと思っていた。
だけど実際はパーチェちゃんの部屋とは違って、飾りっ気のまったくない、小さな部屋だった。
大量の本と古そうな机が、小さいオレンジ色のランプで照らし出されている。
ベッドには当然天涯も何もなく、使い古された毛布が一枚あるだけだった。
「俺の部屋を見るのは……初めてだったか?」
もちろん覚えてない。
とはいえ、どうやらこの口ぶり的に、パーチェちゃんはきたことがないらしい。
まぁどのみち記憶喪失っていう設定だしな、と思ってとりあえず頷いておいた。
「だよな」
その質問には特に意味がなかったようで、リベロ王はどかっとベッドに腰かけた。
そして俺には小さい木製の丸イスを促す。
セットであろう小さな机の上には、お酒のビンやグラス、つまみが乗っていたと思われる小さなお皿が散乱していた。
「この部屋、どう思う?」
「えっと……質素?」
思ったことをそのまま言った。
もっと気の利いたことを言うべきだったかと反省していたら、
「そうだろ、質素だろ?」
と、なぜか嬉しそうに続ける。
「城なんてもんは、外交的に外見だけきれいにしておけばいいんだよ。国民や他の国の人間に見られないところは、質素でいいんだ。金の無駄遣いだからな。いいだろ?」
「うん、かっこいい」
素直にそう答えると、
「はは、だろ。お前のとーちゃんはな、かっこいいんだ」
俺の頭をガシガシと撫でた。
まるで、息子の頭を撫でるように。
なぜかこの時、俺は泣きそうになった。
視界が一瞬で潤んで霞んで、何も見えなくなりそうだった。
俺は、前の世界での父親がどんな仕事をしていたのかを知らない。
普通のサラリーマンだったのかもしれないし、何か特別な仕事をしていたのかもしれない。
だけどいつも家にいなくて、遊んでもらった記憶もない。
何か話しかけると不機嫌にあしらわれるから、話しかけるのも嫌になっていた。
月並みな言葉で言うと『親の愛情を受けて育ってこなかった』というやつだ。
だから『頭を撫でられる』ということが、ものすごく嬉しかったのかもしれない。
「……ん、どうした? お前泣いてんのか?」
あ、やばい、バレる。
「この部屋が男臭いから……目に染みるんだもん」
苦し紛れに失礼なことを言う。
男臭いのは嘘じゃないけど、前世(?)の俺の部屋は、これよりもうちょっと臭い。
「お、おまっ……何てこと言うんだ……お前もなぁ……おっさんになったらこうなるんだぞ……」
声のトーンが露骨に下がっていって、少し申し訳ない気持ちになった。
子どもの軽口に対するリアクションとは思えないほど、リベロ王は露骨に落ち込んでいる。
「……」
そして、ずっと抱いていた違和感の正体に、今ようやく気が付いた。
リベロ王は俺のことを雑に扱ってるというより、『男』として扱っていたのだ。
いや、パーチェちゃんは男だから当然なんだけど……。
それでも、エイリーや王妃の前で話している時よりも『息子』を相手にしている感じがする。
「まぁ、とりあえず一杯やろうぜ」
そういってリベロ王は、あろうことか俺の前に置かれたグラスに酒を注ぎだした。
この世界って、子どもの飲酒はオッケーなんだろうか?
いや、オッケーだったとしてもこんな小さな体で飲んだら危険な気がする。
「私まだ子どもですよ。飲めません」
だから、無難に断っておいた。
「何だよつまらないやつだなぁ。そんなんじゃいい男になれないぞお前」
あ、まただ。
また男扱いしてる——
俺の表情に気が付いたのか、
「……ん? お前もしかして、男として扱われるの嫌か……?」
何だか意外なことを訊いてきた。
「嫌じゃ、ないです」
当然嫌ではないからそう返すと、リベロ王はぽかんとした顔をした。
そして、
「は、ははは……あはははは! だよなぁー! あー、安心したぁー!」
大きな声で笑う。
え? 何? どういうこと?
リベロ王はひとしきり笑って、ふぅー! と大袈裟にため息を吐いて、グラスに酒を注ぐ。
「で、お前本当に飲まないのかよ。これうまいぞ? この城の……というか俺の唯一の贅沢品だ」
「いらないです」
「んー、そうか……」
ようやく諦めると、リベロ王は半分ぐらい飲んで、ッカァー! と喜びの雄叫びをあげた。
どこの世界のオヤジも似たことをするんだな……。
「いきなりだがよ、お前、自分が女として扱われていることを、不思議に思ったことはないか?」
いや、ずっと不思議なんですが……。
聞いちゃいけない空気だから黙ってたけど、何かいきなり切り込んできたな……。
「お前は今まで能力の話を聞かせるとすごく嫌がったから知らないかもしれないが……というか今、してもいいか?」
俺の表情を窺いながらリベロ王は訊ねる。
生前(?)のパーチェちゃんは、いったいどんな子だったんだ……?
「大丈夫です。聞かせてください」
「本当だな? 俺、さすがにマルチスキルと本気でやり合いたくないぞ?」
「やり合いませんよ」
俺がそう言うと、
「……そうか」
嬉しそうな、普通の父親みたいな顔をした。
やっぱりずっと、俺と能力の話がしたかったんだな……。
「で、お前が女の子として育てられてる理由なんだが、」
リベロ王は大きなジョッキになみなみと注がれているお酒を、おいしそうに一気飲みして続ける。
「この世界ではな、大人より子どもの方が魔力が強いと言われている。大人になると魔力が弱まるやつが結構多いんだよ」
確か、エイリーもそんなこと言ってた気がする。
「それとな、なぜか男より女の方が強いんだ」
それもエイリーが言ってたな。
「だから、女の子、男の子、おばさん、おじさんの順で弱くなっていく傾向がある。俺みたいなおっさんが王をやってるって、結構珍しいんだぜ?」
エイリーがリベロ王をべた褒めしてたのは、こういうのも理由だったのかもしれない。
「で、だな。どの国も『姫』がいた方がいいんだよ。外交的に、な。『うちの国は強力な兵器を持ってるぜ』ってな」
なるほど……。
核兵器を持ってる国に攻め入ろうだなんて思わないもんな。
でも、霊獣級の強さって十なんでしょ?
一番弱い妖精級の人達が一なんだから、十一人で襲われたら国が終わるんじゃないか?
そこら辺はまだ分からないけど、俺が男の娘な理由が分かったのは大きい。
「なるほど。それで私は女として育てられているんですね」
「あぁ、そうだ。そしてついにお前に能力が……しかもナインの能力が発現した今、女として育ててきたことが、より一層功を奏したわけだ」
そういうことだったのか……。
何か心の片隅で『女装はパーチェちゃんの性癖(?)なのかも』とか思ってたけど、意外とちゃんと政治的な理由があったんだな……。
男の子相手なら『お、勝てるかも』と思って襲ってくる連中がいるかもしれない。
だけど、女で、ましてや子どもだと魔力が多い……つまり強いから、分が悪過ぎてそもそも襲われる機会も少ないのか。
女の子、男の子、おばさん、おじさんという順番で弱くなっていく、と言ってたけど、俺のいた世界と真逆だな……。
純粋な殴り合いになったら、だいたいおじさんが勝つに決まってるもんな……。
「そういう都合でお前を女として育ててきたわけだが……それについて、お前はどう思う?」
どうってまぁ、悪くないよね!
こんな可愛い見た目での女装、最高です!
「うーん……どうでしょう」
でも素直に答えるわけにもいかず、とりあえず悩んだフリをすることにした。
「まぁ、答えづらいよな。でもな、もし本当に旅に出るなら今後も女を偽っておけ」
あれ? 意外だな……。
この機会に『男として生きろ』とか言われると思ってたのに。
でも防犯のためだと思えば、それがこの世界ではベストなのだろう。
おじさんより女の子が強い世界なのだ。
なら、最強のアバターで動いた方がいいに決まってる。
「でもな、」
リベロ王は真面目な顔をする。
「見た目は女でもいい。話し方や仕草が女でもいい。考え方が女でもいい。だけどな、どれだけ何があったって、最後に女を守るのは男なんだよ。これは絶対だ。だから、」
にっと笑う。
「ここぞという時は、男になれ。いいな?」
「……はい」
差し出された拳に、拳を当てた。
何だか親子みたいで嬉しかった。
「よーっし! じゃあ、というわけで一杯——」
「——やりません」
続く




