表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/44

28

挿絵(By みてみん)


      28


 はっと目を覚ます。

 全身が痛い。

 骨は軋んで、脇腹には鈍痛があって、頬はじんじんと熱を持っていて、全身が筋肉痛みたいになっている。


 空気も吸いづらいし、体はダルいし、頭もぼんやりする。


「いてててて……」


 それでも無理矢理ベッドから体を起こすと、


「——パーチェ様!?」


 部屋の中にジーナがいた。

 ジーナは座っていたイスを跳ね除けて、一足で俺のベッドのところまでやってきた。

 手に持っていた大量の書類が床に散らばって——


「よかった……!」


 ——抱き締められた。


「うわっ——」


 俺を胸に抱きかかえながら、ジーナは泣いていた。

 俺なんかのために——手の甲に消えない傷を残してしまった俺なんかのために、この子は涙を流してくれている。


「よかった……パーチェ様……あんな無茶して……このまま目を覚まさなかったらどうしようかと……」


 最後の方は何を言ってるか聞き取れなかった。

 ジーナはその後しばらく、ぐすんぐすんと静かに泣き続けて、


「……あー、ダメですね」


 鼻を赤くしたまま、手の甲でごしごしと乱暴に目を擦る。。


「起きてばかりのパーチェ様を、私が独り占めしてちゃいけませんね」


 ジーナは床に散らばった書類を手際よく拾い集めると、


「リベロさん達を呼んでくるので、ちょっと待っててください」


 と、笑顔で言った。


「多分、今の倍ぐらい激しいハグが待ってますよ」


      ※


「——パーチェ!」


 どかん、とドアが爆発したように開け放たれる。

 当然、ノックなんてない。


 リベロ王は俺をベッドに押し倒すように抱き締めて、


「すげぇじゃん! お前!」


 寝転びながら、両手で俺を持ち上げた。


「すげぇよ! よくやった!」


 そして再び抱き締めて、両手で髪をがしゃがしゃと雑に撫でる。

 やっぱりこの男だけ、俺の扱いが『男』な気がする。

 いや、男だから合ってはいるんだけど——


 少し遅れて、プリート王妃も入ってきた。

 相変わらず綺麗な顔をして穏やかににこにこしているけど、目元に疲れが見えた。

 そりゃ、自分の子どもが命がけの死闘を繰り広げてたら、こんな顔にもなるかもしれない。


 それから、優しく抱きしめられながら体調について訊かれた。

 現状を素直に伝えると、


「よし、それぐらいなら問題ないな! 明日には治ってる!」


 リベロ王は俺の肩をバシンバシンと叩いた。

 こんなケガだらけの体が明日には治ってると思えないけど、ジーナの力があれば何とかなるんだろうか。


「とりあえず、今日はこのまま寝ろ! また明日、詳しく話をしよう!」


 プリートもそれでいいか、と話題を振られた王妃は、にこかやかに頷いた。

 ジーナの宣言通り最後に激しいハグがあって、部屋は静寂に包まれた。


 何か、嵐のような一日だったな……。


 昨日、ドルヴィとの激しい修行(キス)を終えて城に帰ってきて。

 今朝、朝ご飯の途中で盗賊の襲撃を受けて、そこからずっとバトルしてて——


「で、もう夜なんだ……」


 今日が七日目——エイリーが出ていくと言っていた日だ。

 でもさすがにエイリーも全身ボロボロだろうし、今日や明日に出ていくこともないだろう。


 というか、エイリーは出ていくのか?

 出ていかされるのか?

 リベロ王からエイリーに託された指示は『パーチェを守りながらあの十二人を倒す』だった。


 俺からしたらエイリーのおかげで勝てたようなもんだし、エイリーに守ってもらったようなものだと思う。


 でもこれ、エイリーから見たらどうなんだろうか——


      ※


 次の日。


「ですよね……」


 朝、食堂に入って一言目に俺はそう呟いた。

 席には国王夫妻がついている。

 そして俺を、何とも言えないような、あえて言うなら困ったような顔をして見ている。


 そして国王夫妻の横には、例のボロ切れを着たエイリーがいた。

 相変わらず目のやり場に困るからやめてほしい。

 イスにすら座らず、床に正座してうなだれている。


 その服装は大問題なんだけど、それ以上にエイリーの顔……表情が問題だった。


 元々無表情なのに、そこから生気まで抜けていた。

 ぼんやりと、無気力な、廃人のような、諦めたような、呆れたような、すさんだ顔付きをしていた。

 

「私は、今度こそリベロ様の指示を守れませんでした。姫を守りながらあの十二人を倒すどころか、最後にはまた、姫を危険に晒して、助けられてしまって……」


 そこまで言って、エイリーは両手で顔を覆った。

 そして、


「どうか、私の首を切ってください」


 と震えた低い声で言う。


 何言ってんだ! とリベロ王が机を叩く。


「馬鹿なことを言うんじゃない! 今回パーチェが頑張ったのは事実だが、お前だってよくやっただろうが!」


 その通りだ。

 俺一人だけだったら間違いなく倒せていなかった。


 仮にエイリー以外の霊獣級の誰かが一緒に戦ってくれたとしても、倒せてたかどうか怪しい。

 それぐらい『エイリーだからこそ』勝てたのだと断言できる。


「もう、お願いです。その手で、その剣で、私の首を切ってください。それがダメなら、永遠に地下牢に閉じ込めてください。それも無理なら私はこの城を出ます」

「お前……」


 国王と王妃が、困ったように──いや、悲しそうにエイリーを見つめた。

 何だろう。


 ──すごく、羨ましい。


 エイリーは、娘であるパーチェちゃんと同じぐらい、無条件で愛してもらっている。

 なのにエイリーはその愛に耳を傾けずに、自分の意思を押し通そうとしている。


 これをただの子どもがやるなら分かる。

 だけどこれだけ頭がよくて、大人顔負けの理性のあるエイリーがこれをやっているのだ。


 数日前に俺が感じたモヤモヤの正体は、これだったのか。


 俺は今まで、物心付いた時からずっといじめられていた。

 誰からも──親からも期待はされず、どこか醒めた目で見られていた。


 愛されず。

 だけど愛を渇望して。

 いや、愛されるという感覚すら分からずに。


 この世界にきてまだ八日目だけど、国王夫妻やエイリー、他のメイドさん達の愛情に包まれて、俺は本当に幸せを感じている。


 俺が姫だから、エイリーやメイドさん達は優しくしてくれているのかもしれない。

 国王夫妻も、自分の子どもに月並みの愛情を注いでいるだけなのかもしれない。

 だけど、そのすべてが、俺にとっては宝物のようなものなのだ。


 なのに。

 だというのに、エイリーは——


 あぁ、これがモヤモヤの——怒りの正体だったのだ。


「お父様、」


 俺は口を開く。


「どうした、パーチェ」


 国王は視線で俺に救いを求めていた。

 俺はその視線を受け取って、笑顔で答えた。


「——もういいではありませんか。首、切ろう?」


 その場にいた全員が目を見開いて驚く。


「お、おい! お前、なんてことを……!」


 リベロ王が驚いて、プリート王妃は口を押さえている。


「あ、斬首するってことじゃなくて、えぇっと……解雇、そう、解雇しましょうってことですよ」


 俺が慌てて訂正すると、


「ありがとうございます、姫」


 エイリーが頭を深く下げて立ち上がる。


「姫からいただいたこのご慈悲、一生忘れま——」

「——誰が立っていいと言いましたか?」


 エイリーはびくっと肩をすくめた。

 リベロ王も同じようにびくっとした。


「続きがあります。座りなさい」


 俺がイスを指差すと、エイリーは黙って座る。


「あなたは今日を以て、この王国の従者としての任を解きます」


「いや、パーチェー——」

「——お父様。確かにエイリーがいなくては、この城は大変でしょう。ですがエイリーは、お父様の愛も、お母様の愛も、すべていらないと言うのですよ?」

「そんなことは——」


 少し口調を強めたエイリーを、


「——そんなことは? ないと言うのですか?」


 とさらに強い口調で黙らせる。


「エイリー。あなたは、お父様やお母様から与えられる愛に、耳を傾けていますか? 私にはとてもそうは見えません」


 うつむいたまま、何も言わないエイリーに語り続ける。

 だんだん、元の俺の素性が出てきている。

 危ないけど、もう止められない。

 止める気もない。


「エイリー、いいですか? 愛されるということが……無条件で愛してもらえるということが、どんなに幸せなことか分かりますか?」

「理解しているつもりです」


 低く小さな声で、エイリーは答える。


「理解していますか? 本当に? じゃああなたは、理解している上で、それを突っぱねて、今までの恩もすべて投げ出して出ていこうとしているのですか? 死のうとしているのですか? ましてやお父様の手を汚させようとしているのですか?」


 エイリーは、何も言わなかった。


「イジめられて虐げられて、物か空気か汚物のように扱われて、両親にすら期待されずに愛されずに生きている人間が、今のあなたの立場をどれだけ渇望しているか分かっているのですか?」

「私は……」


 低い声で、呟くように言葉を続ける。


「私は、自分がどれだけ愛されていたのか、幸せだったのか理解しているつもりです。この城にお仕えさせていただいたことを誇りに、幸せに思います……だけど!」


 いきなり、ばっと顔を上げた。

 とても悲痛な表情だった。

 ケガした時よりも、見ていられなかった。


「私は、今まで受けてきたご恩を返すことができなかったんです! 大口を叩いたくせに、姫を守るどころか! 守られてしまって! そんな失態をさらした私がここでのうのうと生き続けるということが、どれだけ恥さらしなのか……姫! あなたに分かるのですか!?」


 エイリーは一瞬、言葉を考えるように黙った後、ぽろぽろと涙を流しながら言葉を続ける。


「私だって姫やリベロ様やプリート様を慕っています……でも、だからこそ、その愛に報えなかった自分が許せないんです!」


 あぁ、羨ましいな。

 俺はこの子が羨ましい。

 そして、好きだ。


 好きで好きで——だからこそ憎い。


「それ、全部あなたの都合でしょう」

「いえ、この城のことを考えてのことです」

「本当に? 私達のことを……この城のことをちゃんと考えて出したのがその結論なの?」

「そうだと言っています!」

「本当にちゃんと考えてたら、出ていくとか死ぬとか、そんな答えになるわけないんじゃない?」

「私みたいな能力もまともに使えない能無しは、いなくなった方がいいんです! 死んだ方が——」


「——エイリーはさ、数日前まで私のこと、そんな風に思ってたの?」


 あっ、とエイリーが傷付いた顔をした。


 数日前まで——『少女夢想ハッピーポッピンロリポップ』が覚醒するまで、俺は無能力者だったのだ。

 偶然『キスというトリガー』に気付けただけで、もし気付けなかったら『能力もまともに使えない能無し』として一生を終えていたに違いない。


「どうなの? 私のこと『能力もまともに使えない死んだ方がいい能無し』だと思ってたの?」

「いえ、決してそんなことは——」

「——いいよ、別に。私も自分のこと無能だと思うし。きっと王族の子どもじゃなかったら、とっくに絞められてたと思うよ」

「ど、どうしてそんなに話が飛躍するんですか! あなたは昔から暴論が多いんですよ!」

「今のエイリーの方がよっぽど暴論でしょ!」


 あぁ、何だよこれ。

 何で俺、今こんなに——嬉しいんだろう。


 昔から俺は、人の悪口を言うことができなかった。

 言い争ったり、簡単な討論をすることすらできなかった。


 その理由をいつからか『自分がやられて嫌なことは人にしない』という、カッコ付けで中身がないものにして自分を律していた。

 でも今、分かった。


 きっと俺は、誰のことも信用してなかったんだ。


 言ったら嫌われるから、無難な距離を保っていた。

 誰も愛していなかったし、誰にも興味がなかった。


 でも、これは悪口じゃない。

 相手のことを思うからこそ、厳しいことを言う。

 感情に任せて、言ってしまう。


 そして何より、どんなに酷いことを言っても——この『愛』は、絶対に壊れない。


 まだ、出会って八日しか経ってないのに。

 それが分かっているから——


「姫……この際すべて言わせてもらいます。私は幼い頃からあなたの世話に手を焼いてきました」

「おい、エイリー! お前——」

「——お父様、」


 焦って口を挟んできた国王を睨む。


「どうか、お静かに」


 リベロ王は、今度こそ完全に沈黙した。


「エイリー、続けて。遠慮しなくていいから」

「えぇ、これで私への愛想を尽かしてもらえれば幸いです……幼い頃から言うことを聞かないあなたには本当に苦労させられましたよ。お稽古も勉強もまるでしないで、外では『あんな遊び』をして——」


 ——国王夫妻がはっと目を見開いたような気がした。


「——そのくせ勉強も運動もお稽古も、一通りそつなくこなしているあなたが、どれだけ憎かったことか! あなたなんて——大っ嫌いなんですよ、私は!」


 小さな体を折りたたんで、エイリーは大声で叫ぶ。


 嫌い、か。


 意外にも、あまり言われたことがない。

 なぜなら俺は『嫌われて当然の対象』だったからだ。

 分かりきったことを、改めて口に出す必要はなかったからだ。


 もっと言えば、熟女にしか興味がなかった俺に対して、誰も興味を持たなかった——好きでも、嫌いでもなかった。


 そこにいないのと同じだった。


 でもエイリーは、俺を『嫌い』と言う。


「ねぇ、エイリー」

「何ですか!」

「私のこと、嫌い?」

「えぇ、嫌いですよ!」


「じゃあさ、何でそんなに辛そうな顔するの?」


 見開かれたエイリーの両目から、ぽろぽろと涙が溢れていた。


「私のことが嫌いなのは、仕方がないよ。今までエイリーに酷いこといっぱいしたかもしれないし、いっぱい言ったと思う」


 いったい、パーチェちゃんはどんな子だったんだろうか。

 いつか、エイリーからそれを訊ける日がくるのだろうか。


 もし訊けなかったとしても、パーチェちゃんの罪は俺が背負って生きていく。


「だから、嫌われても仕方がないと思うよ。でもさ——」


 でも、嫌いだって言うなら——


「嫌いって言うたびに辛そうな顔しないでよ。こっちまで、辛くなるよ」


 ——とても、辛い。


 エイリーが、わっと崩れ落ちるように泣き出した。


「お願いです! 私の首を切ってください! この城から追放してください! 私を罰してください!」


 あー、もう完全にパニックになってるなこれ……。


「お父様、お母様、提案があります」


 困り果てていた国王夫妻が、この際何でもいいから助けてくれ、と視線を送ってくる。


「お父様とお母様の『エイリーをこの城の従者として置いておきたい』という願いと、エイリーの『この城から追放されたい、罰してほしい』という願いが、どちらも叶うと思うのですが」

「……何だ?」


 俺は、思い付いた『とっておきの案』を口に出した。


「エイリー、私は旅に出ます。あなたは、私のお付きとして付いてきなさい」


 しばらくの沈黙の後、


「……あ?」


 国王は変な声を出した。


 エイリーも、ぽかんと口を開けている。

 その、間の抜けた顔にもう一言付け加えた。


 可愛いパーチェちゃんの、とびきり可愛い笑顔で。


「大嫌いな私と旅だなんて、立派な罰でしょう?」


続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ