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あとはこの二人だけ——
どんな手を使ってでも、コイツらさえ倒せば勝ちだ。
エイリーとの幸せな時間を勝ち取れるんだ。
その気持ちを込めて、リーダーに殴りかかる。
両腕でガードされるものの、
「うぐっ……!」
ダメージは確実に入っている。
このまま押していけば勝てる。
「ははは! 俺の相手もしてくれやお姫様よォ!」
背後から凄まじい気配がする。
目と鼻の先にトラの顔があって、
「うわっ——」
顔面に噛み付かれる直前で、両腕で首を鷲掴みにして止めた。
両腕の歯車がギチギチと音を鳴らす。
トラに目はないし呼吸もしてないのに、激怒しているのがよく分かる。
土の中に満ち溢れる魔力に、憎悪がみなぎっている。
——そんなもの、このまま握り潰してやる!
魔力を腕に集中させる。
めき、めき、と鈍い音を立てて、トラの首が崩れていく。
「くそっ……!」
トラの能力者は、額に汗を浮かべながら全力で魔力を注ぎ込んでくる。
俺の魔力が切れるか、アイツの魔力が切れるか——真っ向勝負をしてやる!
土のトラはもがきながら、その前脚をぶんぶんと振る。
まともに顔面に食らったら、跡形もなく首から上が吹き飛ぶだろう。
でも、喰らわなければいい。
——喰らう前に、ぶっ壊せばいいだけのこと!
全力全開の魔力を込める。
そして——
「ぐぁっ……!」
土のトラの首がへし折れた。
そのままボロボロと崩れ落ちていって、ただの土になっていく。
憎悪のような魔力はもう感じられない。
今度こそ、落とした——
崩れていく土の向こう側に、膝から崩れ落ちるトラの能力者を見付けた。
「不意打ちなんて、もう二度とさせないからな!」
ヤツが地面に倒れる寸前に、目の前まで一気に距離を詰める。
左足を土に食い込ませて踏ん張る。
右足を振って左足で飛んで、一回転して——
「——くたばれ!」
弾丸のような右足を、無防備な腹に鋭く叩きこんだ。
めきめき、と骨が折れた感触があった。
巨体が、砂埃をあげて畑にめり込む。
今度こそ、倒した。
もう、トラの能力者から魔力は感じられない。
試しに、仲間達が沈んでいる沼地に投げ入れてみるけど、抵抗せずずぶずぶと沈んでいく。
じゃあ、今度こそコイツは倒した。
そうとなれば、あとは正真正銘、リーダーだけだ。
「さぁ、あとはアンタだけだな——」
そう言いながらリーダーを見て——
「——え?」
言葉を失った。
"スポーツでもあるまいし、ルールなんざ『勝つ』以外、何もない"——
その言葉の意味を、今、確かに理解した。
理解、させられた。
「エイリー……?」
震える俺の視線の先に、エイリーがいた。
リーダーに、首を絞められて持ち上げられているエイリーが——
ばん、と心臓が爆発した。
全身に鳥肌が立つ。
脳味噌が一気にグツグツと煮えたぎる。
こめかみの血管が意志を持ったように激しく脈打つ。
「——てめぇ!」
めちゃくちゃに魔力を込めて急発進して——
「そんなことしていいのか?」
リーダーはぐったりとして動かないエイリーを、盾にするように前に突き出した。
「聞けよお姫様。さっきシャチを破壊されたせいで、俺にはもう、ろくに魔力が残ってねぇ」
「……だったら何だ」
自分の声なのに、まるで他人みたいに冷たくて鋭い。
「見たら分かるだろ? まともに殴り合ったら勝てねぇから、人質を取ったんだよ」
「こっちだって、お前の仲間を人質に取ってるんだぞ?」
「ふん。最初から、全員仲良くおててつないで無事に帰れるとは思っちゃいねぇさ」
とはいえよ、と言いながら、リーダーは俺の後ろにいる仲間達を指差す。
「とはいえ、仲間なんだ。全員で生きて帰れるならそれに越したことはねぇだろ?」
「じゃあ、エイリーから手を離せ。そしたら考えてやる」
「お前が先に俺の仲間を解放しろ。そしてそのキャンディーをすべてこっちによこせ。そうしないと——」
リーダーは手に力をこめる。
「ぐっ……がはっ……!」
空気を無理矢理吐き出したような音と共に、意識を失っているエイリーの口から血が飛び散った。
「——そうしないと、このガキ、本当に殺しちまうぜ?」
——エイリー。
何で。
何で何にも悪いことをしてない女の子が。
ただ一生懸命真面目に生きてきただけの女の子が。
あんな目に遭っている?
元はといえば、俺ではないとはいえ、パーチェちゃんがエイリーの言うことを聞かずに、外に出かけたことがすべての原因だ。
そのせいで電気ビリビリ男に襲撃されて、苦手な水を食らってしまったエイリーは、うまく戦えなかった。
エイリーはそのことで自分を責めて、その結果、今こんなことになってしまっているのだ。
原因は、全部俺だ。
その責任は今、全部俺にある。
「……分かりました」
俺は、ポーチの中を見る。
「ごめんね」
ボロボロのポーチを閉めて、顔の前で抱き締めて、それからリーダーに向けて投げ捨てた。
口にくわえていた『操獣機巧【着】』のキャンディーも一緒に放り投げる。
「へっ、随分聞き分けがいいな。じゃあその調子で、俺の仲間達を捉えている沼も解除しろ」
俺は黙って頷く。
張っていた魔力をすべて回収して解除する。
沼地はただの畑の土に戻って、男達はその上で気を失っている。
「よし、いい子じゃねぇか。そのまま動くんじゃねぇぞ——」
「——ひ……め」
キャンディーを拾おうとしたリーダーが動きを止めた。
首を絞められたままのエイリーが、口の端から血を流しながら、青白い顔で俺を見つめる。
「こんな、口車に乗せられては、いけません。早くキャンディーを——」
「うるせぇな」
どぼん、と、音がした。
大きな拳がエイリーのお腹にめり込む。
「あのお姫様は、お前を助けてくれるって言ってんだぜ? 黙って聞いとけよ」
「それが、いらないと、言っているのです」
「はぁ?」
首を掴まれて宙に浮いたまま、エイリーは途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
「こんな挑発に、乗ってはいけません、姫、私ごと、この男を——」
「——残念だったな」
エイリーが喋っている途中で、リーダーは俺のポーチとキャンディーを片手でささっと拾い集めた。
そしてそれをガサツにローブのポケットに入れて、
「仮にアイツが、お前ごと俺をぶん殴るような人間だったとしても、もう何もできねぇよ」
とエイリーに吐き捨てた。
「キャンディーがなけりゃ、アイツはただの丸腰のお姫様なんだろ?」
それを聞いて、エイリーは今度こそ項垂れる。
心が折れたのか、酸素が回らなくて気を失ったのかは分からない。
「……ふん、最初から言われた通りにすれば、無駄に苦しまずに済んだのによ」
……そうだったのかもしれない。
初めから全部リベロ王に任せて、エイリーがこの城を出ていくというのであれば、俺もこの城を出ていけばよかったんだ。
それを無駄にあがいてしまったせいで——あがけてしまったせいで、無駄に苦しい思いをしてしまった。
させてしまった。
でも、これでエイリーを解放してくれれば、もうそれで——
「……ぁあ?」
——リーダーは、エイリーから手を離さない。
「何だ? まさか、本当に馬鹿正直に返してもらえると思ったのか?」
俺の視線に気付いたのか、リーダーはニヤ、と笑みを浮かべた。
「こんな優秀な盾、返すわけないだろ?」
"スポーツでもあるまいし、ルールなんざ『勝つ』以外、何もない"——
あぁ。
要は、こういうことなのだ。
戦いにルールなんてない。
勝った者が、勝ち。
それだけだと、分かっていたのに——
そしてリーダーは、周囲の土を能力で集めて——巨大なイノシシを作り上げた。
イノシシは、どう、どうと呻くように鼻を鳴らして、前足で地面を掻いている。
リーダーの指示があれば、すぐに俺を殺しにくるだろう。
そして、まともに激突されたら、俺は文字通り瞬殺されるだろう。
それぐらい、魔力で——殺意で満ち溢れている。
これが、コイツの最終奥義なのか——
「約束が破られる、なんて、ガキんちょには衝撃的だったかよ?」
「……」
俺は何も答えない。
答えられない。
「ふん、最後ぐらいガキらしく無様に泣きわめけや」
リーダーは面白くなさそうに、俺に手を突き出した。
「でもよ、てめぇの人生の最期に——この約束だけは守ってやるぜ!」
巨大な土のイノシシが、土や石をまき散らしながらこちらに突進してくる。
「せめて苦しまないように、殺してやるよ!」
イノシシは急加速する。
まき散らされる石の音。
砂埃の煙たさ。
それが目と鼻の先に近付いて——
「——は?」
リーダーが声をあげる。
そりゃ、そんな声の一つも出るだろう。
目の前から、俺が消えたんだから。
『困った探偵鳥【着】』——
カリーノからコピーしたオウムの能力。
膨大な魔力を消費するものの、一瞬だけ空を飛んで、姿を消すことができる光の力。
"スポーツでもあるまいし、ルールなんざ『勝つ』以外、何もない"——
それは、こっちだって同じことだ。
キャンディーのポーチを投げ渡す瞬間、俺はポーチを顔の前で抱き締めた。
あれは、お別れを惜しんでたんじゃない。
ポーチに空いた裏側の穴から、『困った探偵鳥【着】』のキャンディーを口で抜き取っていたのだ。
そして、棒ごと口にくわえて隠していたのだ。
だからずっと喋られなかったし、喋るわけにいかなかった。
姿を消すのも、空を飛ぶのも、一瞬でいい。
その一瞬があれば、隙を作るには——コイツの顔面を殴るには、充分だ。
「なっ——」
その口が何かを発する前に、
「——今度こそくたばれ!」
その顔面に、魔力のすべてを詰め込んだ拳をめり込ませる。
大地がひび割れ、えぐれて、爆風が吹き荒れた。
遠くの森の木々がざわざわと音を立てている。
ぱらぱらと降り注ぐ小石が落ち着いてから、巨大なクレーターをのぞき込む。
クレーターの真ん中に、リーダーが倒れていた。
口から泡を吹いて痙攣している。
俺は、拳を空高く突き上げた。
約束は、守るためにあるんだよ。
「——約束は守ったよ、エイリー」
今度こそ——勝利を君に。
続く




