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挿絵(By みてみん)


      27


 あとはこの二人だけ——

 どんな手を使ってでも、コイツらさえ倒せば勝ちだ。


 エイリーとの幸せな時間を勝ち取れるんだ。


 その気持ちを込めて、リーダーに殴りかかる。

 両腕でガードされるものの、


「うぐっ……!」


 ダメージは確実に入っている。

 このまま押していけば勝てる。


「ははは! 俺の相手もしてくれやお姫様よォ!」


 背後から凄まじい気配がする。

 目と鼻の先にトラの顔があって、


「うわっ——」


 顔面に噛み付かれる直前で、両腕で首を鷲掴みにして止めた。

 両腕の歯車がギチギチと音を鳴らす。

 トラに目はないし呼吸もしてないのに、激怒しているのがよく分かる。

 土の中に満ち溢れる魔力に、憎悪がみなぎっている。


 ——そんなもの、このまま握り潰してやる!


 魔力を腕に集中させる。

 めき、めき、と鈍い音を立てて、トラの首が崩れていく。


「くそっ……!」


 トラの能力者は、額に汗を浮かべながら全力で魔力を注ぎ込んでくる。

 俺の魔力が切れるか、アイツの魔力が切れるか——真っ向勝負をしてやる!


 土のトラはもがきながら、その前脚をぶんぶんと振る。

 まともに顔面に食らったら、跡形もなく首から上が吹き飛ぶだろう。

 でも、喰らわなければいい。


 ——喰らう前に、ぶっ壊せばいいだけのこと!


 全力全開の魔力を込める。

 そして——


「ぐぁっ……!」


 土のトラの首がへし折れた。

 そのままボロボロと崩れ落ちていって、ただの土になっていく。

 憎悪のような魔力はもう感じられない。


 今度こそ、落とした——


 崩れていく土の向こう側に、膝から崩れ落ちるトラの能力者を見付けた。


「不意打ちなんて、もう二度とさせないからな!」


 ヤツが地面に倒れる寸前に、目の前まで一気に距離を詰める。

 左足を土に食い込ませて踏ん張る。

 右足を振って左足で飛んで、一回転して——


「——くたばれ!」


 弾丸のような右足を、無防備な腹に鋭く叩きこんだ。


 めきめき、と骨が折れた感触があった。

 巨体が、砂埃をあげて畑にめり込む。


 今度こそ、倒した。


 もう、トラの能力者から魔力は感じられない。

 試しに、仲間達が沈んでいる沼地に投げ入れてみるけど、抵抗せずずぶずぶと沈んでいく。


 じゃあ、今度こそコイツは倒した。


 そうとなれば、あとは正真正銘、リーダーだけだ。


「さぁ、あとはアンタだけだな——」


 そう言いながらリーダーを見て——


「——え?」


 言葉を失った。


 "スポーツでもあるまいし、ルールなんざ『勝つ』以外、何もない"——


 その言葉の意味を、今、確かに理解した。

 理解、させられた。


「エイリー……?」


 震える俺の視線の先に、エイリーがいた。


 リーダーに、首を絞められて持ち上げられているエイリーが——


 ばん、と心臓が爆発した。

 全身に鳥肌が立つ。

 脳味噌が一気にグツグツと煮えたぎる。

 こめかみの血管が意志を持ったように激しく脈打つ。


「——てめぇ!」


 めちゃくちゃに魔力を込めて急発進して——


「そんなことしていいのか?」


 リーダーはぐったりとして動かないエイリーを、盾にするように前に突き出した。


「聞けよお姫様。さっきシャチを破壊されたせいで、俺にはもう、ろくに魔力が残ってねぇ」

「……だったら何だ」


 自分の声なのに、まるで他人みたいに冷たくて鋭い。


「見たら分かるだろ? まともに殴り合ったら勝てねぇから、人質を取ったんだよ」

「こっちだって、お前の仲間を人質に取ってるんだぞ?」

「ふん。最初から、全員仲良くおててつないで無事に帰れるとは思っちゃいねぇさ」


 とはいえよ、と言いながら、リーダーは俺の後ろにいる仲間達を指差す。


「とはいえ、仲間なんだ。全員で生きて帰れるならそれに越したことはねぇだろ?」

「じゃあ、エイリーから手を離せ。そしたら考えてやる」

「お前が先に俺の仲間を解放しろ。そしてそのキャンディーをすべてこっちによこせ。そうしないと——」


 リーダーは手に力をこめる。


「ぐっ……がはっ……!」


 空気を無理矢理吐き出したような音と共に、意識を失っているエイリーの口から血が飛び散った。


「——そうしないと、このガキ、本当に殺しちまうぜ?」


 ——エイリー。


 何で。

 何で何にも悪いことをしてない女の子が。

 ただ一生懸命真面目に生きてきただけの女の子が。

 あんな目に遭っている?


 元はといえば、俺ではないとはいえ、パーチェちゃんがエイリーの言うことを聞かずに、外に出かけたことがすべての原因だ。

 そのせいで電気ビリビリ男に襲撃されて、苦手な水を食らってしまったエイリーは、うまく戦えなかった。


 エイリーはそのことで自分を責めて、その結果、今こんなことになってしまっているのだ。


 原因は、全部俺だ。

 その責任は今、全部俺にある。


「……分かりました」


 俺は、ポーチの中を見る。


「ごめんね」


 ボロボロのポーチを閉めて、顔の前で抱き締めて、それからリーダーに向けて投げ捨てた。

 口にくわえていた『操獣機巧ベースティア・フェローチェ(トッピング)】』のキャンディーも一緒に放り投げる。


「へっ、随分聞き分けがいいな。じゃあその調子で、俺の仲間達を捉えている沼も解除しろ」


 俺は黙って頷く。

 張っていた魔力をすべて回収して解除する。

 沼地はただの畑の土に戻って、男達はその上で気を失っている。


「よし、いい子じゃねぇか。そのまま動くんじゃねぇぞ——」


「——ひ……め」


 キャンディーを拾おうとしたリーダーが動きを止めた。

 首を絞められたままのエイリーが、口の端から血を流しながら、青白い顔で俺を見つめる。


「こんな、口車に乗せられては、いけません。早くキャンディーを——」

「うるせぇな」


 どぼん、と、音がした。

 大きな拳がエイリーのお腹にめり込む。


「あのお姫様は、お前を助けてくれるって言ってんだぜ? 黙って聞いとけよ」

「それが、いらないと、言っているのです」

「はぁ?」


 首を掴まれて宙に浮いたまま、エイリーは途切れ途切れに言葉を紡ぐ。


「こんな挑発に、乗ってはいけません、姫、私ごと、この男を——」

「——残念だったな」


 エイリーが喋っている途中で、リーダーは俺のポーチとキャンディーを片手でささっと拾い集めた。


 そしてそれをガサツにローブのポケットに入れて、


「仮にアイツが、お前ごと俺をぶん殴るような人間だったとしても、もう何もできねぇよ」


 とエイリーに吐き捨てた。


「キャンディーがなけりゃ、アイツはただの丸腰のお姫様なんだろ?」


 それを聞いて、エイリーは今度こそ項垂れる。

 心が折れたのか、酸素が回らなくて気を失ったのかは分からない。


「……ふん、最初から言われた通りにすれば、無駄に苦しまずに済んだのによ」


 ……そうだったのかもしれない。

 初めから全部リベロ王に任せて、エイリーがこの城を出ていくというのであれば、俺もこの城を出ていけばよかったんだ。


 それを無駄にあがいてしまったせいで——あがけてしまったせいで、無駄に苦しい思いをしてしまった。

 させてしまった。


 でも、これでエイリーを解放してくれれば、もうそれで——


「……ぁあ?」


 ——リーダーは、エイリーから手を離さない。


「何だ? まさか、本当に馬鹿正直に返してもらえると思ったのか?」


 俺の視線に気付いたのか、リーダーはニヤ、と笑みを浮かべた。


「こんな優秀な盾、返すわけないだろ?」


 "スポーツでもあるまいし、ルールなんざ『勝つ』以外、何もない"——


 あぁ。


 要は、こういうことなのだ。

 戦いにルールなんてない。

 勝った者が、勝ち。

 それだけだと、分かっていたのに——


 そしてリーダーは、周囲の土を能力で集めて——巨大なイノシシを作り上げた。


 イノシシは、どう、どうと呻くように鼻を鳴らして、前足で地面を掻いている。

 リーダーの指示があれば、すぐに俺を殺しにくるだろう。


 そして、まともに激突されたら、俺は文字通り瞬殺されるだろう。

 それぐらい、魔力で——殺意で満ち溢れている。


 これが、コイツの最終奥義なのか——


「約束が破られる、なんて、ガキんちょには衝撃的だったかよ?」

「……」


 俺は何も答えない。

 答えられない。


「ふん、最後ぐらいガキらしく無様に泣きわめけや」


 リーダーは面白くなさそうに、俺に手を突き出した。


「でもよ、てめぇの人生の最期に——この約束だけは守ってやるぜ!」


 巨大な土のイノシシが、土や石をまき散らしながらこちらに突進してくる。


「せめて苦しまないように、殺してやるよ!」


 イノシシは急加速する。


 まき散らされる石の音。

 砂埃の煙たさ。

 それが目と鼻の先に近付いて——


「——は?」


 リーダーが声をあげる。

 そりゃ、そんな声の一つも出るだろう。


 目の前から、俺が(・・・・・・・・)消えたんだから。(・・・・・・・・)


困った探偵鳥(スピア・パッパガッロ)(トッピング)】』——


 カリーノからコピーしたオウムの能力。

 膨大な魔力を消費するものの、一瞬だけ空を飛んで、姿を消すことができる光の力。


 "スポーツでもあるまいし、ルールなんざ『勝つ』以外、何もない"——


 それは、こっちだって同じことだ。


 キャンディーのポーチを投げ渡す瞬間、俺はポーチを顔の前で抱き締めた。

 あれは、お別れを惜しんでたんじゃない。


 ポーチに空いた裏側の穴から、『困った探偵鳥(スピア・パッパガッロ)(トッピング)】』のキャンディーを口で抜き取っていたのだ。

 そして、棒ごと口にくわえて隠していたのだ。

 だからずっと喋られなかったし、喋るわけにいかなかった。


 姿を消すのも、空を飛ぶのも、一瞬でいい。


 その一瞬があれば、隙を作るには——コイツの顔面を殴るには、充分だ。


「なっ——」


 その口が何かを発する前に、


「——今度こそくたばれ!」


 その顔面に、魔力のすべてを詰め込んだ拳をめり込ませる。

 大地がひび割れ、えぐれて、爆風が吹き荒れた。

 遠くの森の木々がざわざわと音を立てている。


 ぱらぱらと降り注ぐ小石が落ち着いてから、巨大なクレーターをのぞき込む。


 クレーターの真ん中に、リーダーが倒れていた。

 口から泡を吹いて痙攣している。

 俺は、拳を空高く突き上げた。


 約束は、守るためにあるんだよ。


「——約束は守ったよ、エイリー」


 今度こそ——勝利を君に。


続く

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