表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/44

25

挿絵(By みてみん)


      25


 シャチの体内……といっても、ただの土の中——


 真っ暗で何も見えない。

 だけど土の臭いがすごいから、土の中にいるとみて間違いないだろう。


 そして不思議なことに、土に埋もれているわけじゃないらしい。

 土でできた洞窟にいる、といった方が正確かもしれない。


 壁を叩いてみる。

 さっきの床と同じように、ガチガチに押し固められている。


「何だ……?」


 土の中だからちょっと息苦しい感じがあるけど、それ以外は別に何の問題もない。


「とりあえず明るくしたいな……」


 周囲を照らせるような能力は持ってないけど、歯車で火花を散らせば火種は作れる。

 それを使って火を起こせば、とりあえず周囲は照らせるだろう。


 こんな酸素が薄そうな場所で火を長時間使うわけにもいかないけど、とりあえず周囲が見えないと何も始まらない。

 というか全力でぶん殴ればこの壁も壊せるだろうし、こんなところに長時間いてやるつもりもない。


 腰のポーチに手を伸ばして——


「……あれ?」


 ——じわ、と冷や汗と脂汗が流れ出た。


 あれ? 勘違いか?

 もう一度、しっかり触る。


 もしかして——ポーチがない?


 あれ?

 どこいった?

 飲み込まれるまでは、確かに腰の左側に付けてたぞ?


 飲み込まれた衝撃で落としたか?

 ウサギに噛みちぎられた上に燃やされたせいで、だいぶ脆くなっていたし、あり得るな……。


 とりあえず『操獣機巧ベースティア・フェローチェトッピング】』の歯車で火種を——


「——あ、」


 自分の口を触る。

 くわえてたキャンディーもない。


「あれ……」


 ……ヤバい。

 明確にヤバい。


 今の俺、丸腰だ。

 ただのか弱い美少女(※♂)になってる。


 どっかにキャンディーを落とした……?


「おいおいおいおい、ヤバいぞそれは」


 真っ暗の中、地面に這いつくばってキャンディーを探す。

 土だらけだろうがゴミだらけだろうが、見付け次第すぐ舐めないとヤバい。


 とはいえ、どれだけ目が慣れても真っ暗なままだ。

 手探りで闇雲に探すしかない。


「……いてっ」


 ハイハイしてたら壁にぶつかった。

 いまいちこの空間の広さや形が掴めない。


 それからもしばらく這いつくばって探し続けた。

 だけど地面はざらざらで起伏があるし、空間自体が定期的にもぞもぞ動く。

 だからどこまで探したかが分からなくなってしまう。


「参ったな……」


 何だか頭がクラクラしてきた。

 やっぱり酸素が薄いらしい。


「周りも見えねぇしキャンディーはねぇし酸素は薄いし何なんだよ……」


 壁を殴る。

 殴るといってもパワードスーツ姿じゃないから、パーチェちゃんの小さい可愛いおててでぽむ、と猫パンチしただけだ。


 そしてたったそれだけのことで、さらにクラクラしてきた。

 どれだけこの体がか弱いのか、そしてどれだけ能力の恩恵が大きいのかを思い知らされる。


 最悪、指でカリカリと掘り続ければいつかは穴が開くだろう。

 だけどそれは、コンクリートの壁に素手で穴を開けるようなものだ。

 しかも子どもの弱い力で、だ。


 おまけにここが土のシャチの中で、リーダーの能力の範囲内だとしたら、仮に穴を開けられたとしてもすぐ修復されてしまうんじゃないか……?


「……」


 詰んだ……か?


 ちょっとヤバい。

 いや、かなりヤバい。


 龍の能力者がやったみたいに『メガネで火を起こす』なんてこともこの状況じゃできないし、ヤケになって能力なしで暴れ回ったとしても、この空間はビクともしないだろう。


「どうすんだよ……」


 座って壁にもたれかかる。

 自分の声が今にも泣きそうなぐらいに震えていて、それを聞いて本当に泣きそうになる。


 どんどん頭がぼんやりしてきた。

 もっと頭をフル回転させなきゃいけないのに、何にも考えられない。


「——あ、」


 俺はのそりと壁から体を起こす。


「やっぱり……」


 今さら気付いた。

 この壁、俺の魔力を吸ってる。


 キスほど分かりやすく魔力が移動してる感覚がなかったから、気付くのが遅れてしまった。

 ここはまるで、魔力を吸い続ける監獄だ。

 壁を殴った時にクラクラしたのは、これが原因だったのか。


 魔力がなくなったら、俺は魔力欠乏症でこのまま——


「……あーあ、」


 いいところまでいってたんだけどなぁ……。


 ブサイクに生まれて。

 誰からも愛されず、必要とされず。


 イジめられて、迫害されて、無視されて。

 得意なことなんて何一つとしてなくて。


 で、死んだと思ったら男の娘に転生してて。

 可愛いメイドさんを命懸けで守って。


 世界で上位5%の強さを誇る霊獣級になって、さらに希少なナインの能力者になって。

 俺のことを必要としてくれる人達に囲まれて。


 辞めるというエイリーを引き止めつつちょっとずつ仲良くなって。

 命懸けで魔力を託してくれるほど信頼してもらえて。


 そしてあんな啖呵を切って。

 それが、このていたらくか。


 情けない。


 どんな環境になろうと、どんな恵まれた容姿になろうと、『俺』という魂自体が終わってる。

『魂が穢れている』というドルヴィの言葉、その通りじゃないか。


 視界が真っ暗だからか考えまで暗くなっていく。

 でも、間違ったことを考えてるとも思えない。


 ドルヴィは俺のことを『魂が穢れている』と評価すると共に『頭は悪くない』とも言っていた。

 でも、魂が穢れてるんじゃ何もできないじゃないか。


 結局、俺は何もできなかった。


 大量のネズミを叩き潰して破壊して、

 トラとウマを正面衝突させて破壊して、

 エイリーの首に巻き付いたヘビを水を操って破壊して、

 泥のアームでトリを破壊して、

 エイリーの霊獣をぶん回してサルとイヌを破壊して、

 龍の尻尾を破壊してウサギの能力者を叩き落として、

 龍の能力者の腕をちぎって戦闘不能にして、

 ウシとヒツジの能力者を沼に沈めて倒して。


 ここまで結構頑張ってきたのに。

 最後の最後でやらかした。


 俺が普通の、例えばウィンドのパワータイプとかなら、何の小道具もなく、その身一つでこの状況を切り抜けられただろう。

 でも、俺はキャンディーがないと何もできない。


 人の助けがないと何もできないように。

 俺は丸腰だ。


 能力を使わないと、人は奇跡を起こせない。

 奇跡は起こらない。


 生身の人間に、魔法なんて使えるわけが——


「……?」


 そう考えてる途中で、頭の中にぽっと小さな違和感が灯った。

 何だ?

 何が引っかかってる?


 考えようとしても、酸素不足と魔力不足で考えがまとまらない。

 霧のようにふわふわと散っていってしまう。


 がつん、と自分の顔面を殴った。


 さっきリーダーに蹴られた方の頬を殴ってしまったせいで、涙が出るほど痛い。

 鼻がツンとする。

 でも、そのおかげで意識がはっきりしてきた。


 考えろ。

 何がおかしい?

 何に違和感がある?


 生身の人間に能力は使えない。

 魔法は使えないし奇跡も起こらない。


 少なくとも、俺はキャンディーがないと能力が使えない。


 いや、本当にそうか?・・・・・・・・・・


 考えろ。

 この違和感をたぐり寄せて、掴み取れ。


 俺が今まで見てきたすべての『能力』を思い出せ。

 電気ビリビリ男。

 リベロ王の風。

 エイリーの鋼鉄のライオン。

 カリーノのオウム。

 ドルヴィの沼地。

 そして男達の土——


 これで全部のはずだ。

 元いた世界では考えられない『魔法』はこれで全部だ。

 生身の人間には起こせない奇跡はこれで全部のはずだ。


 でも、これじゃない。・・・・・・・・・

 俺はもっと別の形で、元いた世界では考えられない『魔法』を見ている。

 何だ?

 いったいどこで——


「——あれ・・か?」


 一瞬だけ香って、すぐに掻き消えてしまった違和感。

 今、確かに掴み取った。


 ウシの能力者が、泥を弾き飛ばしていた力——


 肩まで泥に埋まっていたあの老人が『お前さんをぶっ潰して終わりにしてやらァ』と叫んだ瞬間、泥が爆発した。

 まるで老人の体の周りで爆発が起きたように——


 あれは土の能力じゃないはずだ。


 もしかするとあの老人は『そういう能力』を持ったナインだったのかもしれない。

 でももしそうだとしたら、もっと率先してその力を奮って俺を殺しにきていただろう。

 ということは、あれは九つのタイプに分類される攻撃じゃなくて、能力者なら共通して誰もができることなんじゃないか?


 誰もが——キャンディーがないと丸腰な俺にも、だ。


 でも、能力者がみんな共通して持っているものって何だ?

 髪、爪、皮膚、脳、筋肉、内臓、血液——血液?


「——魔力、か……?」


 血液がなくなると命が危ない。

 魔力がなくなっても、命が危なくない——


 そうか、ウシの能力者は、自分の魔力を使ってあの爆発を起こしていたんだ。


 とはいえ、あれはどうやってやればいいんだ?


 とりあえず指先に魔力を集中させてみる。

 キャンディーはくわえてないのに、動かせてる感覚がある。

 やっぱり、魔力自体ははキャンディーがなくても動かせるらしい。


 その魔力をどうやったらああやって爆発させられるんだろう?


ちょっと(ピソリーノ・)お昼寝(テンポラーニア)(トッピング)】』を発動させてエイリーのお腹の出血を止めた時、魔力が無駄に拡散してる感じがして、それを狭い範囲に凝縮させた。

 小さい場所に、高密度に集めた。


 あの感覚で魔力をもっと集中させて——


 カン、と高い音が響いた。


 固い土の壁が音を立てて抉れる。

 破片が顔に飛んできた。


 手探りで壁を触ると、


「へこんでる……」


 壁に、わずかに窪みができていた。


 できた。

 キャンディーがなくても、奇跡は起こせる——


 だけど、これには致命的な問題点があった。


 魔力の消費が激しすぎる。


 例えるなら、息を吹きかければ消えるマッチの火を、巨大な扇風機を何台も設置して消すような。

 たった一口の水を飲むために、プール一杯分の水を浴びるような。

 一個のイチゴを食べるために、山を切り崩して全部イチゴ畑にするような——


 馬鹿馬鹿しいとも言える効率の悪さだ。


 でも、この状況で助かるには、今それをやるしかない。


 こうやって迷ってる間にも魔力は吸われ続けているし、エイリーが襲われてるかもしれない。


 もし失敗したら、俺は魔力欠乏症でそのまま死ぬだろう。

 壁に穴が開けられなければ、魔力の無駄撃ちになって死ぬ。

 壁に穴が開けられても、魔力を使いすぎれば死ぬ。

 とはいえ、どれぐらいの力で魔力を解き放てばぴったり破壊できるか、なんて分かるはずがない。


 エイリーが命を懸けて分け与えてくれた魔力を、こんな使い方してもいいんだろうか?


 でも他に方法が思い付かない以上、こうしないと俺は死ぬ。

 エイリーは俺を生かすために魔力を分け与えてくれたのだ。


 生きるために使うなら、許してくれるはずだ。


 集中しろ。

 体の中にある魔力を、体の表面に持ってくるイメージ。

 自分の体を魔力の膜で薄く包むイメージ。

 その膜を分厚くするんじゃなくて、密度を上げる。

 半紙じゃなくてコピー紙、コピー紙じゃなくて型紙、型紙じゃなくて金属——


 ——それを、全方位にぶっ放すイメージ!


 爆音が轟く。


 土が外へ吹っ飛ばされるのと同時に、外の空気が流れ込んでくる。

 陽の光が差し込んでくる。

 風が吹いてくる。

 土の臭い、草木の臭いがする。

 額を流れる汗が、風で冷やされて気持ちいい。


 世界のすべてがスローモーションに見える中、キャンディーが見えた。


 土のシャチに飲み込まれる直前までくわえていた『操獣機巧ベースティア・フェローチェ(トッピング)】』のキャンディーだ。

 やっぱり、近くにあったらしい。


 空中でキャッチしてそのままくわえる。

 土でジャリジャリしているキャンディーを舐めた瞬間、全身の細胞が覚醒する。

 パワードスーツ姿に変身する。

 身体能力が向上して、より世界がはっきりと見える。


 俺はかなり高いところにいた。

 シャチは俺を飲み込んだあと、海面から顔を出すように垂直に立っていたらしい。


 周囲を見渡す。

 リーダーを見付けた。

 白眼を剥いて、膝から崩れ落ちる瞬間がスローに見えた。


 今度こそ、その顔面をぶん殴る。


 空中で体を翻して、残りわずかな魔力を振り絞る。

 全身の歯車が、ガチガチと獰猛に音を鳴らす。

 早くコイツを狩らせろと獣のように咆哮する。


「歯ぁ食いしばれ、下郎!」


 固く握りしめた拳は、確かに顔面を捉えた——


「……え?」


 ——土のトラの顔面を。


 着地と同時に、巨大な前足が俺の鼻先を掠める。

 バク転しながら避けると、


「さぁ、クライマックスといこうか!」


 大柄な男が——倒したはずのトラの能力者が、獰猛に吠えた。


続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ