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霊獣級に匹敵する力を持った男達を、これで十一人倒したことになる。
あと一人——
だけどエイリーは気を失ってるし、俺は魔力がほぼ底を尽きた。
「……勝負あったようだな」
遠くから、リーダーが静かに口を開いた。
「少なくとも、今のお前と俺なら俺が勝つ。さすがに分かるだろ?」
「それは……どうでしょうね?」
強がりの言葉にも、覇気がなかった。
そりゃそうだ、今だって目の前がずっとぐるぐる回ってるんだから——
「俺はもう簡単にお前をぶっ殺せるし、殺さずに、国王との交渉材料として使うこともできる」
「このお城を乗っ取るって話ですか? どうせできないからやめた方がいいよ」
雑談で時間を伸ばそうにも、そもそも雑談できるほど頭が回ってない。
でも、聞いた話をすべてつなぎ合わせながら、言葉を途切れさせないように必死に続ける。
「お父様は、あなた達程度の能力者が倒せない私達なんて、必要としてませんよ。だから仮に私達を殺せたとしても、その後あなたがお父様に殺されて終わりです。お城の乗っ取りなんてできっこないですよ」
「はぁ……?」
リーダーは眉間にシワを寄せた。
「お姫様のわりに、随分と醒めたこと言うんだな」
「そうですかね……」
ダメだ、とりあえず魔力を何とかしなくちゃ。
エイリーを助けなきゃ。
ふらふらとエイリーに近付くと——
「ぐあっ……!」
畑の土が爆発した。
「甘えたお姫様がよ。仲間に近寄らせるわけねぇだろうが。次にお前達が寄り添うのは、墓の中だよ」
腕が痛い——
じんじんと、異常なほど熱を持っている。
『操獣機巧【着】』のパワードスーツ越しなのに、腕が変な方向に曲がりそうなほどの衝撃だった。
それでも、どんな手を使っても、エイリーだけは助けなくちゃいけない。
出会ってたった一週間の女の子相手に、俺は何をそんな必死になっているんだ。
自分でも馬鹿げていると思う。
でも、立場が何であれ、理由が何であれ。
生まれて初めて、俺を必要としてくれた人を、失いたくない。
失うような男でありたくない。
「それじゃあ……この人も一緒にお墓に連れていこうかな」
気絶している老人の、剛毛の白髪を鷲掴みにする。
「私が何を言ってるか分かりますか? 今から私がやることを邪魔したら、この人を殺すと言っています」
気の利いた言葉を使えるほど頭が回ってないから、発言がストレートに物騒になる。
「……へっ。ただのお姫様じゃない、ってか」
リーダーは静かに両手を挙げた。
「分かったよ。お前の用事が済むまで手出しはしない」
「……」
いや、用事が済んでも手出しするなよ、と思ったけど、もう大きな声を出して言い返す元気もない。
とりあえずエイリーの近くまで老人を引きずっていく。
そして、俺の右側にエイリー、左側に老人、正面にリーダーが見えるように座った。
アイツが少しでも変なことをしてきたら、絶対にこの老人を殺す。
警戒しながら、エイリーの姿を改めて見る。
全身が土と血にまみれて、額からも血が出ている。
前髪が、土と血と脂汗で額に張り付いていた。
お腹からも出血している。
ここの出血が一番酷いようだ。
メイド服の白い部分がどす黒く染まっている。
そして、右腕がおかしな方向に曲がっていた。
完全に折れている——
じわっと、血がにじむように涙が出てきた。
生まれて初めて見る大ケガが怖いのか、エイリーが可哀想なのかは分からない。
だけど、泣いてる場合じゃないってことだけは分かる。
『ちょっとお昼寝【着】』のキャンディーに切り替える。
さっきは自分の体に使ってうまくいったけど、人の体なんて治せるんだろうか?
というかこの能力、どこまでのケガを治せるんだろうか?
さっきは、俺が脇腹に食らった打ち身を治すことはできた。
だけど、人の骨折なんて治せるのか?
出血なんて止められるのか?
いや、考えてる場合か。
できるかどうかじゃない、やるんだ。
エイリーの右腕に、両手を添えて——
「……いけません、姫」
左手が、俺の手を弱々しく押し返した。
「エイリー! 起きたんだね、よかった!」
「……いけません、姫」
俺の言葉を無視して、エイリーは同じことを繰り返した。
苦しそうに肩で息をしている。
「私なんかの回復に……姫の魔力を使ってはいけません……もう、残りわずかなのでしょう?」
「そんなこと言ったって——」
確かに感覚的に、俺の魔力が危ないことは分かる。
ここで回復なんてしたら、俺はそのまま気を失うだろう。
だけど、エイリーを死なせるわけにはいかない。
「お願いです、姫。その残りの魔力で、あの男を倒してください」
「そんなことしたらエイリー、このまま、死んじゃうじゃん」
声が震えていた。
「私は、大丈夫ですから。だから早く——」
「——大丈夫なわけないでしょ! こんな大ケガして!」
両肩を揺さぶる。
エイリーは痛みに顔を歪ませた。
だけど、こっちは感情があふれて止められない。
「一緒にアイツらを倒して、一緒に生きるんだよ!」
もしかしたら、俺が今からあの男を大急ぎで倒して、ジーナのところにエイリーを連れていけば、助かるかもしれない。
でも、助からないかもしれない。
間に合わないかもしれない。
そんな大切なことに『かもしれない』があってはいけない。
確実に、今、エイリーが生き延びる方法を選ばなきゃいけない。
だけど、もう一度回復をしようとしても、
「ダメです、お願いです姫、」
エイリーは、か細い声で何度も何度も言う。
「お願いです。お願いです姫。最期ぐらい、私の言うことを聞いてください」
「嫌だ。それだけは絶対に聞かない。エイリーが死んだらここで私も死ぬ。絶対に」
「何でそんなことを……」
喋ってる途中で、エイリーがごほっと咳をした。
口の端から、真っ赤な血が一筋、流れ落ちた。
「……お願いです。私のことなど構わず、早く、姫の魔力が尽きてしまう前に」
エイリーは、血を拭うことすらしない。
視点が定まらなくなってきている。
顔が青白い。
頬に、青い血管が透けて見える。
「私は、最初から、救っていただいた命です。この国のために捧げられるのであれば、こんな光栄なことはありません」
「こんな死に方で、誰が喜ぶんだよ!」
「私など、一度のみならず、二度も姫を守れなかった価値のない人間です。私など、このまま死んでしまった方が——」
——バチン、と。
右の手のひらが、じんじんとする。
エイリーの左頬が赤く腫れる。
気が付けば胸倉を掴んでいた。
「——『危険かもしれませんが、一緒にきていただけますか?』って言ったのは、オメーだろーが!」
腹の中から、怒りが沸き上がってくる。
どうしようもないもどかしさが、堰を切って一気に流れ出る。
もう止められない。
「あの言葉、嬉しかったよ! 必要とされてると思って、嬉しかった! 信頼してもらえたんだと思って、嬉しかった!! なのに!!」
胸倉を掴んで、がくがくと揺らす。
「あれも全部嘘だったってことかよ! なぁ!」
喉から血の味がする。
この小さな体の限界を超えて叫んでいる。
でも、叫ばずにはいられなかった。
怒鳴らずには、いられなかった。
「エイリーに生きててほしいと思ってんだよ! こっちは! ずっと!」
生まれて初めて感じる、マグマのように噴き出す激しい怒り。
止め方が分からないし、止まる気も、止める気もない。
「エイリーは逃げ出したいかもしれないけど、ここにいてほしいって言ってんの! 一緒に生きようって言ってんの! ようやく手に入れた楽しい世界を壊したくないって言ってんの!」
言葉というより怒り。
怒りというより絶叫。
絶叫というより咆哮——
「——だから死んだ方がいいとかふざけたこと二度とぬかすんじゃねーぞ! 分かったか!!」
揺さぶられながら、エイリーは静かに頷いた。
目じりから、透明な涙が一筋流れる。
「何で……」
かすれた声で、エイリーは言った。
「何であなたは、私を必要としてくれるんですか……?」
開けられた目からは、大量の涙が零れ落ちた。
「何でって、」
何でって、そんなの。
そんなの、一つしかないだろ。
「——『好き』以外に、理由がいる?」
コルトゥーラの陽の光を浴びて、零れ落ちる大粒の涙の一粒一粒が、宝石みたいにきらきらと輝いている。
「今までいっぱい酷いことをしちゃったかもしれない。エイリーだけじゃなくて、お父様にもお母様にも、他のメイドの人達にも。だから、それを許してくれとは言わない。だけど、それでも私を必要として、支えてくれて、優しくしてくれるみんなが、エイリーが、大好きだから、ずっと、一緒にいてほしい……」
最後の方は、泣いてしまってうまく言葉にできなかった。
あぁ。
カッコ悪いな。
出会って一週間しか経ってない、しかも年下の女の子に、俺は何を言ってるんだ。
こんなに叫んで、こんなに泣いて。
何を必死になってるんだ。
だけど、湧き上がるこの熱さこそが、生きるということなのかもしれない。
俺はこの世界でようやく、"生"を手に入れたのだ。
あぁ、生きているんだ。
生かされているんだ。
生きてていいんだ。
生きなきゃいけないんだ。
そしてみんなを生かさないといけないんだ。
守らないといけないんだ。
この胸の痛みが、確かにそれを気付かせてくれた。
「私はずっとワガママしか言ってないよ。もう逃げたい、死にたいって言うエイリーに、ずっと一緒にいてほしいって言ってるんだから。ワガママな自覚はあるよ。だけどさ、」
俺は、自分でもめちゃくちゃだと思うことを言った。
口走ってしまった。
でも、これ以上の言葉は、ない気がした。
「——だけど、お姫様のワガママを聞くのが、メイドの仕事でしょ……?」
エイリーは、目を見開いた。
陽の光を浴びて、涙で溢れた目がきらきらと輝いている。
そこにはまだ、確かに、命の灯があった。
ふー、と、エイリーは目を閉じて深く息を吐く。
そして、目を開いた。
その目には、さっきまでとは違う決意があった。
「……かしこまりました、お姫様」
しんどそうに、でも何だか嬉しそうに、エイリーは笑う。
「そうですね。あなたはとってもワガママで、可愛くてめちゃくちゃで素敵な方です」
「それ、褒めてる?」
もちろんです、と頷いてエイリーは続ける。
「作戦があります。聞いていただけますか?」
声はか細いままだけど、口調ははっきりしていた。
エイリーの心は、まだ全然折れていない。
「うん、聞く。何?」
もう一度、しんどそうに深くため息を吐いてから、エイリーは俺に手を伸ばした。
「耳を、貸してください」
「え? う、うん」
横たわるエイリーの口元に耳を近付けようとして——
「——んっ!?」
キスをされた。
がちん、と前歯と前歯が当たる。
血の味がする。
エイリーは左手で俺の後頭部をガッチリと押さえ付けている。
いったい何を——と思った瞬間だった。
心の中に、じわっと温かいものが湧いてきた。
可愛い子とキスができたという喜びとか下心じゃなくて、もっとこう、直接的な——
——まさか!
エイリーを付き飛ばそうとするも、ガッチリと押さえ付けられていて抜け出せない。
その間にも——エイリーから膨大な量の魔力が流れ込んでくる。
|俺に口移しで魔力を流し込んでいる。《・・・・・・・・・・・・・・・・・》
自分の命だって危ないのに何を——
「——ぷはっ」
キスを終えて、エイリーは地面にぐったりと倒れ込んだ。
「何してんのエイリー! そんなんじゃエイリーだって魔力欠乏症に——」
「——聞いてください、姫」
エイリーは肩で息をしている。
苦しそうだけど、やり遂げたような、満足気な顔をしていた。
「私と共に生きたいと仰って下さるのであれば、どうか聞いてください」
俺はもう、黙って頷くしかない。
「私のケガの中で、命にかかわるものは、腹部の出血のみです。もし私を生かしてくださるのであれば、このケガだけ治していただけますか?」
「いや、全部治すよ!」
骨折して痛々しい状況で放っておくわけがない。
額の傷だって、女の子の顔に傷なんて残ったら——
「それではダメなのです。お聞きください」
大ケガに加えて魔力まで足りなくなって、エイリーはいよいよ死んでしまいそうだった。
それでも、その目の輝きが、こんな小さな少女がまた生きていることを——まだ生きるつもりだということを、はっきり教えてくれている。
「腹部の出血さえ止まれば、私はすぐには死にません。なので、最低限の魔力で私の腹部を治療した後、残った魔力のすべてを振り絞って、あの男を倒してください」
確かに、理に適ってる。
だけど——
「だけど、その間にエイリーが死んじゃったらどうするの……!?」
出血を止められたとしても、今まで流れ出た血液が返ってくるわけじゃない。
それに加えて魔力までなくなったら——
そうだ、さっきエイリーがやったように、俺から口移しで魔力を返せば——
「——いけませんよ」
俺の考えを見抜いたように、エイリーは優しく微笑んで、俺の頬に手を添えた。
「キスで魔力を移すのは、非常に効率が悪いんです。十の魔力を移そうとしても、その内の七はこぼすことになります」
じゃあ、俺からエイリーに戻したとしても、大して状況は変わらないってことなのか——
「それに……私は死にませんよ」
「本当に?」
ぼろぼろと泣く俺の頬を、添えた手で優しく撫でる。
「えぇ——我が主に『生きろ』との命を授かりましたので」
……そうだよな。
生きろと命じたのは俺だ。
もう逃げたいという人に、死にたいという人に、それでもここにいてほしいと頼んだのは俺だ。
そして残念ながら、エイリーの作戦以上にいい考えも思い浮かばない。
なら、こうするしかない。
「……ジーナ、力を貸して」
『ちょっとお昼寝【着】』の能力に全神経を向ける。
人の体の治し方なんて分からない。
全部がぶっつけ本番だ。
だけど、大切な人を治したい、守りたい、笑顔にしたい——
——そんなことすらできなくて、何が神だ。
『神の世界から力を貸す』とか尊大なこと言うんなら、人間のケガぐらい、完璧に治してみろ!
エイリーのお腹に両手をかざす。
両手から、白い光があふれ出す。
じんわりと温かい。
その光と温かさの範囲がだんだん大きくなっていく。
でもこれじゃダメだ。
魔力が無駄に拡散している感じがする。
もっと凝縮しろ。
もっと小さい場所に、高密度に集めろ。
エイリーが命を懸けて渡してくれた魔力、一滴も無駄にするな!
濃縮された手の温かさを、エイリーのお腹に移すイメージ。
ケガを覆うイメージ。
傷をふさいで、押し固めるイメージ——
「すごい……」
エイリーが、目を見開いた。
「痛みが、なくなっていきます……」
手の温かさが、エイリーのお腹に移っていく。
それに比例して、血色が少し良くなったような気がした。
「大丈夫? もう痛くない?」
エイリーが頷いたのを見て、能力を解除する。
その瞬間、どっと疲れが湧いてきた。
百メートルを全力で走ったぐらいの激しい疲労が体を襲う。
やっぱりケガの程度が激しいほど、魔力の消費が激しいらしい。
「姫……ありがとうございます」
そう言って、エイリーは目を閉じた。
その目からまた涙がこぼれ落ちる。
「え? まだどっか痛い? やっぱり腕も治そうか?」
「違います。違うんです」
エイリーは雨上がりの空みたいにくすくすと泣きながら笑う。
「とっても、優しい能力だったなって」
「……ジーナの力だよ」
「そうですね。ですが、姫の優しさでもあります」
そう言ってエイリーは、ふー、としんどそうにため息を吐いた。
「最後の最後に、お力になれず、そればかりか足を引っ張ってしまって、申し訳ありません」
「何言ってんの。充分すぎるぐらいやってくれたでしょ」
エイリーは目を閉じて、首を振った。
「私は、姫の命を、必ず守ります。必ず、生きます。ですから……」
エイリーは、もう一度俺にキスをした。
だけど今度は俺の頭を押さえ付けることもしない、柔らかいキスだった。
残り僅かな魔力が、絞り出されるようにエイリーから伝わってくる。
「……ですから、どうか、ご無事に——」
——勝利を。
そのかすれた言葉を最後に、エイリーの全身から力が抜ける。
腕をだらりと放り出して、そのまま意識を失った。
「……」
俺は立ち上がる。
『操獣機巧【着】』に——エイリーからもらった大切な力に切り替えて、
「待っててくれて、ありがとうございました」
人質に取っていた老人を、リーダーに投げて返した。
リーダーは意外そうな顔をして固まってから、
「……へっ、律儀なお姫様だな。そのまま人質に取っておけばよかったのによ」
そう言いながらも、老人を庇うように一歩前に出た。
「それに、お前はやっぱり甘えたお姫様だよ」
「……どうしてですか?」
「メイドの命なんて放っておけばいいだろうが。その魔力があれば俺を殴るぐらいのことは——」
——爆発。
俺の心の中で爆発が起きたのか、手で爆発が起きたのかは分からない。
俺の手から射出された怒りが、巨大な二枚の歯車の形になって、リーダーの顔の横を通り過ぎた。
リーダーの髪の先を散らして、森の木に当たって爆発する。
「——もういいよ。黙れ」
歯車を再展開させて、手にしっかりと握る。
「魔力があろうがなかろうが、今から俺は、絶対に、お前の顔面を、全力でぶん殴る」
エイリー、あとちょっとだけ待っててね。
必ず、勝利を君に。
続く




