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挿絵(By みてみん)


      23


 霊獣級に匹敵する力を持った男達を、これで十一人倒したことになる。

 あと一人——

 だけどエイリーは気を失ってるし、俺は魔力がほぼ底を尽きた。


「……勝負あったようだな」


 遠くから、リーダーが静かに口を開いた。


「少なくとも、今のお前と俺なら俺が勝つ。さすがに分かるだろ?」

「それは……どうでしょうね?」


 強がりの言葉にも、覇気がなかった。

 そりゃそうだ、今だって目の前がずっとぐるぐる回ってるんだから——


「俺はもう簡単にお前をぶっ殺せるし、殺さずに、国王との交渉材料として使うこともできる」

「このお城を乗っ取るって話ですか? どうせできないからやめた方がいいよ」


 雑談で時間を伸ばそうにも、そもそも雑談できるほど頭が回ってない。

 でも、聞いた話をすべてつなぎ合わせながら、言葉を途切れさせないように必死に続ける。


「お父様は、あなた達程度の能力者が倒せない私達なんて、必要としてませんよ。だから仮に私達を殺せたとしても、その後あなたがお父様に殺されて終わりです。お城の乗っ取りなんてできっこないですよ」

「はぁ……?」


 リーダーは眉間にシワを寄せた。


「お姫様のわりに、随分と醒めたこと言うんだな」

「そうですかね……」


 ダメだ、とりあえず魔力を何とかしなくちゃ。

 エイリーを助けなきゃ。

 ふらふらとエイリーに近付くと——


「ぐあっ……!」


 畑の土が爆発した。


「甘えたお姫様がよ。仲間に近寄らせるわけねぇだろうが。次にお前達が寄り添うのは、墓の中だよ」


 腕が痛い——

 じんじんと、異常なほど熱を持っている。

操獣機巧ベースティア・フェローチェ(トッピング)】』のパワードスーツ越しなのに、腕が変な方向に曲がりそうなほどの衝撃だった。


 それでも、どんな手を使っても、エイリーだけは助けなくちゃいけない。

 出会ってたった一週間の女の子相手に、俺は何をそんな必死になっているんだ。

 自分でも馬鹿げていると思う。


 でも、立場が何であれ、理由が何であれ。

 生まれて初めて、俺を必要としてくれた人を、失いたくない。


 失うような男でありたくない。


「それじゃあ……この人も一緒にお墓に連れていこうかな」


 気絶している老人の、剛毛の白髪を鷲掴みにする。


「私が何を言ってるか分かりますか? 今から私がやることを邪魔したら、この人を殺すと言っています」


 気の利いた言葉を使えるほど頭が回ってないから、発言がストレートに物騒になる。


「……へっ。ただのお姫様じゃない、ってか」


 リーダーは静かに両手を挙げた。


「分かったよ。お前の用事が済むまで手出しはしない」

「……」


 いや、用事が済んでも手出しするなよ、と思ったけど、もう大きな声を出して言い返す元気もない。

 とりあえずエイリーの近くまで老人を引きずっていく。

 そして、俺の右側にエイリー、左側に老人、正面にリーダーが見えるように座った。

 アイツが少しでも変なことをしてきたら、絶対にこの老人を殺す。


 警戒しながら、エイリーの姿を改めて見る。

 全身が土と血にまみれて、額からも血が出ている。

 前髪が、土と血と脂汗で額に張り付いていた。


 お腹からも出血している。

 ここの出血が一番酷いようだ。

 メイド服の白い部分がどす黒く染まっている。


 そして、右腕がおかしな方向に曲がっていた。

 完全に折れている——


 じわっと、血がにじむように涙が出てきた。

 生まれて初めて見る大ケガが怖いのか、エイリーが可哀想なのかは分からない。


 だけど、泣いてる場合じゃないってことだけは分かる。


ちょっと(ピソリーノ・)お昼寝(テンポラーニア)(トッピング)】』のキャンディーに切り替える。

 さっきは自分の体に使ってうまくいったけど、人の体なんて治せるんだろうか?


 というかこの能力、どこまでのケガを治せるんだろうか?

 さっきは、俺が脇腹に食らった打ち身を治すことはできた。

 だけど、人の骨折なんて治せるのか?

 出血なんて止められるのか?


 いや、考えてる場合か。

 できるかどうかじゃない、やるんだ。


 エイリーの右腕に、両手を添えて——


「……いけません、姫」


 左手が、俺の手を弱々しく押し返した。


「エイリー! 起きたんだね、よかった!」

「……いけません、姫」


 俺の言葉を無視して、エイリーは同じことを繰り返した。

 苦しそうに肩で息をしている。


「私なんかの回復に……姫の魔力を使ってはいけません……もう、残りわずかなのでしょう?」

「そんなこと言ったって——」


 確かに感覚的に、俺の魔力が危ないことは分かる。

 ここで回復なんてしたら、俺はそのまま気を失うだろう。

 だけど、エイリーを死なせるわけにはいかない。


「お願いです、姫。その残りの魔力で、あの男を倒してください」

「そんなことしたらエイリー、このまま、死んじゃうじゃん」


 声が震えていた。


「私は、大丈夫ですから。だから早く——」

「——大丈夫なわけないでしょ! こんな大ケガして!」


 両肩を揺さぶる。

 エイリーは痛みに顔を歪ませた。

 だけど、こっちは感情があふれて止められない。


「一緒にアイツらを倒して、一緒に生きるんだよ!」


 もしかしたら、俺が今からあの男を大急ぎで倒して、ジーナのところにエイリーを連れていけば、助かるかもしれない。

 でも、助からないかもしれない。

 間に合わないかもしれない。


 そんな大切なことに『かもしれない』があってはいけない。

 確実に、今、エイリーが生き延びる方法を選ばなきゃいけない。


 だけど、もう一度回復をしようとしても、


「ダメです、お願いです姫、」


 エイリーは、か細い声で何度も何度も言う。


「お願いです。お願いです姫。最期ぐらい、私の言うことを聞いてください」

「嫌だ。それだけは絶対に聞かない。エイリーが死んだらここで私も死ぬ。絶対に」

「何でそんなことを……」


 喋ってる途中で、エイリーがごほっと咳をした。

 口の端から、真っ赤な血が一筋、流れ落ちた。


「……お願いです。私のことなど構わず、早く、姫の魔力が尽きてしまう前に」


 エイリーは、血を拭うことすらしない。

 視点が定まらなくなってきている。

 顔が青白い。

 頬に、青い血管が透けて見える。


「私は、最初から、救っていただいた命です。この国のために捧げられるのであれば、こんな光栄なことはありません」

「こんな死に方で、誰が喜ぶんだよ!」

「私など、一度のみならず、二度も姫を守れなかった価値のない人間です。私など、このまま死んでしまった方が——」


 ——バチン、と。


 右の手のひらが、じんじんとする。

 エイリーの左頬が赤く腫れる。

 気が付けば胸倉を掴んでいた。


「——『危険かもしれませんが、一緒にきていただけますか?』って言ったのは、オメーだろーが!」


 腹の中から、怒りが沸き上がってくる。

 どうしようもないもどかしさが、堰を切って一気に流れ出る。

 もう止められない。


「あの言葉、嬉しかったよ! 必要とされてると思って、嬉しかった! 信頼してもらえたんだと思って、嬉しかった!! なのに!!」


 胸倉を掴んで、がくがくと揺らす。


「あれも全部嘘だったってことかよ! なぁ!」


 喉から血の味がする。

 この小さな体の限界を超えて叫んでいる。


 でも、叫ばずにはいられなかった。

 怒鳴らずには、いられなかった。


「エイリーに生きててほしいと思ってんだよ! こっちは! ずっと!」


 生まれて初めて感じる、マグマのように噴き出す激しい怒り。

 止め方が分からないし、止まる気も、止める気もない。


「エイリーは逃げ出したいかもしれないけど、ここにいてほしいって言ってんの! 一緒に生きようって言ってんの! ようやく手に入れた楽しい世界を壊したくないって言ってんの!」


 言葉というより怒り。

 怒りというより絶叫。

 絶叫というより咆哮——


「——だから死んだ方がいいとかふざけたこと二度とぬかすんじゃねーぞ! 分かったか!!」

 

 揺さぶられながら、エイリーは静かに頷いた。

 目じりから、透明な涙が一筋流れる。


「何で……」


 かすれた声で、エイリーは言った。


「何であなたは、私を必要としてくれるんですか……?」


 開けられた目からは、大量の涙が零れ落ちた。


「何でって、」


 何でって、そんなの。

 そんなの、一つしかないだろ。


「——『好き』以外に、理由がいる?」


 コルトゥーラの陽の光を浴びて、零れ落ちる大粒の涙の一粒一粒が、宝石みたいにきらきらと輝いている。


「今までいっぱい酷いことをしちゃったかもしれない。エイリーだけじゃなくて、お父様にもお母様にも、他のメイドの人達にも。だから、それを許してくれとは言わない。だけど、それでも私を必要として、支えてくれて、優しくしてくれるみんなが、エイリーが、大好きだから、ずっと、一緒にいてほしい……」


 最後の方は、泣いてしまってうまく言葉にできなかった。


 あぁ。

 カッコ悪いな。

 出会って一週間しか経ってない、しかも年下の女の子に、俺は何を言ってるんだ。

 こんなに叫んで、こんなに泣いて。

 何を必死になってるんだ。


 だけど、湧き上がるこの熱さこそが、生きるということなのかもしれない。


 俺はこの世界でようやく、"生"を手に入れたのだ。

 あぁ、生きているんだ。

 生かされているんだ。

 生きてていいんだ。

 生きなきゃいけないんだ。

 そしてみんなを生かさないといけないんだ。

 守らないといけないんだ。

 この胸の痛みが、確かにそれを気付かせてくれた。


「私はずっとワガママしか言ってないよ。もう逃げたい、死にたいって言うエイリーに、ずっと一緒にいてほしいって言ってるんだから。ワガママな自覚はあるよ。だけどさ、」


 俺は、自分でもめちゃくちゃだと思うことを言った。

 口走ってしまった。

 でも、これ以上の言葉は、ない気がした。


「——だけど、お姫様のワガママを聞くのが、メイドの仕事でしょ……?」


 エイリーは、目を見開いた。

 陽の光を浴びて、涙で溢れた目がきらきらと輝いている。

 そこにはまだ、確かに、命の灯があった。


 ふー、と、エイリーは目を閉じて深く息を吐く。


 そして、目を開いた。

 その目には、さっきまでとは違う決意があった。


「……かしこまりました、お姫様」


 しんどそうに、でも何だか嬉しそうに、エイリーは笑う。


「そうですね。あなたはとってもワガママで、可愛くてめちゃくちゃで素敵な方です」

「それ、褒めてる?」


 もちろんです、と頷いてエイリーは続ける。


「作戦があります。聞いていただけますか?」


 声はか細いままだけど、口調ははっきりしていた。

 エイリーの心は、まだ全然折れていない。


「うん、聞く。何?」


 もう一度、しんどそうに深くため息を吐いてから、エイリーは俺に手を伸ばした。


「耳を、貸してください」

「え? う、うん」


 横たわるエイリーの口元に耳を近付けようとして——


「——んっ!?」


 キスをされた。


 がちん、と前歯と前歯が当たる。

 血の味がする。

 エイリーは左手で俺の後頭部をガッチリと押さえ付けている。

 いったい何を——と思った瞬間だった。


 心の中に、じわっと温かいものが湧いてきた。


 可愛い子とキスができたという喜びとか下心じゃなくて、もっとこう、直接的な——


 ——まさか!


 エイリーを付き飛ばそうとするも、ガッチリと押さえ付けられていて抜け出せない。


 その間にも——エイリーから膨大な量の魔力が流れ込んでくる。


 |俺に口移しで魔力を流し込んでいる。《・・・・・・・・・・・・・・・・・》

 自分の命だって危ないのに何を——


「——ぷはっ」


 キスを終えて、エイリーは地面にぐったりと倒れ込んだ。


「何してんのエイリー! そんなんじゃエイリーだって魔力欠乏症に——」

「——聞いてください、姫」


 エイリーは肩で息をしている。

 苦しそうだけど、やり遂げたような、満足気な顔をしていた。


「私と共に生きたいと仰って下さるのであれば、どうか聞いてください」


 俺はもう、黙って頷くしかない。


「私のケガの中で、命にかかわるものは、腹部の出血のみです。もし私を生かしてくださるのであれば、このケガだけ治していただけますか?」

「いや、全部治すよ!」


 骨折して痛々しい状況で放っておくわけがない。

 額の傷だって、女の子の顔に傷なんて残ったら——


「それではダメなのです。お聞きください」


 大ケガに加えて魔力まで足りなくなって、エイリーはいよいよ死んでしまいそうだった。

 それでも、その目の輝きが、こんな小さな少女がまた生きていることを——まだ生きるつもりだということを、はっきり教えてくれている。


「腹部の出血さえ止まれば、私はすぐには死にません。なので、最低限の魔力で私の腹部を治療した後、残った魔力のすべてを振り絞って、あの男を倒してください」


 確かに、理に適ってる。

 だけど——


「だけど、その間にエイリーが死んじゃったらどうするの……!?」


 出血を止められたとしても、今まで流れ出た血液が返ってくるわけじゃない。

 それに加えて魔力までなくなったら——


 そうだ、さっきエイリーがやったように、俺から口移しで魔力を返せば——


「——いけませんよ」


 俺の考えを見抜いたように、エイリーは優しく微笑んで、俺の頬に手を添えた。


「キスで魔力を移すのは、非常に効率が悪いんです。十の魔力を移そうとしても、その内の七はこぼすことになります」


 じゃあ、俺からエイリーに戻したとしても、大して状況は変わらないってことなのか——


「それに……私は死にませんよ」

「本当に?」


 ぼろぼろと泣く俺の頬を、添えた手で優しく撫でる。


「えぇ——我が主に『生きろ』との(めい)を授かりましたので」


 ……そうだよな。

 生きろと命じたのは俺だ。

 もう逃げたいという人に、死にたいという人に、それでもここにいてほしいと頼んだのは俺だ。


 そして残念ながら、エイリーの作戦以上にいい考えも思い浮かばない。

 なら、こうするしかない。


「……ジーナ、力を貸して」


ちょっと(ピソリーノ・)お昼寝(テンポラーニア)(トッピング)】』の能力に全神経を向ける。


 人の体の治し方なんて分からない。

 全部がぶっつけ本番だ。

 だけど、大切な人を治したい、守りたい、笑顔にしたい——


 ——そんなことすらできなくて、何が神だ。


『神の世界から力を貸す』とか尊大なこと言うんなら、人間のケガぐらい、完璧に治してみろ!


 エイリーのお腹に両手をかざす。

 両手から、白い光があふれ出す。

 じんわりと温かい。

 その光と温かさの範囲がだんだん大きくなっていく。

 でもこれじゃダメだ。

 魔力が無駄に拡散している感じがする。

 もっと凝縮しろ。

 もっと小さい場所に、高密度に集めろ。


 エイリーが命を懸けて渡してくれた魔力、一滴も無駄にするな!


 濃縮された手の温かさを、エイリーのお腹に移すイメージ。

 ケガを覆うイメージ。

 傷をふさいで、押し固めるイメージ——


「すごい……」


 エイリーが、目を見開いた。


「痛みが、なくなっていきます……」


 手の温かさが、エイリーのお腹に移っていく。

 それに比例して、血色が少し良くなったような気がした。


「大丈夫? もう痛くない?」


 エイリーが頷いたのを見て、能力を解除する。

 その瞬間、どっと疲れが湧いてきた。

 百メートルを全力で走ったぐらいの激しい疲労が体を襲う。

 やっぱりケガの程度が激しいほど、魔力の消費が激しいらしい。


「姫……ありがとうございます」


 そう言って、エイリーは目を閉じた。

 その目からまた涙がこぼれ落ちる。


「え? まだどっか痛い? やっぱり腕も治そうか?」

「違います。違うんです」


 エイリーは雨上がりの空みたいにくすくすと泣きながら笑う。


「とっても、優しい能力だったなって」


「……ジーナの力だよ」

「そうですね。ですが、姫の優しさでもあります」


 そう言ってエイリーは、ふー、としんどそうにため息を吐いた。


「最後の最後に、お力になれず、そればかりか足を引っ張ってしまって、申し訳ありません」

「何言ってんの。充分すぎるぐらいやってくれたでしょ」


 エイリーは目を閉じて、首を振った。


「私は、姫の(めい)を、必ず守ります。必ず、生きます。ですから……」


 エイリーは、もう一度俺にキスをした。

 だけど今度は俺の頭を押さえ付けることもしない、柔らかいキスだった。

 残り僅かな魔力が、絞り出されるようにエイリーから伝わってくる。


「……ですから、どうか、ご無事に——」


 ——勝利を。


 そのかすれた言葉を最後に、エイリーの全身から力が抜ける。

 腕をだらりと放り出して、そのまま意識を失った。


「……」


 俺は立ち上がる。

操獣機巧ベースティア・フェローチェ(トッピング)】』に——エイリーからもらった大切な力に切り替えて、


「待っててくれて、ありがとうございました」


 人質に取っていた老人を、リーダーに投げて返した。

 リーダーは意外そうな顔をして固まってから、


「……へっ、律儀なお姫様だな。そのまま人質に取っておけばよかったのによ」


 そう言いながらも、老人を庇うように一歩前に出た。


「それに、お前はやっぱり甘えたお姫様だよ」

「……どうしてですか?」

「メイドの命なんて放っておけばいいだろうが。その魔力があれば俺を殴るぐらいのことは——」


 ——爆発。


 俺の心の中で爆発が起きたのか、手で爆発が起きたのかは分からない。

 俺の手から射出された怒りが、巨大な二枚の歯車の形になって、リーダーの顔の横を通り過ぎた。

 リーダーの髪の先を散らして、森の木に当たって爆発する。


「——もういいよ。黙れ」


 歯車を再展開させて、手にしっかりと握る。


「魔力があろうがなかろうが、今から俺は、絶対に、お前の顔面を、全力でぶん殴る」


 エイリー、あとちょっとだけ待っててね。


 必ず、勝利を君に。


続く

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