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「次は俺が行く」
がっしりとした体つきの老人が、低く唸った。
黒いローブを脱ぐと、口に咥えて迷いなく引きちぎる。
そして破いた布を使って、龍の能力者を素早く止血をした。
その手付きは、何度も反復して慣れているように見える。
処置を終えてから土の上にゆっくり横たわらせて、
「坊主、ちょっと待ってろ」
と、ぶっきらぼうに声をかけた。
そして、
「……おい、わりぃが手ェ貸してくれや」
「は、はい!」
老人は、リーダーの男に許可を取ることもなく、最後の一人に声をかけた。
最後の一人の男は、そわそわしながら土のヒツジを出す。
「そう固くなるな、作戦も何もねぇよ」
それに対して、老人は落ち着いた調子で声をかけた。
「俺が攻めてお前が守る。それだけだ」
そして、自分は巨大な土のウシを繰り出した。
「お嬢さん達よ、」
老人は俺達を睨み付ける。
口調こそ静かなものの、明確な怒気が感じ取れる。
「悪いのは、この城を襲ってる俺達だ。でもよ——」
「……!?」
首筋に包丁を突き立てられるような錯覚——
凄まじい悪意を持った魔力があふれ出していく。
「仲間の腕をぶっちぎられてヘラヘラしてるほど——俺達は神でも仏でも、馬鹿でもねぇや」
気が付くと、
「あ、」
目の前にウシの巨大な顔があった。
あ、死ぬ。
目も口も鼻もないのに。
息すらしてないのに。
そのウシは間違いなく激怒していると分かる。
ばん、という大きな音と共に、ウシが俺の横を通り過ぎた。
水分を含んだどっしりと重たい土。
青々とした草と湿った土の臭い。
パラパラと音を立てて落ちる小石や砂粒の音。
ワンテンポ遅れて、それらを吹き飛ばす突風が吹いて——
「——エイリー……?」
さらにワンテンポ遅れて、辛うじてそれだけ呟いた。
さっきまで隣にいたエイリーがいない。
恐る恐る振り返る。
遥か遠くに、エイリーが倒れていた。
そして、
「エイリー!」
動かないエイリーに向かって、ウシが狂ったように走り寄っていく。
脚に魔力をめちゃくちゃに込めて、一気に最高速まで加速する。
ダメだ、それでも間に合わない——
「させるかよ!」
両手に持った歯車を、ウシに向けて思いっきり投げ付ける。
ガチガチと獰猛に音を鳴らして、火花を散らしながら飛んでいった歯車は——
「——えっ!?」
ヒツジの体に当たって、その場にぼとりと落ちた。
「悪いね、これが俺の仕事だからさ」
背中から声をかけられて硬直した俺の目の前で、エイリーがまた牛に跳ね飛ばされた。
あんなデカい牛に、あんな小さな女の子が二回も——
「くそっ……!」
エイリーに向かってもう一度走り出す。
だけど、すぐにその場に転んだ。
足元に大きな穴が開いていた。
俺を転ばせるために、たった今開けられた穴——
「君にとってあのメイドが大事なように、俺達にとって、彼は大事な存在なんだよ」
彼、と言いながら、男は腕をちぎられた若い男をちらりと見た。
「——やったら、やり返されるよ」
その言葉には感情が乗っていなかった。
冷たいナイフのように、サクっと俺に突き刺さった。
再び大きな音がして、エイリーが跳ね飛ばされる。
どうする?
このままじゃエイリーが危ない。
とりあえず、あのウシの機動力だけでも削がなきゃいけない。
あの獰猛なウシの動きを止めるにはどうしたらいい?
直接殴りにいこうとしても、ヒツジの能力者に邪魔される。
かといってコイツを丁寧に倒してる時間なんて——
——!
俺の脳裏に、馬鹿げた作戦がよぎった。
すべてを解決して、コイツらをまとめて倒せるかもしれない、とっておきの作戦だ。
だけどこの作戦を実行したら、俺の魔力はいよいよ底をつく。
エイリーとの特訓の中で得た感覚が、確かにそうだと告げている。
魔力欠乏症。
血液がなくなるように、死んでしまう——
だけど、死ぬのが何なんだ?
たとえ俺が死んだとして、たったそれっぽっちのことが、何だっていうんだ?
俺の命一個でエイリーが助かるのであれば、そんなコスパのいいことないだろ?
それに、エイリーのいない世界で生きる命に、いったい何の価値がある?
「……やるしかないか!」
やると決めたら、あとは実行するだけだ。
何も難しいことはない。
ヒツジの能力者の腹を、思いっきり蹴りつける。
「ぐあっ……!」
男はよろめいたものの、すぐに立ち上がってこっちに向かってくる。
大丈夫、それでいい。
一瞬だけでも隙ができれば、それで——
「ぶっつけ本番だけど——うまくいけ!」
『絶望の終末【着】』のキャンディーに切り替える。
両腕を、畑の土の中に差し込む。
ヒツジの能力者がこっちに走り寄ってくる。
巨大なウシがエイリを跳ね飛ばそうと突進している——
「全部——」
大地が軋むほどの魔力を、全部注ぎ込む。
土の中で大量の泥を生成する。
パワークラスの俺には適してない、間違った能力の使い方だ。
こんなことしたら、俺の魔力はすぐに枯渇する。
だけど構うものか。
これで死んだとしても——エイリーを守れない人生ならいらない!
「——全部、沈め!」
大地のすべてが、一瞬で泥になる。
すべてがぬかるみに沈んでいく。
足元から濁った水が湧き出してくる。
俺を中心に沼地が広がっていき——
「くそっ、冗談じゃねぇや!」
腰まで沼に浸かった老人が叫ぶ。
巨大なウシは脚を取られてその場で横転した。
「はぁっ……はぁっ……!」
心臓がバクバクと音を立てて鳴っている。
喉が内側から締め上げられている。
呼吸がうまくできない。
眼球が、ぐるん、ぐるんと回って気持ちが悪い。
脳味噌の奥の方がじんじんと熱くなっている。
全身から油粘土みたいにねっとりとした汗がにじみ出ている。
畑から腕を引き上げる。
沼地化が止まった。
ギリギリでエイリーのところまでは届いていない。
「くそっ、何でそんなめちゃくちゃなことを——」
ヒツジの能力者は、胸まで浸かっていた。
沼から脱出しようともがいている。
「やったらやり返される——その通りだと思うよ」
手に歯車を持って、一歩近付く。
「おい、おいおい……参ったねこれは」
男は抵抗をやめて、静かに両手を挙げた。
「復讐の往来は、どっちかが諦めるまで、力尽きるまで終わらないんだよ。だからさ——」
手から出した歯車を、男の額に向けて思いっきり投げ付けた。
鈍い音がして、男はそのまま意識を失った。
沼から両手と頭だけを出して、ぐったりしている。
巨大なアームで泥からずるりと引き抜く。
そして、遠くで見ている男達の方へ投げ捨てた。
「残るは——あんただけだな」
沼の上を歩いていく。
「へっ、馬鹿言っちゃいけねぇやお嬢さん」
老人は沼にはまった状態で、シニカルに笑ってみせた。
そして、
「俺達なんざ前座にすぎねぇんだよ。あとは全部、アイツが何とかしてくれらァ」
遠くで静かに事の顛末を見守っているリーダーを見た。
「随分、リーダーさんに信頼があるみたいですね」
「そりゃそうさ。お前さんみたいな温室育ちのガキんちょには分からねぇだろうがな」
温室育ち、か。
俺は顔のせいでイジめられて、誰にも愛されず、誰にも必要とされなかった。
たくさん殴られて、
たくさん罵倒されて、
その倍ぐらい私物を壊されて、
さらにその倍ぐらい私物を隠されて、
さらにその五倍ぐらいみんなから無視されて、
さらにその百倍ぐらい誰からも見向きもされなかった。
世界のすべてから、必要とされなかった。
愛されなかった。
殺されそうになっても、自分を信じてくれて、必要としてくれる仲間がいるお前達と、
殺されまではしないけど、誰からも信じてもらえず、愛されなかった俺と。
どっちが温室だよ?
どっちが地獄だよ?
「前座は前座らしく——せいぜいお前さんをぶっ潰して終わりにしてやらァ!」
老人の周囲の泥が、ばん、と音を立てて爆発した。
「——うわっ!」
顔に泥がかかって視界が奪われる。
今のは何だ?
何で泥が爆発した?
めちゃくちゃに魔力を解き放ったのか?
顔を振って泥を落とすと、目の前にウシの顔があった。
だけど——こんなものが何だ!
「不意打ちが——二回もうまくいくと思うなよ!」
泥のアームで、ウシの体をガッチリと挟む。
そのまま巨体を持ち上げて——
「——これで終わりだ!」
老人の脳天目がけて、全力で叩き付けた。
どん、という音と共に、大量の泥が飛び散る。
俺を中心に衝撃波が駆け抜けた。
暴風が吹き荒れる。
遠くに見える森の木がざわざわと音を立てた。
「勝った……」
老人は泥まみれになって、泥の上で気を失っている。
「勝った……!」
勝った。
俺は勝った。
だけど、もうダメかもしれない。
目の前がくらくらする。
あぁ、魔力を使いすぎた。
これからリーダーの男も倒さなきゃいけないのに。
俺は、本当にやれるのか……?
十一人撃破。
残り一人。
こっちは、魔力切れ一人。
重傷一人——
続く




