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中学生の頃、コブラツイストという技をかけられたことがある。
正しくはどういう技なのか知らないけど、とりあえず全身でヘビのように絡み付いて相手を締め上げる技らしい。
首を圧迫されて息ができなかったし、腕が変な方向にねじれて痺れたし、しかもそれに加えて顔面を殴られ続けるしで、今思えばとんでもない暴力だった。
それを考えれば、このサルはしがみついてるだけだからまだ可愛いものなのかもしれない。
とはいえもうそろそろ呼吸が苦しくなってきた。
そして、俺もエイリーも身動きが取れない絶好のチャンスなのに、相変わらず襲ってこない理由も分からない。
これは、絶好のチャンスか?
なら——
「——姫!?」
エイリーの悲鳴が、遥か下から聞こえた。
俺はサルにしがみつかれたまま、城の全貌が見えるぐらい高く飛びあがる。
そして——重力に任せてそのまま地面に落ちていく。
自分の体にしがみついたものは、力を込めて殴れない。
距離が近すぎて、周囲からの攻撃にも頼れない。
ならば、こうするしかない。
落下の衝撃で、地面に叩き付けてやる!
ところが——
「——戻せ!」
リーダーの怒号が聴こえた瞬間、サルの気配が消えて体が軽くなった。
「よっ……と!」
空中で身をひるがえして、何とか足から着地する。
少しよろめいたけど、落下によるダメージは少しもない。
「大丈夫ですか、姫!」
駆け寄ってくるエイリーに『大丈夫大丈夫』と手を振って答えて、
「それよりさ、」
声を抑えながら男達を見る。
「何か、おかしくない?」
「おかしい、とは……?」
エイリーは気付いてないらしい。
こんなことをパーチェちゃんが言ったら怪しまれるかもしれないけど、もうそんなことを気にしてる場合じゃない。
自分が気付いたことをエイリーに共有した。
「さっきあのサルにしがみつかれてた時、私、本当に動けなかったんだよ。でも、あの人達は襲ってこなかった」
エイリーは、はっと目を見開いてから、
「確かに……」
と頷いて続ける。
「一つ、仮説ができました。そこに賭けましょう」
そう言って、エイリーは俺から少し距離を取った。
「賭ける、ってどうするの?」
「一気に攻め込むということです」
エイリーが手を挙げる。
「姫、こんな時ですが——姫に私の“自慢”をお見せできること、嬉しく思います」
挙げた手の先——空に、魔法陣が展開した。
急激に光を帯びて、白熱していく。
「うわっ……!」
思わず手で顔を覆う。
それでも手の血管が透けて見えるほど眩しい。
太陽より眩しい太陽が、もう一つ現れたみたいだ。
少しずつ目が慣れていく。
目を開けると、おびただしい量の歯車が宙に浮いていた。
そして、がちがちと音を鳴らしながら回転している。
その動きはだんだん統一感を持って、塊になって——
「なるほど……これが“操獣機巧”か……」
——鋼鉄の獣が現れた。
金色で巨大な、機械仕掛けのライオンだ。
がしゃん、がしゃん、と音を立ててこちらを見たあと、どどう、と大きな声で轟くように吠えた。
心臓に響く咆哮だ。
「これが、私の唯一の自慢——『操獣機巧』です」
『他にも自慢できるところいっぱいあるよ!』とか言いたいけど、ちょっと場違いすぎるから控えることにする。
「姫、」
エイリーは俺に手を差し伸べた。
「危険かもしれませんが、一緒にきていただけますか?」
「……!」
それは、俺が断るだなんて、微塵も思っていない笑顔だった。
衝撃的だった。
無表情なエイリーが笑顔になったこと以上に。
その、言葉が。
誰かに必要とされたことが。
誰かの必要とされること、求められること——
——俺が追い求めていたものは、これだ。
望んで、渇望していたものは、これだ。
俺はずっと、誰かに必要とされたかった。
そこにいてもいいよと、言ってほしかった。
いてほしいと、言ってほしかった。
愛されているんだよと勘違いさせてほしかった。
そのためなら、どんな犠牲も怖くない。
馬鹿みたいだけど、心の底から、本当にそう思っている。
「……行くよ、面白そうだし」
差し伸べられた手を、ばしん、と音を鳴らして掴む。
俺を必要としてくれるその手が確かにそこにあって、涙が出そうだった。
エイリーは俺を霊獣の方に促す。
俺が跨ったその後ろに、自分もすとんと座った。
姿勢が安定したのを感じたのか、霊獣は加速していく。
「それで、作戦はあるの?」
「詳しい説明はひとまず後回しにして、」
エイリーは、可愛らしいのによく通る声で言った。
「とりあえず、人を狙います! まずはそれだけです!」
「そりゃいいね! 分かりやすくて!」
ガシャガシャというやかましい音に負けないように、大きな声で答える。
男達のど真ん中に突っ込んでいくと、悲鳴と共に散り散りになる。
「狼狽えるな! 応戦用意!」
リーダーが叫びぶと、二人の男が土でできた動物を繰り出してきた。
「間隔を取れ! 作戦通りにいけ!」
大きな土の塊が二つ、俺達に向かって大砲のように撃ち出される。
それはトラとウマのように見えた。
霊獣を左右から挟み込むように向かってくる。
「そのまま挟み込んで潰せ!」
男達の一人が叫ぶ。
さっき感じた悪臭——凄まじい悪意が強くなっていく。
これを食らったらひとたまりもない。
エイリーは霊獣を加速させる。
トラとウマを振り解こうとしているけど、
「——減速させて!」
俺の指示で、霊獣は急速にスピードを落とした。
「バテたぞ! そのままいけ!」
トラとウマが霊獣に接触する瞬間——
「エイリー、飛び降りて!」
キャンディーを変える。
『困った探偵鳥【着】』の力で空を飛ぶ。
一瞬だけでいい——
「——っらぁああっ!」
めちゃくちゃに魔力を込めて、霊獣を持ち上げる。
ターゲットがいきなり目の前から消えたトラとウマは、急ブレーキをかける。
だけどもう間に合わない——
ばん、と、高いところから土嚢を落としたような音がした。
トラとウマから、嫌な気配が消える。
正面衝突した二体は、土の塊になった。
すぐに『操獣機巧【着】』に戻す。
俺に投げられた霊獣が、遠くでがしゃんと音を立てて着地した。
それと同時に、エイリーが綺麗に霊獣に飛び乗る。
一方俺は受け身も取れずにそのまま畑に叩き付けられ——る寸前で、エイリーが俺の手を取った。
再び霊獣の背中に乗る。
「すごい! すごいです、姫!」
後ろから、エイリーが子どもみたいに興奮してはしゃいでいる。
「あっという間に、二体、思い付きで、綺麗に、すごいです!」
興奮しすぎて言ってる内容がめちゃくちゃになっている。
この子の子どもっぽいところを、初めて見た。
あぁ。
まだ一週間しか一緒にいないのに——俺はこの子のことが好きだ。
ずっと一緒にいてほしい。
それが叶わなくても、ただの子どもみたいに無邪気に笑っていてほしい。
その笑顔のためにも、コイツらを排除しなくちゃいけない——
「リーダー! あのガキ、今変身したぜ! 間違いねぇよ!」
一人の男が叫んでいる。
「今の甲冑みてぇな格好じゃなくて、何かこう……『超晴天行商』の民族衣装みてぇな服装になったんだ! あれはナインかデュアルタイプかどっちかだぜ!」
あの一瞬の変身をバッチリ見られてたのか——
ナインだってことは、もうそろそろバレそうだな……。
「……ん?」
見ると、男達の内、三人が座り込んでいた。
何でだ?
さっきの突進では、人間の方は傷付けてないはず——
「やっぱり……」
エイリーが呟いた。
「何か分かったの?」
さっきも仮説ができたと言っていたけど——
「はい。彼らは、土にほぼすべての魔力を注ぎ込んでいます」
「それが……どうしたの?」
エイリーは何か分かってる感じだけど、いまいち話が読み込めない。
「以前、『魔力欠乏症』という話をさせていただいたのを覚えていらっしゃいますか?」
「うん、あの……魔力と血液は同じようなもので、なくなっちゃうと死んじゃうんだよね?」
「そうです。正確には『枯渇した状態が長く続くと命の危険がある』ということなのですが、倒れている三人は今、その状態なのだと思います」
もう?
こんな序盤なのに?
能力の存在を知ってまだ一週間も経ってない俺ですら、魔力は慎重に使ってるのに。
あんな、悪い意味で戦い慣れてそうなヤツらがそんなヘマをするか?
そんなの、持久走で十周しなきゃいけないのに一周目から全力ダッシュするようなものだろ。
思ったことをそのまま訊くと、
「魔力を全力で込めた攻撃じゃないと、私達に敵わないと考えたのでしょう」
とエイリーは冷静に続ける。
「先程、彼らは霊獣級だと申し上げましたが、正確には『霊獣級に迫る力がある』と言った方が正確かもしれません」
んん?
何だそりゃ?
「彼らは、元は妖精級だと思われます。ですが、妖精級にしては強すぎるし、霊獣級にしては魔力が少し低い感じがします」
「でも、魔力の量って後天的には鍛えられないんでしょ?」
「はい、なので何らかの方法で増強していると思われます」
にわかには考えづらいですが……と締め括った。
ふとリベロ王の方を見る。
すると、明らかにニヤッとしてたのに、俺に気付いた途端に露骨に目を逸らした。
ってことは多分、この推測は合ってるな……。
分からないことだらけだけど、とりあえず、アイツら一人一人は俺とエイリーよりも微妙に弱いというのは間違いなさそうだ。
そしてヤツらは、土にありったけの魔力を込めて撃ち込んできている。
だから撃破するのは大変だけど、撃破してしまえば術者に大ダメージが与えられると——
「——あぁ、そうか」
点と点が線になった。
「なにかお気付きですか?」
「いや、さっきの戦闘でおかしいなと思ったんだよ」
最初、トリが俺目がけて真っ直ぐ突っ込んできた時、俺はエイリーのおかげで避けることができた。
トリはそのまま地面に当たるかと思いきや、当たる寸前で魔力が解かれてただの土の塊になった。
別にわざわざそんなことをしなくても、そのまま地面に突っ込ませればよかったのだ。
なのにわざわざ解除したのは、自分の魔力がたっぷり注がれた土を守るためだった……と考えれば辻褄が合う。
考えてみればその後もそうだ。
ヘビだって蹴り上げられた後に、玉砕覚悟で俺に噛み付いてこれば一噛みぐらいはできたはずだ。
それにサルだって、地面に接触する直前で解除してなければ、多少なりとも俺に落下ダメージを与えることができたはずだ。
なのにそれをしなかったということは——
「すごい……」
俺の推測を聞いたエイリーが、目を見開いた。
「なぜ戦闘をしながら、そこまで細かく観察できたのですか……?」
イジめられっ子だから暴力を受けてる間も冷静でいられるんだよ!
……なんて当然言えるわけもなく、
「エイリーがヒントをくれたから、色々つながっただけだよ」
と誤魔化しておいた。
さて、相手はこちらよりちょっと弱い程度。
だけど十二人もいる。
そして土に魔力のすべてを注ぎ込んで全力で突っ込んできてる。
だから土を破壊できれば、術者を『魔力欠乏症』で倒せる——
座り込んでいる三人が、正面衝突したトラとウマの能力者、そして破壊されまくったネズミの能力者だと仮定すれば、辻褄が合う。
あの三人は、全力の魔力を込めた攻撃を破壊されたから、魔力欠乏症に陥っている——
「見えてきたね……!」
あと九人、このまま冷静に勝ってみせる——
「うぐっ……!」
がくん、と霊獣が失速した。
背後からの悲鳴に振り返ると、
「エイリー⁉︎」
エイリーの首に、太いヘビが絡み付いている。
顔が見る間に赤くなっていく。
霊獣はどんどん失速して、エイリーはその場でバタりと地面に落ちた。
急いで飛び降りて、エイリーの元へ駆け出す。
「——離せっ!」
鉄のアームでヘビの体を掴んで握り潰す。
だけど土でできたヘビの体は、潰したそばから回復して——
続く




