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土の塊が滑るように地面を駆け抜けてくる。
その姿は、まるで大型のネズミのようだ。
戦闘——
今まで殴られてばかりで、人を殴ったことがない。
あの電気ビリビリ男が初めてだったけど、あの時は必至すぎて何も考えてなかった。
でも今は、悪い意味でも冷静になってしまっている。
人を殴っていいのか?
どれぐらい力を抜けばいい?
全力で殴ったら死ぬのでは?
でも死ななかったとしても、一生モノのケガを負わせてしまったとしたら?
いや、相手はこっちを殺しにきてるんだぞ?
正当防衛だよな?
エイリーだって『いざとなったら殺す覚悟を』って言ってたし、いいんだよな?
え?
この世界ってもしかして、人を殺して罪になるとか、殴って傷害罪とか、そういうのある?
そりゃあるか。
なかったら世界中大変なことになってるもんな。
じゃあ人って殴っちゃダメなのでは?
でもこの国の法はリベロ王なんだよな?
そのリベロ王がいいって言ってるんだから、いいんだよな?
でも十二人もいて、誰から殴りにいけばいいんだ?
一人を殴ってる間に、他の人達にリンチされるんじゃ——
——気が付くと、足元に土の塊があった。
ネズミの顔らしき部分が、ぐりん、とこちらを向く。
そして、本当に生きてるみたいに顔面目がけて飛んできた。
「うわっ!」
手を振り回して弾き飛ばす。
ネズミの形をした土の塊は、バラバラに砕け散った。
「……」
危なかったけど、なんてことはなかった。
感覚的には、土嚢を軽く投げ付けられたぐらいだろうか。
能力を使ってない素の状態でも、転ぶぐらいで済んだだろう。
とはいえ相手は十二人いるのだ。
次の攻撃が——
「——よし、一旦引け!」
リーダーが声をあげる。
その言葉通り、次の攻撃はこなかった。
「え? もう終わり?」
思わず拍子抜けする俺の横で、
「いえ、今のは偵察だと思われます」
エイリーが声をひそめて続ける。
「今の攻撃には、まったく魔力が乗っていませんでした。明らかに手を抜いた攻撃です。姫の実力を見定めるための工作でしょう」
そういうことか……。
いや、今のだって顔面とか後頭部に素直に食らってたら全然大ケガになるレベルだったけどね?
あれより強いのが来るってこと?
しかも十二人分?
それにしても、エイリーは冷静だった。
俺達を殺そうとしている人間が、今まさに、目の前にいるのに、だ。
しかも、その全員が霊獣級の能力者なのに——
そう考えると、妖精級のあの電気ビリビリ男にあそこまでボコボコにされたのは、エイリーとしても国王夫妻としても本当に想定外の出来事だったのだろう。
「よし、じゃあ作戦通りに行け」
さっきので『偵察』が終わったんだろうか。
今度こそくるのか?
リーダーが手を挙げると——
——ざわ、と。
空気が揺らめいたような感覚があった。
生ゴミが詰まって悪臭を垂れ流す、汚い排水溝のような——
嫌な空気が、今、確かに俺の鼻先をかすめた。
——くる!
嫌な気配が一番強い空を見上げる。
陽の光を遮るように、空を鳥が横切った。
その姿を捉えた瞬間——投げられたダーツのように、鳥が顔面目がけて急降下してくる。
またさっきみたいに弾いてやる!
顔の前で手をクロスさせて、受ける態勢を——
「——避けてください! 姫!」
頭が言葉の意味を理解する前に、その言葉の鬼気迫る感情が、俺の脚を動かした。
思いっきりジャンプして飛びのいた瞬間——目の前で爆発が起こる。
爆薬か?
いや、違う。
能力で加速した土の塊が、地面に激突しただけだ。
そんな単純な攻撃なのに、とんでもない威力だ。
あんなの、いくら能力で武装しているとはいえ、真っ向から食らってたら死んでたかもしれない。
「ありがとう! エイリー!」
「安心するのはまだ早いです!」
エイリーは爆発が起きた中心地を指さす。
土がもごもごと動いて、再び鳥の形になった。
そして、また一直線に向かってくる。
どうする? 無理矢理捕まえるか?
いや、そんなことしたら腕ごと持っていかれる。
じゃあ避けるか?
それしかないけど、それだけじゃ話が先に進まない。
ずっと逃げてるばかりじゃ——
「——!」
鳥がダーツのように真っすぐ飛んでくる。
そのくちばしが俺の眼球を捉える寸前、鳥は突然、大きく羽を広げた。
まるで、急ブレーキをかけるように——
「——おいおいおいおい、甘いぜ!」
男達の一人が叫ぶ。
鳥が、羽を広げた姿のままボロボロと崩れ落ちていく。
そしてその後ろから——ネズミの大群が押し寄せる。
「今度は魔力が乗っています! 気を付けて!」
「気を付けて、って言われても——」
足にかじりついてきた一匹を、かかと落としで破壊する。
顔面に飛びかかってくるやつを、地面に叩き付ける。
何とか一匹ずつ必死に処理していく。
土の塊とはいえ、動物の形をして、動物のように動いてるものを破壊するのは抵抗がある。
一方エイリーは、手に持った歯車で淡々と破壊していく。
サモンなのに、体術も相当得意らしい。
それにしても、能力ってすごいんだな……。
ただの美少女(※♂)の体が、こんな猛攻をさばき切れるようになるなんて。
筋力や防御力だけじゃなくて、動体視力も少し上がってる気がする。
だから、ネズミの処理も難しくはない。
前から一匹、後ろから一匹、それを、ゲームのように確実に叩き壊していく。
次は横から——
「——お?」
横に一歩動こうとしたら、動けなかった。
足を見る。
土でできた無数のヘビ——
それらが、俺の足を貪り食うようにうごめいている。
「——ッ……!」
そのおぞましすぎる光景に一瞬怯んだ瞬間、
「——姫!」
エイリーの悲鳴と共に、脳天が揺れた。
「ぐはっ……!」
衝撃が、内臓を直で揺らす。
体中の酸素が無理矢理搾り取られる。
横からきていたネズミの突進を、脇腹に食らった。
パワードスーツに身を包んでいるとは思えない、重たい衝撃だった。
もし生身でこれを食らっていたら、全身が電車に撥ねられたようにバラバラになっていただろう。
「このっ……!」
軸足を踏ん張って、ヘビが絡み付いている足を思いっきり振り上げた。
ずるるるる、と地面から引き抜かれる感触と共に、無数のヘビ達は空に撃ちあがっていく。
空中でそのままバラバラの土に——ならなかった。
もごもごと形を変え、それは——
「——サルか!?」
理解したと同時に、空から降ってきたサルに腕にしがみつかれた。
しかも長い脚を腰に絡めてきて、身動きが取れない。
どうする?
『絶望の終末【着】』に切り替えて、泥で無理矢理弾き飛ばすか?
いや、ダメだ。
そもそもポーチに手が届かない。
今のこの姿で対応するしかない。
「ぐあぁっ……!」
サルのしがみつく力が強くなる。
パワードスーツが、ぎしぎしと軋む。
腕が肩の辺りから変なねじれ方をしていく。
エイリーを見ると、手に歯車を持ったまま困惑していた。
本当はサルを処理したいんだろうけど、サルが俺に密着しすぎてるせいで迂闊なことができないのだろう。
くそっ、コイツどうしたら——ん?
激痛の中、イジめられっ子の俺は冷静さを取り戻した。
そして、あることに気が付いた。
今俺は、サルにしがみつかれていて身動き一つできない。
だから、俺を殺すなら今が最高のタイミングなはずなのだ。
なのに、何で他のヤツらは襲ってこない……?
続く




