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ドルヴィお姉様と熱い時間を過ごした。
過ごさせられたといってもいい。
あれから五年ぐらいの月日が経った。
……と思ったら、実際は三時間ぐらいしか経ってないらしい。
ヤツに見送られてあの家を出た後、一人で沼地をずぶずぶと歩いていた。
満身創痍の俺は、きっとこの世のすべてを恨むような目をしていると思う。
もう、この世の地獄をすべて見てきたかのような気分だった。
たぶん今なら、巨大な生首が五個ぐらい飛んできたとしてもノーリアクションでやり過ごせる。
そしてこの一件で、俺はあることを強く心に誓った。
それは『絶対に無理矢理キスしない』ということだ。
当然だけど、これは自分の心に深く刻み込まないといけない。
ヤツに刻まれたトラウマと共に、墓前に供える白い一輪の花のように、刻み込まないといけない。
俺の能力のことを思えば、強い能力を持っている人間とはどんどんキスをすべきだ。
だけど、相手が嫌がったらしない——この当然のルールだけは、絶対に曲げないようにしよう。
ここが曲がってしまったら、俺という人間は今度こそ終わってしまう。
とはいえ、こんな美少女(※♂)に言い寄られて断る人間がいるとも思えないけど……。
心に深く誓いを突き立てながら、ずぶずぶと沼地を歩いていく。
行きとは逆に、歩けば歩くほどぬかるみはなくなっていく。
ヤツから物理的に離れられている感じがして嬉しい。
何なら『また美少女とキスできちゃうな』とかウキウキしてた行きよりも足取りは軽い。
そして歩き続けること数時間、沼地が茜色に染まる中、さっきと同じ場所でエイリーを発見した。
腐って倒れた木に腰掛け、優雅に本を読んでいた。
この女……人が死にかけたというのに……しかもあんなおぞましい生き物と、俺は、俺を、俺の——
「う、うわぁあああああああああああ!」
「ど、どうしました!? 姫!」
あぁ、だめだ、思い出すと発狂しそうになる。
「ふええぇぇ……エイリー……」
エイリーにしがみつく。
あぁ、エイリーは柔らかいしいい匂いがするなぁ。
健康的な少女の匂いだ。
「可哀想に……何か恐ろしい目に遭ったのですね」
オメーのせいだよ!
何で自分の主人をアレとキスさせようとするかね⁉︎
説教。
さすがに説教だ。
ビリビリ男相手に何もできなかったとか、そんなものは比べ物にならないぐらいの狼藉だ。
国家反逆罪だ。
外患誘致だ。
新しく手に入れた泥の能力で、ちょっくら懲らしめてやろうか。
……と思ったけど、さすがに可哀想だしやめてあげることにした。
※
数分後。
エイリーの匂いを満喫して、だいぶメンタルが回復した。
少女の力は絶大だ。
「ドルヴィお姉様から能力をコピーさせていただいたけど、何かもう、よほどのことがない限り誰にも負けない気がする」
『絶望の終末』は、こんな能力者だらけの世界で強気になれるぐらい、恐ろしい能力だった。
もちろん神様みたいな相手には勝てないんだろうけど、同格の相手に遅れを取る気がしない。
地獄みたいな特訓の末に手に入れた能力なのだ。
何が何でも役立ってもらうからな。
※
城に戻ってすぐ、シャワーを浴びて着替えて、そのまま気絶するようにベッドで眠りについた。
現実逃避をしたかったのかもしれない。
すごくこってりとした悪夢を見たような気がするけど、思い出せないし、思い出したくもない。
※
次の日。
今日が七日目、エイリーが出ていくということになっている期限の日だ。
朝は、バッチリ目が覚めた。
これが若さなのか、それともパーチェちゃんのフィジカルの強さなのかは分からない。
だけど、泥沼の中を歩いた肉体的疲労は完全にないし、ドルヴィとの厳しい修行で受けた心の傷までもだいぶ軽くなっている気がする。
食堂でエイリーの作った料理を食べた後、国王夫妻に事の顛末を報告した。
「お前、ドルヴィの能力も使えるようになったのか!?」
リベロ王が目を見開いて驚いている。
これはドルヴィの能力が使えたようになったということに対する驚きなのか、ドルヴィとキスをしたということに対する驚きなのか、いったいどっちなんだろうか。
「えぇ、あくまでもパワータイプに変換して、ですが……とても厳しい修行でした」
思い出すだけでやや白目になる。
発狂しそうになるのを、歯が砕ける勢いで歯を食い縛って耐えた。
「それ、ちょっと見せてくれないか? あの沼地の能力をパワータイプに変換って、今一イメージが湧かないんだよな」
「いいですけど、この部屋、泥だらけになりますよ?」
「おぉ、そうなのか!」
いや、何で嬉しそうなんだよ……。
どうやら本当に、俺に能力が発現したのが嬉しいらしい。
そして、俺と能力の話ができるのが本当に嬉しいらしい。
そう考えると、俺が能力の話を拒み続けてたのって、相当辛かったんだろうな……。
その後、エイリーから俺の能力や身体能力の説明がされた。
これが、現時点での決定版だ。
俺の能力は『少女夢想』。
タイプはナイン。
この世界に1%もいないとされている『八つの属性“以外”』に属している。
クラスはパワー。
ランクは霊獣級。
下から二つ目のランクだけど、世界の上位5%には入っている。
『少女夢想』は、『キスをしたい』と思った相手とキスをすることで、能力をコピーする。
(……と、みんなは思っているけど、実際には『誰が相手でもキスをすれば能力をコピーできる』というのはドルヴィで証明済みである)
コピーされた能力は、キャンディーに変換される。
そのキャンディーを舐めている間だけ、コピーした能力を使うことができる。
コピーした能力は、相手がどんなクラスだったとしても一律でパワータイプに変換する。
コピーした能力には、オリジナルと区別するために名前の最後に【着】を付けることにした。
今コピーしている能力は、
霊獣級のエイリーからコピーした『操獣機巧【着】』、
妖精級のジーナからコピーした『ちょっとお昼寝【着】』、
妖精級だけど霊獣の力だけは霊獣級のカリーノからコピーした『困った探偵鳥【着】』、
霊獣級のドルヴィからコピーした『絶望の終末【着】』の四つ。
「以上です」
一通り説明を終えて、エイリーは頭を下げて出ていこうとする。
「なぁ、エイリー」
リベロ王がその背中に声をかけた。
「お前、本当に出ていくのか?」
「……」
エイリーは俯いて、それから頷く。
「姫をお守りできなかった自分を、どうしても許すわけにはいかないのです」
「だからお前、それは——」
と言いかけて、
「え……?」
——リベロ王が、手を振り上げた。
手に風が集まっていく。
え? 何? 暴力?
俺が身構えた瞬間、
「——うわっ⁉︎」
雷でも落ちたかのような轟音と共に、リベロ王の背後の壁が崩壊した。
瓦礫が落ちて、砂埃が立ち上がる。
周囲が煙っぽくなる。
でも、リベロ王が風を操っているおかげで、瓦礫どころか砂埃の一つも浴びることはなかった。
ぽっかり空いた穴から見える空が青い。
「姫、お下がりください」
エイリーが、俺の前に立ちはだかって、手に歯車を展開させる。
え? 何? ケンカ?
「おいおい、」
リベロ王が、ため息混じりに笑う。
だけどエイリーじゃなくて——壊れた壁の方を振り向いた。
「国民の税金で建ててもらった大事な城なのに、派手にやってくれたなぁ」
エイリーが、リベロ王の横に立つ。
どうしても気になって、恐る恐るその後ろから外を見てみた。
畑の上に、大人の男達がたくさん立っている。
みんながローブみたいなものを被っていて、顔までは見えない。
その中の、一番背格好の大きい男が一歩前に出た。
「せっかくの奇襲を、まさか無傷でやり過ごされるとは思ってなかったぜ!」
奇襲……?
「最初の一発で、楽に終わらせてやろうと思ってたんだがな!」
——もしかして、襲撃されてる?
ここで俺はようやく気付いた。
ケンカなんかじゃ全然なかった。
お城の壁に穴を開けたのは、あいつらだったのだ。
俺はてっきり、リベロ王がついにエイリーに怒ったのかと思っていた。
だけど実際は、いち早く気付いて俺達を守ってくれてたんだな……。
プリート王妃は表情一つ変えずに、椅子から立ちあがろうともしていない。
よっぽどリベロ王に信頼があるらしい。
この世界、やっぱり襲撃とかされるんだ……。
これ、大丈夫なのか?
でも、こっちには霊獣級の能力者が四人もいるんだぞ?
相手は……十二人か。
十二人いたとしても、全員妖精級なら余裕で勝てるのでは?
でも、もし全員が霊獣級だとしたら?
いや、世界に5%しかいない霊獣級があんなにたくさんいるとは思えない。
だけど、リベロ王とプリート王妃が霊獣級なのは、国民全員が知っているはずだ。
なのに襲撃してきたってことは、勝てるという確信があったからなのでは?
ということは、あの中には霊獣級の能力者がたくさんいるということで——
——ん?
ふと、視線を上げる。
リベロ王が、不思議な表情をしていた。
笑顔なんだけど、何というかイタズラっぽいというか、閃いたというか、獰猛というか——
「なぁエイリー、」
リベロ王が、横に控えるエイリーに声をかける。
「……考えてみればよ、メイドであるお前が、国王夫妻の子どもであるパーチェを危険に晒したのって、普通の国だったら処刑モノの失態だよな」
えっ⁉︎
今までと真逆のこと言ってない⁉︎
何で今更そんなことを——
「……はい、重々承知しております。ですから私は、責任を取ってこの城を出ていくと申し上げております」
「それって、逃げじゃねーか?」
「え?」
エイリーは意外そうな顔をしているけど、俺はずっとそう思ってる。
失敗しました、だから辞めます、なんて普通は許されないんじゃないか?
でも国王夫妻はそれを許してくれてたから、エイリーに甘いんだなぁと思ってたけどやっぱり——
「——え?」
今度は俺が声をあげた。
リベロ王に、首根っこを掴まれたからだ。
宙に浮いた足がプラプラしてる。
「普通の国であれば、エイリー、お前を処罰することになるだろうな。辞めて逃げるなんてことすら許されないだろう」
「こ、これは逃げでは——」
「逃げではないってか? じゃあ何なんだ?」
いや、あの、俺を空中にプラプラさせたまま会話しないで——
「別に、この城で働くのは義務じゃないからな。出ていくというのであれば、無理に拘束はしない。だが、犯した失態の尻拭いをせずに逃げるのが、お前のやり方か? お前は、俺達からそんなことを学んだのか?」
「それは……」
エイリーは言い淀んでいる。
きっと、自分でもおかしなことを言ってるというのが分かっているんだろう。
「普通の国なら処刑されることもあるだろうし、地下牢で一生を終えることもあるだろう。お前、それでいいか?」
「……当然、その覚悟はあります」
そう答えるエイリーの声は、震えていた。
そんなの怖いに決まってるだろ。
処刑だの地下牢だの、こんな小さい子に恐ろしいこと言うなよ……。
「そうか? とてもそうは見えないけどな。だからよ、こうしないか?」
リベロ王は、一歩前に出た。
首根っこを掴まれている俺の足元から、床がなくなった。
コルトゥーラの澄んだ空気と、青い空が清々しい。
遠くには青々とした大きな山が見える。
「おうパーチェ、受け身取れよ」
「へ?」
間の抜けた声を出した瞬間、
「あらあら、」
王妃の声が遥か頭上から聞こえた。
気付けば地面がすぐそばに——
「——あぶなっ!」
直前でキャンディーを舐めて、『操獣機巧【着】』の姿に変身する。
ほとんど転ぶように受け身を取って、二階の高さから無事着地した。
「おー、なかなかいい反射神経してんじゃねーか」
見上げると、破壊された壁からリベロ王が楽しそうに拍手している。
頭上にはリベロ王達、遠く離れた正面にはローブ姿の男達。
気まずいし怖すぎる。
そして男達も、いきなり実の娘(※♂)を放り出した国王に驚いているのか、見るからに戸惑っている。
「エイリー、今までお前には世話になったからな。三つ、選ばせてやる」
リベロ王は指を立てた。
「一つ、俺の手で処刑される。二つ、地下牢で死ぬまで暮らす」
そして、「三つ、」と言いながら、男達を指差す。
「パーチェを守りながら、あの十二人を倒す——どれがいい?」
「え、えっと……」
あのエイリーが、見るからに困惑している。
俺とリベロ王とプリート王妃と男達を忙しなく見ている。
「もしあの十二人を倒せたら、お前の罪を許そう。そして何より、お前もお前を許せるだろ? 要は、リベンジの機会をやるってことだ」
「それは、そうですが——」
そう言いながら、エイリーは男達をちらっと見た。
ランクが一つ下とはいえ、十二人もいるとやっぱり怖いんだろうか?
「もう、お前も“気付いてる”っぽいが、俺もプリートも助けないからな」
気付いてる?
何に?
「ここでお前が死ぬのも、パーチェが死ぬのも、俺は悲しい。だが、残念ながら俺に似て意地っ張りになってしまったお前は、そういうルールでもないと納得いかないだろ?」
エイリーは俯いたまま、何も言わない。
「さぁ、どうする? エイリー。腹はもう決まってるんだろ? それともお前も、パーチェみたいにここから突き落とされないと動けないか?」
「私は……」
何かを言いかけて、エイリーは立ち上がった。
そして、静かに呟く。
「そうしたら私はまた、私を許すことができるのでしょうか」
「それはお前次第だな」
今にも泣きだしそうなエイリーに対して、リベロ王はあっさりと答えた。
「だが、そもそも俺もプリートもパーチェも他のメイド達も、みんな最初からお前を拒んでないだろ。お前を拒んでるのは、最初からお前だけだ」
エイリーはしばらく黙り込んでいた。
だけど、
「……ですね」
そう言って頷く。
遠くからで表情までは見えなかったけど、微笑んだように見えた。
「……では、」
エイリーは、ためらいもなく二階から飛び降りて、俺の横に綺麗に着地する。
そして俺の一歩前に出て、手に歯車を展開させた。
この一週間で見たことがない、清々しい表情をしている。
「姫、今度こそ必ずお守りします」
男達から視線を逸らさずに、可愛らしい、だけど芯のある声で凛々しくそう言った。
「おー、そうだ」
頭上からリベロ王が言う。
「当然、パーチェも戦っていいぞ。お前の能力も見たいからな」
「わ、分かりました」
そう答えたものの、いざ戦っていいってなると、どのキャンディーから使えばいいか迷うな……。
とりあえず、このまま『操獣機巧【着】』で——
「——!」
強化された脚力で大地を蹴る。
その勢いで高く、そして少しでも遠くへ飛び退く。
一瞬前まで立っていた地面が砕ける。
中から——巨大な土の塊が飛び出した。
土と草の青々とした臭い。
立ち上る砂埃。
霞む視界。
砂や石がバラバラと落ちる音——
——顔のすぐ前を、土の塊が通り過ぎていく。
「……お話に夢中になったタイミングでの奇襲が、一番刺さるはずなんだがな」
着地と同時に、大柄な男が手を下げた。
すると、土の塊がぼとぼととその場に崩れ落ちる。
今の土の塊、何だ?
何か、シャチみたいに見えたような——
「……姫、戦う前に申し上げておかなければならないことがあります」
「な、何?」
間一髪でシャチを避けられて心臓バクバクの俺とは対照的に、エイリーは少しも乱された様子がない。
そして、そんな涼しい顔で、俺の心臓を余計にバクバクさせることを言った。
「あの十二人——全員が霊獣級です」
続く




