12
12
『少女夢想』──
昨日は思わず恥ずかしい名乗りを上げてしまった。
だけど『愛が弾けて止まらない、ちょっぴり危ないキャンディ』……これ以上ないほどしっくりくる。
「『少女夢想』か……なるほど、変な能力だなぁ……」
リベロ王が腕を組みながら首を傾げる。
「だいたいお前、襲われた時に初めて能力が発動したんだろ? 何でそんな危機的状況でキスしようと思って、さらにキャンディーを舐めようだなんて思ったんだよ?」
この男、楽観的な能天気男に見えて鋭いな……
まずい、何て答えようか──
「え、ええと……それは……」
考えてみれば考えてみるほど、確かに不自然だ。
中身が高校生の男だと分かっているのであればまだ『死ぬ直前にせめてキスぐらいしたい』と考えたのだろう、と納得できる。
だけど、百歩譲ってそれが理解できたとしても、死にそうな時にキャンディーを舐めた理由の説明が付かない。
あの瞬間、俺もエイリーも命が危なかったのだ。
俺はまさにその時、不思議な世界で不思議な子どもと出会っていた。
そしてその子に『すげぇきもい』とかいう容赦ない暴言を吐かれつつ『キャンディーを舐めろ』と言われ、藁にもすがる思いで舐めたのだった。
こういうことを説明すればいいんだけど、
「えっと、本能的に、舐めたら何か起こる気がして……」
あの不思議な世界のことは、エイリーだけじゃなく、国王夫妻にも話せていなかった。
あそこがどこだったのか、夢だったのか現実だったのかはいまだに分からない。
だけどどちらにしろ、あの世界はひどくふざけた世界観のくせに、どこかぴんと張り詰めた、お寺のような空気が漂っていたように思う。
あの空間のことは、あそこにいた謎の子どもと俺の、二人だけの秘密にしなくちゃいけない気がしている。
なぜかは分からないけど、これこそ本能的に、ってやつなのかもしれない。
「本能的にって……何だそりゃ」
リベロ王が拍子抜けしたような顔をする横で、
「でも、そんなものじゃないかしら」
と王妃が笑う。
「実際、能力の発動方法って口ではうまく言い表せないでしょう? それと同じで、パーチェも『何でキャンディーを舐めると能力が出せると分かったのか』だなんて答えられないのよ」
プリ―ト王妃のフォローを聞いて、リベロ王は『まぁそんなもんか……』と納得して頷いた。
「そして『少女夢想』は、ナインの霊獣級で、恐らくパワータイプの能力です」
エイリーが用意してきた紙を見ながら続ける。
「能力の内容は、『キスしたいと思った相手とキスをした際、その相手の能力をコピーし、パワータイプに変換する』というものです」
そう、エイリーは俺の能力をあれこれと見たり考えたりして、一つの結論を出したのだ。
俺の能力は、ただ単純に相手の能力をコピーするだけじゃなく『コピーした上でパワータイプに変換する』という能力なのだ。
だからエイリーやカリーノのサモンの能力をコピーしても、霊獣が出てくることはなく、服装が変わるという形になっているらしい。
「……以上が、今のところ分かっている姫の能力についてです」
そう言って、エイリーは席を立つ。
「一度使用したキャンディの再生成時間などは、引き続き調査を進めます。それでは失礼します」
そして頭を下げ、出ていってしまった。
がちゃん、と静かにドアが閉まる。
「あいつも意地っ張りなやつだよなぁ……」
リベロ王は、エイリーが出ていったドアを見ながら大げさにため息を吐いた。
そして、ずぺーっと机にうなだれる。
「リベロさんに似たんですね」
うなだれた国王の頭を優しく撫でる王妃に、
「ぇえー? 俺ぇー?」
と口を尖らせる国王。
子どもかお前は。
「だってさぁ、この国の国王である俺が許すって言ってんだぜ? それどころか、パーチェも許すって言ってんだぜ? どこにあいつが負い目を感じる部分があるんだよ」
いや、気持ちは分からないでもないけど……。
でも、何とかずっとこの城に居続けてほしい。
「まぁまぁ。エイリーちゃんは、このお城でずっと働いてくれたじゃないですか。だから、このお城を辞めて外の世界を知ることだって、悪いことじゃないはずですよ。寂しいですけどね」
ん? ずっと働いてた?
「エイリーは、ずっとこのお城で働いているのですか?」
あれ、そういえばエイリーにも両親とか家族とかがいるんだよな?
盆と正月ぐらいは実家に帰るんだよな?
……いや、そんなものはないにしても、たまには実家に帰省ぐらいするよな……?
「あぁ、まだお前には話してなかったな」
リベロ王は、ちらりとドアの方を見た。
「お前ももう大きいし、そろそろエイリーの過去について話してもいいだろう」
エイリーの、過去?
「いいよな? プリート」
「えぇ、構いません」
王妃はにこりと返事をする。
そして、リベロ王は話し始めた。
「あいつはな、川で拾ったんだよ」
※
今から数年前のことだ。
今と同じように農作業をしていたリベロ王が、川上から流れてくる当時三歳ほどのエイリーを見付けたらしい。
水死体かとぎょっとしたらしいけど、様々な能力を駆使した懸命な処置によって、エイリーは一命を取りとめた。
「その後、国中探し回ったんだけどな……」
国中をくまなく一年ほどかけて探したものの、親を見付けることができなかった。
よその国からさらわれて捨てられたのかもしれないけど、それさえも確証が持てなかった。
幼いエイリーに、そんなことが分かるはずもなかった。
「それでもう、私達がエイリーちゃんを育てちゃいましょう、ってことになって……」
でも、さすがに王族の娘として育てるわけにはいかず、メイドとして育てたわけだ。
エイリーが物心付いた時から、リベロ王はすべてを包み隠さず話した。
エイリーは川で拾った子で、俺達は王族だけど、お前を王族として育てることはできない、と。
このお城でメイドとして働くなら歓迎するし、コルトゥーラの孤児院に行きたいならそっちでもいいし、旅に出たいなら止めはしない──
幼い子ども相手に厳しすぎるんじゃないかと思ったけど、逆にリベロ王は、相手が小さな子どもでも平等に一人の人間として扱ってる感じがした。
すると、幼いエイリーは『メイドとしてこの城に仕える』というようなことを言ったらしい。
この頃からエイリーさんはブレていない。
「……まぁ、そういう過去があって、あいつの中で『俺達に命を救ってもらって、助けてもらった恩がある』とか考えるのも無理はないんだけどなぁ」
「でも、そうは言っても数年一緒に過ごしたら、もう家族みたいなものじゃない? エイリーちゃん、昔は夜が怖くてよく泣いて、今のパーチェぐらいの歳までは私と一緒に寝てたのに。立派になったわねぇ」
場違いなほど穏やかに、王妃がにこにこと笑う。
でも、やっぱり少し寂しそうだった。
エイリーは、本当にこの二人に愛されているんだなと感じる。
「エイリーが出ていくまで、あと二日か……俺達が言っても言うこと聞かないし、パーチェ、お前何とかしてくれ」
「無理言わないでくださいよ……」
さすがにそれは、約束できそうになかった。
※
部屋に帰って、エイリーとの訓練のために一人で着替える。
この軍服もだいぶ着慣れてきた。
昨日までは毎回エイリーや色んなメイドさんが入れ代わり立ち代わり、俺の髪型や服装を整えてくれていた。
だけど何か毎回申し訳ないし、女の子達の前で下着姿になるのも恥ずかしかったから、今日から断ることにした。
その結果、髪型は手の込んだものにできず、おさげの先っぽをゴムで縛るという飾りっ気のないものになっている。
とはいえこれでも邪魔にはならないし、動きやすいし問題ないだろう。
そして俺は、着替えながらリベロ王の話を思い出す。
あいつは、川で拾った──
よくある不謹慎な冗談みたいな話だけど、どうやら本当らしい。
リベロ王は冗談を言ったり騒いだりするタイプだけど、人を傷付けるような冗談を言うタイプじゃないと思う。
「だからエイリーは水が苦手なのか……」
世界の上位五パーセントに相当する霊獣級で、世界を一人で旅できると言われているほど強く、ましてやレア能力であるナインなのだ。
そんなエイリーが、能力を初めて使った俺に負けるようなザコ(電気ビリビリ男)に負けるわけがない。
となるとやっぱり、不意打ちで水を食らったのか……?
そういえば、あの男はいったいどこにいったんだろうか?
もしかして俺、あの時あのまま殺しちゃったのか?
それともリベロ王が処刑したのか?
もしくはどこかに投獄されているのか?
「まぁそれをエイリーに訊くのもアレだしな……」
今は、これからの訓練に集中しよう。
※
「お見事です、姫」
歯車の暴風雨が止む。
最後の一個を弾いたところで、エイリーが小さく拍手した。
その口元が少し緩んでいる。
相変わらず無表情だけど、だいぶ表情の変化が読み取れるようになってきた。
俺は今、エイリーじゃなくてカリーノの能力をコピーした姿になっている。
エイリーの能力がだいぶパワードスーツっぽい見た目なのに対して、こっちは民族衣装みたいな見た目だ。
ジーナのナース服っぽいのともまたちょっと違うし、統一感がまるでない。
頭にカラフルな羽を付けた帽子を被っていて、大きな布をマントのように羽織っている。
ところどころに原色の強いアクセサリーが付いていて、少し動くたびにジャラジャラと音を立てる。
そして一番特徴的なのが背中だった。
あのロリコンオウムのように緑色の羽が生えている。
さすがに鳥のようにすいすいは飛べないものの、多少の飛行能力はあるらしい。
「早くも能力が体に馴染み始めていますね」
「そう? エイリーの教え方が上手だからだよ」
とはいえ、昨日みたいに息も上がってないし、魔力の消費量も抑えられてる気がする。
効率的に魔力を温存する方法が分かってきた。
とはいえキャンディーは口にくわえているだけでどんどん消費されていくから、それだけは本当に気を付けなきゃいけない。
「いえ、これは姫ご自身の力です」
エイリーは首を振って、俺の誉め言葉を真っ向から打ち返した。
「さすが、リベロ様とプリート様のご子息です」
その言葉は、俺を褒めると同時に、それ以上にあの二人を褒めている感じがした。
エイリーはあの二人を相当尊敬しているらしい。
なら辞めずにあの二人のために戦えばいいのにな……。
この意地っ張りをここからどうやって『引き続き働きます』に持っていけばいいか分からない。
その後もエイリーと話し合ったり能力を使ってみたりして、ひたすらトライアンドエラーを繰り返した。
エイリーが辞める日まで、今日を入れて残り三日となった今日。
ついに結論が出た。
「姫のクラスはパワーです。これは間違いないでしょう」
おぉ、今朝も言ってたけどやっぱり肉体強化系か。
ちょっと嬉しいぞこれは。
能力バトルでは脳筋って噛ませだけど、実際バトルするんだったら一番強いと思うんだよね。
「えっと……クラスは、パワー、ウィザード、サモン、ソルジャーだっけ?」
その中で一番汎用性が高そうなパワーとウィザードのうち、パワー……嬉しいぞこれは。
「はい、そうです。私はナインのサモンです。姫のように歯車を打撃に使用することはありますが、基本的には霊獣を召喚をします。姫のように自身の姿が変身するようなことはありません」
「ふむふむ、」
「ですが姫は、キ……お戯れをした相手の能力を、パワーのクラスに変換して使用できる、と見て間違いないでしょう」
「えっと……」
それって要は……。
「結構強そうじゃない?」
「えぇ、能力自体は強力です。ですが、それを使う姫自体が強くならなくては意味がありません」
まぁそれはそうだよな。
どんな名刀だって戦車だって、持ってるのが赤ちゃんじゃ意味がない。
「でもさ、どうもピンときてないんだけど……」
「どうされました?」
「カリーノの鳥って、どういう能力なの?」
カリーノの霊獣の、いやらしい顔をした鳥。
緑を基調とした、オウムみたいな派手な色をしていた。
いったいあの鳥は、どういう能力なんだろうか?
あいつが聖なる生き物だとはとても思えないけど……。
「あの子は、ホーリーのサモンです。能力としては、鳥のような飛行能力があります。それと、姿を消すことができるので偵察に使います」
「あぁ、なるほど……」
それであの時は姿を消せたのか。
でも、姿を消すってどういう原理なんだろう。
まぁ、魔法がある世界だから何があってもおかしくないけど、物理法則的には、光の屈折で姿を見えなくするだけ、とかそんなんなのかな……。
それとも、体ごと透明になるのかな……。
あの時、何かに触れる前に透明化が解かれちゃったから、何も試せなかったんだよな……。
というか、ホーリーって回復魔法だけじゃないのか?
光属性全般を指すと思っておいた方がいいのか……。
いやはや、調べることがいっぱいだ。
※
その夜も、能力について判明したことを国王夫妻に説明した。
キスすると相手の能力をコピーしたキャンディーが出現すること。
舐めることで、舐めている間のみコピーすること。
ただし純粋なコピーではなく、パワークラスに変換された上でコピーすること。
霊獣級より上位のランクの能力を使うとどうなるかは、まだ分からないこと。
能力によってはアメが溶けるスピードがものすごく早いこと。
(例えばカリーノのキャンディーで透明になろうとすると、二秒ぐらいしか透明状態が維持できない)
エイリーは、『ランクの高い能力を使用するとアメがすぐ溶けるのではないか』と考えていること……。
考えれば考えるほど強い気がしてくるけど、問題は、果たして強力な能力を持った子達とキスができるかどうかというところだ。
キスができなければ、俺はただの無能力者なのだ。
よほどのこと(アメを全部なくすとか)がない限り、俺が完全に無能力者になるということはないだろう。
だけど、キャンディがなくなった状態で敵に襲われると想像しただけで、ぞっとする。
とにかく、武器はたくさんあるに越したことはない。
もっとキスしたいな……。
できれば可愛い子と……。
あくまでも能力のためなんですけどね……。
……そんなことを考えていた矢先、エイリーが衝撃的なことを言った。
「姫にはもうお一人、キスをしていただきたい方がいるのです」
続く




