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挿絵(By みてみん)


      11


「姫、彼女とキ……キスをしたいですか?」


 次の日、エイリーに真顔でそう訊かれた俺は絶句した。

 この世界にきてから今日で五日目。

 一番衝撃的だった。


 パーチェちゃんと同じぐらいの歳だろうか、小柄で幼いメイドさんが部屋に連れてこられた。

 大きな声でリベロ王を呼びにいったあの子だ。

 カリーノというらしい。


 え?

 この子とキスしていいの?


 めっちゃくちゃキスしたいっす!

 やっぱり幼女は最高です!

 ちょっと前まで熟女好きだったとか信じられません!


 ……とか言うわけにもいかず、


「え、何で?」


 と表情とか色々固くしながら真顔で訊き返す。


「もし姫が彼女にキスをしたくなるのであれば、彼女の能力もコピーでき可能性があります」


 どう考えてもバカみたいなことを、エイリーはどこまでも真面目な顔で言う。

 正しいことだとしても自分が何を言っているのか分かっているんだろうか。最高すぎる。


「な、なるほど……!」


 目を見開いて頷く。

 自分でもどういう感情なのかもはや分からないけど、すべてにおいて『本気』なことだけはよく分かる。


 でも、まだだ。

 まだ『キスしたい!』と即答するわけにはいかない。


「うーん、そうだなぁ。ちょっと彼女と二人きりにさせてくれないかな」


 俺がキリッとした真顔で言うと、エイリーは同じく真顔で頷いて出ていった。


「あ、あの、姫、その……」


 閉まったドアから視線を元に戻すと、取り残された小さいメイドさんは今にも泣きそうな顔をしていた。

 さすがに罪悪感が沸いてきた。

 好きでもない相手とのキスなんてそりゃ──


「そりゃあ……嫌だよね」

「いえ、違うんです!」

「え?」


 力強い否定に呆気に取られていると、カリーノはこう続けた。


「私、こんなことするの初めてで、姫のご希望に添えるかどうか分からなくて……」


 ぶるるん、と魂が駆動した。

 大きなクルマのエンジンが獰猛に起動するように、全身が震えて覚醒する感覚があった。


 え?

 俺、本当にキスしていいの?

 この子と?

 この可愛い子と?

 こんな可愛い女の子と?

 神様、マジで?


 ジーナの時も大興奮したけど、この子もかなり……!


 そう思った途端、女の子の頬の白さや肌のきめの細かさ、あどけない柔らかさ、髪のやわやわとした感じ、荒れることなど微塵も知らないぷりぷりとした唇、華奢な体付き……そういったものの一つ一つが、俺の脳みそに『今からお前はこの女の子とキスするんだぞ!』と叫んでくる。


 いいのか、いいのか!? 俺!


「姫、私なんかでいいんですか……?」


 そこからの記憶はない。

 ただただ猛烈な情動に駆り立てられて、本能が暴れ続けていた。

 キンモクセイの花が咲き乱れた。


      ※


 ──数分後。


「姫、よろしいですか?」


 控えめなノックに我に帰って、返事をするとエイリーが入ってきた。

 惚けた状態のカリーノをちらっと一瞥して、


「どうでしたか?」


 と、やはり真顔で訊いてくる。

 どう考えても馬鹿らしい状況なのに、エイリーはいたって大真面目にやっているところが素晴らしい。


 感想的にはそりゃもちろん最高だったけど……素直にそう答えるわけにもいかず、


「そうだなぁ……」


 何と答えたものかと視線を泳がせた先に、


「あっ、キャンディーだ……」


 いつの間にか、キャンディーがあった。

 今度は緑色の包装だ。

 豪華な机の上に、ずっと前からそこにあったかのように、さりげなく置かれている。


「これがやはり、能力の……」


 エイリーはそう呟きながら、人差し指でちょん、とキャンディーをつつく。

 それが安全だと分かると、そっと拾い上げて俺に手渡した。


「えっと……舐めてみればいい?」

「えぇ、お願いします」


 エイリー、ジーナに続きこれで三人目だ。

 味的にはどれも同じような感じで──


「──お、」


 どくん、と。


 心臓じゃなくて、腕や脚が大きく脈を打ったような感覚──それは一瞬のことで、それがスイッチになったかのように、体に力がみなぎり始める。


 絶対割れない水風船に大量の水をパンパンになるまで入れるような、ほどよい温度のお風呂に肩まで浸かったような、真夏の持久走のあとにスポーツドリンクをイッキ飲みしたような、満たされていく感覚だった。


 あ、これ何か出せそう。


 このキャンディーで何を出せるのかは分からない。

 どうやって出すのかもうまく説明できない。


 でも、それは言葉の出し方とか目の閉じ方とかを説明できないのと同じで、できないだけで、確実にやれる。


 意識しなくても──


「え……? う、嘘……」


 カリーノが、目を見開いて驚いている。


「ひ、姫!?」


 エイリーも驚いて立ち上がる。


「ひ、姫、姫! どこですか!」


 は?

 どこって、ずっとここにいるけど……。


 ……って、まさか。


 室内の鏡を見る。

 うわーお。

 案の定、姿が消えていた。


 確実に鏡に映る場所にいるのに、一切姿が映っていない。

 何だか変な感覚だ。


 どう見ても、いや、見えてないんだけど、透明人間になっている。


 透明人間?


 いやらしい漫画で出てくるアレじゃん!

 え? これはさすがに──


「エ、エイリーさん、姫はいったい……」


 カリーノが、怯えたように周囲を見渡している。


「もしかすると、また何者かによる攻撃かもしれません……最悪の場合、あなたはリベロ様の元に『困った探偵鳥(スピア・パッパガッロ)』を飛ばして逃げなさい」

「で、でもエイリーさんは……」

「大丈夫、ここでは水を浴びるようなことはありませんから」


 エイリーは珍しく冗談めかしてメイドさんに微笑みかけた。

 でも表情は緊張している。


「……」


 エイリーには申し訳ないけど、さすがに透明人間状態は満喫したい……!


 とりあえずエイリーのメイドスカートから伸びる、白くて健康的な肉付きをしている脚を至近距離で眺め──


「あ、姫!」


 ──と顔を近付けた瞬間、


「ど、どこにいらしたんですか、姫!」


 透明化が終わってしまった。

 気が付いたら、さっきまで大きかったキャンディが一瞬にして口からなくなっていた。


「えっと……」


 何と言っていいものか迷っていると、エイリーは俺の体のいたるところをぺたぺたと、心配そうに触る。

 真っ青だった。


「どこかお怪我は? 今のは外部からの攻撃ですか?」


 ぺたぺたと泣きそうな顔で触っているエイリーに、


「えっと……たぶん私の能力」


 と声をかける。

 一瞬止まってから、


「……え?」


 エイリーが顔を上げた。


「たぶん今のが、カリーノの能力をパワークラスに変換した結果だと思う」


 カリーノの能力が何の能力かは分からない(というかこれ、通常のフレアとかアクアとかの八属性なのか?)けど、どうやらそういうことらしい。

 俺の言葉を聞いて、エイリーは何だかどっと疲れたような、泣きそうな、怒っているようなほっとしているような、よく分からない顔で俺を見つめて、


「そうですか……」


 と、深くため息を吐いた。

 よっぽど今のが怖かったのか、しばらく無言で座り込んでいたものの、


「……すみません。続きをいたしましょう」


 と、首を振って立ち上がる。


「まずは成功といってもよさそうですね。あの子の能力を見事にコピーできたようです」


 あの子?

 エイリーの視線の先を見ると、


「……おおう!? び、びっくりしたぁ……!」


 驚くほどいやらしい顔をしたオウムがいた。


 微動だにしないし、ほこりを被った置物の中に紛れてるから本当に置物だと思ってた……。

 そのオウムは、何だかいやらしい人間のような顔をしている。


「何かずっとニヤニヤしてるけど……あれも霊獣なの?」


 俺の質問に、カリーノは頷く。


「ごめんなさい……あたし妖精級で、まだ自分であの子を上手に制御できないんです」

「制御?」


 えぇ、とエイリーが答える。


「彼女は妖精級の能力者なのですが、扱っている召喚獣は霊獣級なんです」


 あいつ、あんなツラして霊獣なんてカッコいいものなのか……。

 という感想を飲み込んで、


「ランクの低い能力者が、ランクの高い霊獣を扱うってこと? そんなことがあり得るの?」


 今訊かなきゃいけないこと訊く。


「えぇ、ごく稀にあるそうです。召喚獣は神の国から呼び出すのですが、向こう側からこちら側を覗いた時、偶然この子が気に入られたのでしょう」


 まぁ、確かにこのメイドさん、可愛いしな……。

 とはいえ霊獣ってそんな自由なのかよ……めちゃくちゃ俗物じゃん。


「術者の方がランクが低い場合、格上の霊獣を使役できるというのは、たいていの場合において有利です。ですがたまに霊獣が言うことを聞かないことがあります」


 なるほど。

 あいつはきっと誇り高きロリコン紳士なんだな。


 それだけで、すべて説明できる気がした。


      ※


 カリーノが帰ってから、エイリーはペンを片手に難しい顔をして考え込んでいた。

 この数日間でメモしたありとあらゆる情報を見返しては何かを書き込んで、見返しては難しい顔をして……を繰り返している。


「私、ジーナ、カリーノ……やはり、キ……スがトリガーになっているとみて間違いないでしょう」


 キスと言えない微妙なお年頃が可愛い。


「では、この三人の共通点はいったい何なのでしょうか……? なぜキ……スをしたくなったのでしょうか……?」


 そんなもん、『可愛い』以外に何もないだろ……。

 頭はいいのにそれが分からない当たり、本当にまだ子どもなんだなという感じがする。


 とはいえ『可愛いからキスしたくなったんだよグヘヘ』とか馬鹿正直に言ったら牢屋にブチこまれそうなので何とか飲み込んだ。

 そして代わりに、


「うん、確かにエイリーの言う通りだ。おかしいね」


 と、エイリーと一緒に真面目な顔をして首を傾げる。


「え、えぇ、そうですよ。私に対してキ、キ……えっと……そ、そんなことを、したく、なるなんて」

「うん。じゃあ何で私はエイリーやジーナやカリーノに、キスがしたくなったんだろう」

「な、なぜでしょう……」


 さっきから落ち着きなく唇辺りに指を当てている仕草が可愛くてしょうがないけど、これ絶対頭回ってないな……。


 というか、自分の体のことだからもう何となく分かるけど、俺の能力は、『キスした相手の能力をコピーする能力』で間違いないだろう。

 別に相手が美少女だろうがオッサンだろうが、等しくコピーできるはずだ。

 だから、ぶっちゃけ電気ビリビリ男だろうが国王夫妻だろうが、そこら辺の農夫だろうが、誰でもいいはずだ。


 とはいえ美少女以外とキスするなんて死んでもごめんだし、何もかも馬鹿正直に言うわけにはいかない。

 いったい何て誤魔化せばいいのか──


 ──その時、俺の頭の中に強烈な"正解"が浮かび上がった。


 人としては間違ってるかもしれない。

 だけど今まで俺は見た目のせいで抑圧された人生を送ってきたのだ。

 気持ち悪いおじさんが子どもに無理矢理手を出すわけでもないし許せ。


 本当は、エイリーの口からその"正解"を言ってほしかったけど、見ている限り、自力でたどり着くことはなさそうだ。

 ならば仕方がない。


「うーん、何だろうなぁ……あ、分かったぁ!」


 我ながら演技臭くなってしまったことを反省しつつ続ける。


「私の能力は『キスをしたくなった相手の能力を、キスすることでコピーする能力』なんじゃないかなー?」


 そう、これこそが"正解"——

『キスした相手の能力をコピー』だと、手当たり次第に色んな人とキスさせられる危険性がある。

 だけど、『キスをしたくなった相手の能力をコピー』なら、ある程度は俺がキスの相手を吟味できる。

 完璧な"正解"だ。


「えぇ……?」


 エイリーが情けない声をあげる。

 少し顔が赤い。


「だから、私がエイリーやジーナやカリーノとキスしたくなったのは、この能力のせいなんだよ! きっとそうだ!」


 そう、そう、それでいい。

 頭にぴこん、と浮かんだ電球が白熱していく。


「つまりこの先、私は誰かとキスをしたくなったら、相手の同意を得てキスするようにするよ! そしたら能力がコピーできるからね!」

「あ、あぁ、あぁなるほど。えぇ、えぇ、そうですね」


 エイリーは顔をぱたぱたと仰ぎ、


「暑いですね。お茶でも淹れてきます」


 と残すと足早に立ち去っていってしまった。


「これは……きてるぞ、おい……!」


 一人、呟く。


 俺の能力は、恐らく『キスをした相手の能力をコピーし、キャンディに変換し、舐めている間だけ使用できる』というものだ。

 でもエイリーは今、『キスしたくなった相手にキスをすると能力をコピーできる』と考えている。


 この差は大きい。


 つまり俺は、自分の好みの子“のみ”に、積極的にキスをしまくれるわけだ。


 しかも、この世界で強いのは誰だ?

 魔力が強いのは——子どもで、女の子だ。


 幼い女の子に、キスをしまくれるわけだ。

 だって俺、どう見ても美少女だもの。

 簡単に無防備な女の子達の懐に潜り込める。


 きっと嫌がられることなんてない。

 お互いの同意のもとで、幸せに楽しくキスができる。


「お茶が入りました、姫」

 冷静になったエイリーが戻ってきた。


 そう、こういう可愛い女の子の懐にするすると潜り込めるのだ。

 こんな可愛い子と正当な理由でキスができる、だと?


 はは、ははは。

 すごいじゃないか。


 あぁ、くらくらする。

 甘い夢の結晶が弾けて飛び回っている。

 その眩しさに目が眩む。


 年相応にロリコンになってよかった。

 ロリを好きになれてよかった!


「『ハッピーポッピンロリポップ』……」


「どうされました? 姫」

 輝きに満ちた視界に目眩を覚えながら、俺は答える。

 この瞬間、俺の能力の名前が決まった。


「『少女夢想ハッピーポッピンロリポップ』……愛が弾けて止まらない、ちょっぴり危ないキャンディってわけ」


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