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今日も今日とて、エイリーと二人でお城の外にいる。
だけど今日は、リベロ王とプリート王妃が遠くで農作業を始めた。
リベロ王が腕を振るうと、大量の麦が規則正しく宙を舞う。
あれも、細かいコントロールが為せる技なんだろうか。
「おぉー、すごい……」
「でしょう?」
惚けた顔をしている俺を見て、エイリーは自慢げに続ける。
「リベロ様はウィンドのソルジャーで、霊獣級の能力者です。霊獣級ともなると、世界中のたいていの場所へ、一人で冒険にいけると言われています」
妖精、霊獣、精霊、精霊王、属性神……こう見ると霊獣級は下から二番目だけど、霊獣級の時点で上位五%って言ってたな。
「なので、一応私もそうですね」
無表情なままだけど、明らかにドヤ顔だと分かるのが可愛い。
エイリーにとって、自身の能力というのは本当に大切なものなのだと思う。
そんな能力の話をずっとパーチェちゃんとできなかったというのは、さぞ苦しかっただろう。
ようやくパーチェちゃんにドヤ顔で話ができるようになったんだから、辞めなきゃいいのにな……。
俺とエイリーは、あぜ道に敷いたシートの上に二人して女の子らしく座りながら、国王夫妻の荒々しい農作業を見ていた(まぁ、荒々しいのは夫の方だけなんだけど)。
遠くから国王の楽しそうな声が聞こえてくる。
「ははは、プリート! 今年は豊作だなぁ! よし、そっち一気にいくぞ!」
ずばばばば、と、大量の麦が宙を舞う。
あれがきっと、風の刃なのだろう。
風のヤイバだって。
風のヤイバだぜ?
反則だろ。カッコよすぎんだろ。
「この世界では、一般的に子ども、とりわけ女の子の方が魔力が強いと言われています」
いきなり、エイリーがそんなことを言った。
じゃあ、あそこのばりばり強そうなオッサンは特例なんだろうか。
それともあれが大人の平均で、エイリーみたいな子どもはもっと強いんだろうか。
「それは、戦ったら子どもの方が強いってこと?」
「一概にはそうは言えません」
と、エイリーはさらりと髪をかき上げる。
あぁ、俺はこんな可愛い子にキスをしたのか。
申し訳ないけどドキドキしてしまう。
「そうなの?」
と、自分の邪念を振り払うように無難な受け答え。
「えぇ。では姫、お伺いしますが、たいていの家庭にある、小さいバターナイフを持った大人と、優秀な鍛冶職人が作ったダガーナイフを持った赤ん坊と、どちらが強いと思いますか?」
何だそりゃ?
「そんなの、赤ん坊が武器を使えるわけないよ」
「その通りです。いかに優秀な能力を持っていようとも、それを使いこなせなければ意味がないわけです」
なるほど……だから、能力が下の階級の人間が、上の階級の人間に勝つことも、やり方によっては充分あり得るわけだ。
「でも何で、子どもでしかも女の子の方が強いんだろう」
「それは不明です」
エイリーにも分からないみたいだった。
悪びれた様子もない。
「ただ、同じランクでも子どもの方が持っている魔力が圧倒的に多いですし、戦いの発想も自由ですし、大人に対して容赦がなかったりするので、それも相まって強いようですね」
なるほどな……子どもって大人のこと全力で殴るもんな……。
「また、女性は妊娠しますよね? 能力を使うというのは、体の中に神を取り込むということです。『体内に二つの魂がある状態』に、女性は適正があるから強いとされています」
確かに男じゃそれは無理だもんな。
じゃあ『八皇一鬼』はみんな子どもで女なんだろうか。
「ちなみに、その国でもっとも魔力が強い人間……もしくは『能力をもっともうまく扱うことのできる人間』がその国の王になることが多いのです」
分かりやすいルールだな……。
そう考えるとこの世界の治安、ちょっと不安になってくる。
「ということは、この国ではお父様が最も強いということ?」
「その通りです。リベロ様がこの国の最強ということになります」
と、エイリーはやっぱり誇らしげに言った。
この子のこういうところ超可愛い。
自慢の誰かを自慢したくなるところとか、日頃は背伸びしてても、やっぱり子どもなんだなぁ。
たまらんなぁ。
それにしても、最強が、国王か。
治安は不安だけど分かりやすくていいな。
「ということは、もしエイリーが精霊級とかだったらエイリーが国王になってた可能性もあるってこと?」
「はい。充分有り得ますし、世界的に見てもそのような国は多いですね」
ふうん……。
ということは、霊獣級の王様しかいない国が、精霊級の能力射に乗っ取られたりすることもあるのかな。
なおのこと治安が不安すぎる。
あ、そういえば。
「ところでエイリーの能力って何なの? ナインのサモンで霊獣級ってことは聞いたけど……」
エイリーの能力をコピーしたキャンディーで変身すると、銀色のパワードスーツ姿になる。
でも、それがサモンってことは、召喚獣を出すってことなんだろうから……銀色の、歯車の召喚獣?
どんなのかまったく想像ができない。
「私の能力は、『操獣機巧』といいます」
「どういう能力なの? 見てみたいなぁ」
ウキウキで見せてくれるかと思いきや、
「申し訳ありません、今は難しいです」
と、きっぱりと断った。
「私はサモンなので召喚獣を出しますが、必要のない時に出すと疲れてしまって、いざという時に出せないことがあります。それでは姫を守ることができません」
「あ、う、うん……」
かっこいいなぁこの子は、と感心する。
「また、私は霊獣級なので、神の世界の霊獣の力を借りて能力を発動させるわけで……しかも召喚術師の場合、力を借りるどころか人間界まで降りてきてもらうわけですから、そう簡単にぽんぽんと能力を出すわけにはいかないのです」
そういうものなのか……。
ですが、とエイリーが手を打つ。
「私はサモンですが、簡単な歯車なら基礎魔法で出せるんです。これぐらいでしたら今お見せできます」
ほら、と、エイリーが手をかざす。
すると、金と白を基調にした綺麗な歯車が表れた。
相変わらずドヤ顔で可愛いけど——
「……えっと、エイリーが歯車の能力者だし、当然じゃない?」
歯車の能力者が歯車を出せるのってわりと普通なのでは……?
「あぁ、えぇっとですね……」
歯車を手でくるくると弄びながら、難しい顔をしている。
「例えばリベロ様はウィンドのソルジャーです。基本的には風を剣にして戦うのですが、ただ単純に風を操って戦うこともできるんです。その、単純に風を操る、というのを基礎魔法と呼ぶわけです」
「あー……何となく分かった」
つまりはあれだ。
風のソルジャーと風のウィザードがいたとして、どちらも風を操る魔法は使えるけど、それはウィザードが得意な領域で、ソルジャーは使えるには使えるけど、あくまでもメインじゃなくてサブで使う程度ってことか。
基礎魔法をメインクラスまで強めて戦うのがウィザードということか。
今度は俺がドヤって言うと、
「素晴らしい……その通りです」
と、エイリーはやや驚いて俺を見た。
「例えば今、リベロ様は風の剣ではなく、風の基礎魔法を使用しています。あれは力ずくの能力に見えて、すごく繊細な力の加減がいる技術なんです。本気を出したら農作物に傷が付きますし、そもそも畑ごとめちゃくちゃです」
と、エイリーはやや早口に言う。
本当にこの子は国王夫妻が好きでたまらないんだろうなぁ。
だからこそ、俺を守れなかった自分が許せなくて出ていく、という結論になってるんだろうな……。
「それに、基礎魔法をあそこまでの精度で、そして威力で使用できる能力者というのは、霊獣級能力者ではなかなかいないんですよ」
なるほど。
やっぱあのオッサンすごいんだな。
いるんだよなぁああいうタイプ。
考えなしで突っ込んで、感覚で全部を掴んで、それが全部正解になっちゃう……いや、正解にしちゃう、人生の勝者。
羨ましい。
それからエイリーはこの国で採れる農作物の特徴などを教えてくれた。
さっきから国王がすぱすぱ切りまくっているあの植物は、麦で正解だった。
この国は湿度が低いため、麦がよく育つらしい。
というか麦って、剣と魔法の世界にもあるんだな……もっと毒々しい紫色をした魔法植物みたいなやつらが咲き乱れてると思ったよ。
「そういえばさ、エイリー」
「はい」
「農業国家って、食料を大量に持ってるわけじゃん。侵略とかされないの?」
ましてやこの国のトップは霊獣級なわけだし、上のランクの能力者に襲われたら危ない気がするけど……。
ほぉー……とエイリーが薄くため息を吐いた。
どうやら呆れじゃなくて感嘆のようだ。
「姫、いったいどこでそういう知識を?」
「え、えぇっと……勘?」
しまった。
パーチェちゃんはまだ小さい女の子(※♂)だぞ。
高校生の思考をしたらおかしいぞ。
「さすが、聡明ですね。リベロ様もプリート様もさぞ鼻が高いでしょう」
エイリーがふんわりと笑いかけてくれる。
あ、これすごい気持ちがいい。
こういうのって、俺、生きてて初めてじゃないか?
「ですが姫、この国が襲われる心配はありません」
あら、でも結局ハズレのようだ。
じゃあいったい何でなんだろう?
正直、この国の最強の能力者である国王夫妻が下から二番目のランクっていうのが、どうにも心もとない気がする。
世の中には、たった一人で世界を破滅させる人間兵器、『八皇一鬼』が九人もいるというのに。
エイリーが、手で歯車をもてあそびながら話を続ける。
よく見ると歯車は、もてあそばれながらぐるぐると生き物みたいに回っていた。
「この国は全世界の農作物の約四割を輸出している国です。いわば世界の食物庫のようなものです。そんなところを考えもなしに攻め入ると世界的な食料不足になるので、どの国も侵略していません。侵略しようものなら、ウルーのような大国が守ってくれるほどです」
食べ物のためにですが、とエイリーは無表情で付け足す。
なるほど……コルトゥーラには食べ物っていう強力な盾があるんだな。
何だか単純ですごく分かりやすい理由だった。
「まぁ、侵略していないだけで、したいと考えている国は多いでしょうね」
「へ、へぇ……」
エイリーは軽い冗談のつもりで言ったのかもしれないけど、正直かなり笑えない。
※
「さて、今日は軽く実践してみましょう」
一通りの座学を終えて、エイリーは立ち上がる。
気付けば、国王夫妻は引き上げていた。
「今から姫に向かって歯車を投げますので、弾き落とすなどして対処してください」
まぁ軽いトレーニングみたいなものか。
成人男性を掴んで投げるなんてことができたぐらいなのだ。
歯車を避けるなんて造作もないだろう。
「ちなみに、」
エイリーは、歯車を持った手を振りかざす。
「リベロ様からは、訓練のためなら多少のケガは構わないとお言葉をいただいております」
振りかざした手を、岩に向けて振り下ろす。
歯車が回転しながら滑るように宙を突き進む。
ガチッ、という身もすくむような音と共に岩が削れ、火花が散った。
「なので、心して避けてください」
「は、はい……」
それからは、エイリーの能力をコピーしたキャンディーを使って、ひたすら弾き続けた。
途中から避けた方がいいことに気が付いて避け続けて、さらに途中から、拾った歯車を投げ返して歯車を打ち返した方がいいということに気が付いた。
酸素がなくなって、視界が白くなる。
パワードスーツ姿とはいえ、お腹に当たると臓器が揺れる感覚がある。
手も足もヘロヘロになるまでひたすらひたすら続けて——
「——一旦、終わりましょう」
エイリーの手から歯車が消えた。
「ちょっと……いきなりハードすぎるでしょ……!」
仰向けに寝転ぶ……というよりほとんどそのまま倒れた。
口からキャンディーを取り出して手に取ると、変身が解除された。
だいぶ小さくなっている。
「ふむ……」
そのキャンディーを見つめて、エイリーは難しい顔をしている。
「どうしたの?」
肩で息をしながら訊ねる。
「まだ仮定なのですが、このキャンディーは、放っておくと元のサイズに復活すると思われます」
確かに。
電気ビリビリ男を倒した時はだいぶ小さくなってたけど、この特訓を始める時は元通りのサイズになっていた。
「ですが、キャンディーを舐め切ったり、紛失したり奪われたりした場合、どうなるかは分かりません」
キャンディーをなくす——
考えたこともなかったけど、そりゃあり得るか。
普通の人達は道具がなくても能力を使えるのに対して、俺は『キャンディー』という道具がないと丸腰の美少女(※♂)なのだ。
「ですので、キャンディーの管理には特に気を付けてください」
「き、気を付けます」
地面から起き上がる。
呼吸もだいぶ整ってきた。
シャトルランや持久走をやらされた時なんてしばらく動けなかったのに、今はあんな鬼しごきを受けてもすぐに回復してしまう。
これが若さなのか、それともあの両親の遺伝子の賜物なのか——
「それに、姫には——もちろん私や他のすべての能力者もそうなのですが——もう一つ、気を付けなければならないことがあります」
「キャンディーのこと以外に?」
えぇ、とエイリーは頷く。
「姫が私を助けてくださったあの日、最後にお城の横で倒れたことを覚えてますか?」
「うん、覚えてる」
あの時は確か『日本にこんな城あるのか?』と思いつつ、中の人達に助けを求めるために、とりあえず正面に回ろうと思っていた。
そしたら急に力が抜けて、その場に倒れたのだ。
そして気が付いたらパーチェちゃんの豪華な部屋にいたという……。
「あの時、姫はなぜ倒れたと思いますか?」
「そんなんケガしてたからじゃ……あれ?」
いや、違う。
俺はあの時、ほとんどケガをしていない。
なぜならあの時俺は、謎の子どもにケガを治してもらったからだ。
だからほとんどケガをしてなかったはずだ。
じゃあ何でだ?
城を見付けて緊張の糸が切れたからか倒れたのか?
いや、切れるなら使用人達を見付けてから切れるはずじゃないか?
そうなると、何でだ?
「答えを申し上げますと、姫が倒れられたのは『魔力欠乏症』によるものです」
「……何それ?」
急に難しい単語が出てきてまったく理解できなかったけど、丁寧に解説してくれた。
この世界のだいたいの人間の体には、血液と同じように魔力が巡っているらしい。
その魔力の量が多いと、ランクも上がる傾向にある。
「そして血液と同じように、魔力が切れた状態が続くと、死に至ることがあるわけです」
なるほど……。
じゃあ俺はあの時、緊張の糸が切れて倒れたんじゃなくて、魔力が切れて倒れたのか。
確かに加減も分からず全力で動いてたもんな……。
「ですので、魔力切れには充分注意してください。時間が経てば回復しますし、最悪の場合は輸血のように魔力を補充することも可能ですが、そうならないようにするのが鉄則です」
まぁそりゃそうだろう。
誰も好き好んで瀕死になったりはしないわけで……。
「ちなみに魔力ってトレーニングで増やすことはできるの?」
努力すれば霊獣級から精霊級になったり、そういうことはあり得るんだろうか。
「それはないとされています。あくまでもイメージの話なのですが、体内にある魔力の貯蔵庫のサイズは、生まれ持って決まっています。なのでそれをトレーニングなどの後天的要素で大きくしたりすることはできないのです」
「そうなんだ。じゃあこんなにハードな特訓をする必要もなかったのでは?」
泥だらけになった服をふざけて見せると、
「このトレーニングの主題は別にあります」
エイリーは真面目な顔して撃ち返してくる。
「先程も申し上げた通り、魔力がどの程度の使用で切れそうになるのか、限界を把握するのは重要なことです。それに加えて姫はキャンディーの残量の管理もしなくてはなりません。それを理解する上でも訓練が必要です」
なので、と、エイリーが手を挙げる。
再び歯車が現れた。
「なので、訓練を続けましょう」
「もうちょっと休んでからでいいんじゃないかな?」
「いえ、限界を知ることが目的ですので、休んでは意味がありません」
それからも、鬼のような特訓は続いた。
歯車を投げているエイリーは、心なしか楽しそうだった。
今までパーチェちゃんから受けてきた仕打ちを思って楽しそうなのか、俺と能力を交えるのが嬉しいから楽しそうなのかは分からない。
でも、エイリーが楽しそうでよかった。
……とは今回ばかりは言えないかもしれない。
「エイリー! 一回休憩しよう!」
「まだちゃんと声が出ていらっしゃるので、大丈夫ですね」
鬼しごきは日が沈むまで続いた。
続く




