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「それでは、本日もよろしくお願いいたします」
エイリーは、昨日よりも朗らかな顔をしていた。
俺に料理を褒められたからなのか、俺がノリノリで能力の説明を聞くから楽しいのか、もう辞める日が近いからなのか分からない。
だけど、勝手に、少しだけ距離が縮まったような気がしている。
昨日と同じように、俺とエイリーはお城の外にいた。
昨日はタイプとクラスについて教えてもらったんだよな。
そして今日は、ランクについて話すと言っていた。
妖精だか精霊だか言っていたけど、いったい何のことなんだろうか。
「本日はこちらです」
エイリーは俺に紙を手渡す。
異世界の言語なはずなのに、相変わらず読める。
昨日に比べて漢字が多い気がする。
「本日は、ランクの話をいたします。昨日お話しした妖精級、精霊王級というのは、能力者のランクのことです。この世界において能力者は、神の世界に住んでいる神々から力を借りて能力を使っています」
あ、やっぱりいるんだ、神。
しれっと出てきた単語だけど、この場面で聞くと凄みがあるな。
「ランクは下から順に、妖精級、霊獣級、聖霊級、聖霊王級、属性神王級となります」
さすがにパッと覚えられる気がしない。
とりあえず、今は五階級に分かれていると覚えておこう。
「例えば妖精級なら、神の世界に住んでいる妖精の力を借りて能力を使う人間ということになります。階級が上の神々から力を借りるほど、能力者自身の力も強くなります」
こりゃますますゲームみたいだな。
「なお、リベロ様、プリート様は霊獣級で、私も霊獣級です。そして恐らく姫も霊獣級だと思われます」
霊獣級……下から二つ目のランクか……。
タイプがナインということでレアだからときめいていたけど、さすがにランクは低いか……。
というか国王夫妻も同じなの?
そして、今朝のリベロ王の話ぶりからして、他の国民達はみんな妖精級なの?
思い浮かんだ疑問をエイリーにぶつけると、
「一つずつご説明しますね」
と、やっぱり嬉しそうに微笑んだ。
「霊獣級というのは、ランクとしては下の方に見えるかもしれません。ですが、この世界は大半が妖精級の人達です。なので、霊獣級な時点で全世界の上位五パーセント入っていると言われています」
上位五パーセント……。
今まで生きてて、勉強でも運動でもそんな上位に入ったことがない。
そう考えると、ちょっと嬉しいかもしれない。
「そしてこの国、コルトゥーラの国民は、国王ご夫妻と私達、そしてあとお一人を除いて全員が妖精級です。一般的な割合だと思われます」
あとお一人……?
あと一人、上位五パーセントレベルで強い人がいるのか……。
この国、ただの農業国家だと思ってたけど、意外と安泰しているのか……?
「なるほどね。そして、一番強いのが属性神王級だっけ?」
「はい。グラスの樹神王、フレアの炎神王、アクアの水神王、シャドーの闇神王、ホーリーの光神王、ウィンドの風神王、サンダーの雷神王、グランドの土神王。そしてナインの異神王……これらの神々から能力を借りることのできる人間は、いつの時代も九人しかいません」
神のごとき力を持った九人……。
下から二番目のランクの俺ですら、人を鷲掴みしてぶん投げたりできたのだ。
最上位のランクなんて、いったい何ができるのか予想もつかない。
「この世界に? 九人しかいないの?」
「はい。各神々の子として、この世界で神のごとき力を奮うことのできる九人が、属性神王級能力者と呼ばれます。彼らは『八皇一鬼』と呼ばれ、それぞれの国や組織を統括しています」
ん?
「一鬼っていうのは?」
「『八皇』はグラス、フレア、アクア、シャドー、ホーリー、ウィンド、サンダー、グランドのそれぞれの属性神王級能力者を指し、『一鬼』はナインの属性神王級能力者を指します」
何でそのナインの属性神王級能力者だけは、鬼呼ばわりされているんだろうか。
「その人達はやっぱり強いの?」
「はい、」
エイリーは頷く。
「参考になるか分かりませんが、例を一つ。『魚の雨』というお話があります」
何だろう、名前からあまり内容が想像できないけど……昔話とか童話みたいなものかな。
「今から二百年ほど前に大きな戦争が起こったのですが、水神王級能力者が、海を操作しました」
水神王級って、アクアで一番強いってことだよな。
やっぱりそのクラスになると海とかを操作できるのかな。
「へぇ。波を起こして町ごとざっぱーん、とか?」
「それぐらいなら、聖霊級でも可能ですね」
「お、おおう……」
マジかよ。
精霊級って下から三つ目のランクだろ?
俺の一個上だろ?
この世界の能力者、インフレしてないか。
大丈夫か。
俺の心配をよそに、エイリーは恐ろしいことを言った。
童話のように。
「水神王級能力者は、世界中の海水を、一滴残らず根こそぎ全世界に降らせました」
どく、と、心臓が脈を打つ。
全世界の、海水を?
一滴残らず?
……いや、もしかするとこの世界の海ってものすごく小さいのかもしれないし——
「その『魚の雨』の影響で、全世界の小さな島国は陸地ごと消滅し、押し流された大量の土砂……建物や動物、人の死骸を含むおびただしい量の塊が、この世界を再編成しました」
この、世界を。
もう一度小さく呟きながら、エイリーは自分の足元を見た。
黙祷しているようにも見えた。
「……」
とても、信じられる話じゃない。
海水を、一滴残らず操作するってどういうことだ。
それが、神の力を得る、ってことなのか。
その話が本当なら、この大地の下には、数えきれないほどの死体が埋まっていることになる。
「能力の恐ろしい力で、その時海上にいた人間はもちろん、小さな島国にいた人間もすべて洗い流されました」
それは、そうだろう。
海水が一滴残らず、雨のように降り注いだりしたら、魚の雨どころの騒ぎじゃなかったはずだ。
騒ぎというか、自分が死んだことにすら気付かないぐらい一瞬で死んでしまった人も、それこそ数えきれないぐらいいただろう。
エイリーは真面目な顔をさらに固くして続ける。
「この時点で数多くの国に……いえ、世界に、大打撃だったのですが、被害はそれだけに留まりません。海がごっそりなくなったわけですから、全世界にそれらが降り注ぎます。魚はもちろん、深海に生息していた未確認生物や船の残骸まで」
地球っていうごちゃごちゃしたおもちゃ箱に、大量の水を流し込むようなものだ。
すべてがぐちゃぐちゃになったのだろう。
「多くの人は大洪水に見舞われて死にました。生き残った人も、家畜が死に、魚もほとんどが死に、農作物が塩害でやられた後では生きていくことができずに、死んでいきました」
エイリーは、辛そうな顔をしていた。
他人のことなのに、ここまで感情移入できるというのは、優しい証拠なのかもしれない。
「その結果、世界の人口が一万分の一まで減ったと言われています。もっとも、事態が事態で正確な数も分からなかったので、実際はもう少し多いとも言われていますが……」
塩害とか火事場泥棒とか、混乱に乗じた復讐とか快楽殺人とか、そういう二次災害で死んだ人もたくさんいるんだろうな……。
何だか気分の滅入る話だ。
俺が何となく暗い表情をしていることに気が付いたのか、「ですが、」とエイリーは話題を変える。
「『魚の雨』の大災害後に生き残ったのは聖霊級以上の能力者だったため、みんなで力を合わせ、世界を復興させつつあります」
少し明るい口調で言っているものの、それは裏を返せば、強い人しか生き残れなかったということだもんな……。
もう一度同じことが起きたら、この国は——この世界はどうなるんだろうか。
「その、『魚の雨』をやった人と国はどうなったの?」
「強力な能力を使った代償にしばらく動けなくなったその能力者は、殺されました」
それは、まぁ、そうだよねぇ……。
エイリーは、その辺りを伏せて説明したりする気はないらしい。
分かりやすくて助かる。
「そして、能力者のいた国も、徹底的に破壊されました」
徹底的に、破壊——
どこの世界にも戦争ってあるんだなぁ、とぼんやり思う。
それでもやっぱり、自分事として捉えられない自分がいる。
「今も戦争はあるの?」
「今は、表立って戦争している大国はありません。ですが世界には、リベロ様が仰ったように、いい人も悪い人もいます。属性神王級の能力者にも、悪い人間はいると聞きます」
そういえばあのおっさん、パンをもりもり食べながら言ってたな……。
いい人と悪い人。
ここは剣と魔法の世界だというのに、本当にどこにでもいるんだな。
嫌になる。
「属性神王級の悪い人っていうと、たとえば?」
軽い気持ちで訊いたら、
「……」
エイリーが口を閉ざした。
「エイリー……?」
「……属性神王級能力者というのは、神そのものの力を持っています。詳しい能力は分かっていませんが、滅多なことを言うものではないのです。この世界のどこにいても、私一人を殺すことなど造作もないでしょう」
エイリーは心なしか震えて、
「属性神王級能力者の方々は、皆様素晴らしい、人格者ですよ」
と、付け足しました、と言わんばかりにゆっくりと言った。
まるで、どこかの神様に祈るように。
……本人が目の前にいなくても、決して悪口を言ってはいけない相手か。
それじゃあ、本当に『神』じゃないか——
まぁ、とりあえず属性神王級能力者っていうののすごさは何となく伝わった。
あとは、その怖そうな神様達と出会わないようにしつつ、剣と魔法の世界を可愛いメイドさんと満喫しよう。
夢なら夢で、覚めるまで遊ぼうじゃないか。
誰一人味方のいない腐った世界を飛び出して、能力者としての人生をレッツエンジョイだ!
続く




