間章4 ~独白 ある女性の場合~
いつも閲覧ありがとうございます。
短いですが、連続投稿できそうです。
―はい。今日はどうしました?
いつも通りの笑顔で患者さんの受付をします。その後患者さんの怪我の部位を調べ、魔法士(ここでは治療士と呼びますが)の方へ報告します。これが私の仕事。その人が去れば、また他の人がやって来ます。
ここ最近は何故か治療院に掛かる人が増えてきたように思えます。魔法の存在がどんどん大きくなってきているからでしょうか?このまま行けば将来病気を治す魔法まで出来るかも知れません。それは良い事なんでしょうけど少し怖い気がします。些細な怪我でもここに来る人が多くなったからでしょうか。
何人かの患者さんを治療士の方へと回すと、とりあえず一息吐きました。
「―はぁ。疲れた」
ん。と大きく伸びていると、隣からくすくす。と笑う声が聞こえました。
「お疲れさま」
そっと私の目の前にお茶が置かれました。隣の同僚がどうぞ。と勧めると私はありがと。とそのお茶を飲みます。不思議な香りですが、とても美味しい。疲れた身体にその暖かさが染み入るようです。
「最近、忙しいよね」
「えぇ。何かあったんでしょうかね?」
特に王都の中では何か事件が起きている訳でもなく、平和そのもの。ただ大怪我で運ばれて来る方も少しずつ増えているような気もします。始めは魔物達が暴れているのかとも思いましたが、それだけでは無いようです。運ばれて来る兵士の方の傷は魔物に付けられたそれとは少し違うから。だとすれば王都の外で何かが起きている、或いは起きようとしているのでしょうか?
「本当にね。陛下までお忍びで視察に来るくらいだし」
同僚の猫の様な悪戯っぽい瞳が不安に曇ります。私も何か言いようのない不安を感じてはいます。
「あ。それよりも、今日のあの患者さん格好良くなかったですか?」
半ば強引に話をすり替えましたが、同僚の目は、ぱあっ。と輝きました。
「そうよね!私はあの人の方が―」
「え、何よ。何の話?」
他の同僚まで寄って来て患者さんの格好の話に花が咲きます。
やれ、あの彼は美男子だった。あのオジサマは渋みがあっていい。あの子は可愛いよね。と、色めき立ちます。ただあまりにも話に夢中になり過ぎて、士長さんから注意を受けましたが。
「まったく。あなた達も中庭の二人も―」
ブツブツ言いながら去って行く士長さんを見送りながら、私達はこっそり顔を見合わせ、苦笑しながら舌を出し合います。
そういえば。と同僚が思い出したようにニンマリと人差し指を立てました。
「あの子もなかなか良いわよね」
「あの子?」
「ほら、あの子よ。また大怪我で入院してきた―」
そこまで言われて、あぁ。と手を打ちました。最近よく入院してくる妙に捻くれたあの子。成人したてなのかまだ子供っぽさが抜けてない気も。そう言えば彼が入院してくると決まってシアー様も入院されることが多いです。その為か彼はよく私達の話の的になります。
「あの子も可愛くない?」
「…そうですか?」
同僚はどうやら年下趣味の様です。私はどちらかと言えば年上の方が。そう、例えばロイン様みたいな。最近あの方は表情が随分柔らかくなったと思います。前の陰のある顔も良かったのですけど。
「まぁロイン様は渋みがあるしね」
「そうですよね!!そこが良いんです!!」
「お、おぉぅ…」
若干引いた同僚の声が。そんなに変な事を言ったのでしょうか?その時の事でした。
「―失礼」
低く、透き通る様な声が聞こえました。振り向くと仕切りの向こうに一人の患者さんがいました。いけない、話に夢中で気付くのが遅れたようです。
「あ、すみません。今日はどうしました?」
慌てたせいか、少し上ずった声が恥ずかしいです。でもそれに気付かれない様に努めて笑顔で接します。
わ。思わず出そうになった声を何とか飲み干します。その瞳がまるで湖面の様に静かで、あまりにも綺麗だったから。
「彼の病室を訪ねたいのだけど?」
そう言って眼の前の人は彼の名前を言います。それは先ほど話題に上った例の子。
「申し訳ありません。その方でしたら少し前に退院されてますね」
退院してもよくここに来ています。最近はシアー様の病室にいっているようですが。流石にそこまで教えることは出来ませんけど。
彼の事が記録された書類をめくる手が止まりました。いえ、目の前の彼にその手を掴まれたのです。
「ふふ、ありがとう。君のその職務に対する姿勢は美しさすら感じるよ」
ぐいと引っ張られ、きゃっ。と小さく悲鳴が漏れ出ます。そして眼前に彼の顔が。私は顔が真っ赤になっているでしょう。顔が火を噴き出しそうなくらい熱いから。でも仕方ないですよね。だってその彼の顔はとても端正で整っていて、見るだけで心臓がどきどきします。中性的な容姿は、声が高ければその長い金髪と相まって女性と間違えそう。
「あ、あの。今は仕事中ですから…」
努めて平静に言いましたが、声が震えていました。少し恥ずかしい。彼は、ふ。と笑うとその手を離してくれました。大急ぎで彼から顔を離します。離れる瞬間、彼から爽やかな香りがしました。まるで早朝の森林にいるみたいな。決して不快な香りでは無く、むしろ落ち着くようなそんな香りです。
「あぁ、これはすまない。悪戯が過ぎたようだね」
彼は謝罪すると、くるり、と踵を返しました。その時、靡いた髪の隙間から彼の耳が見えました。それは尖った長い耳。それが示すことは―。
「…エルフ」
私の呟きは彼に届いたようです。去り際に彼は腕を振り上げると、
「僕は美しいものが好きなんだ。例えば君達の様に瞳が輝いていたり。とかね」
ただ、お喋り過ぎは感心しないね。最後に残した彼の言葉に先ほどとは違う意味で顔が赤くなりました。
「それにしても―」
私は同僚と顔を見合わせました。エルフは森の民とも云われ、ドワーフと同じく滅多に人前に姿を現さない種族です。それがこの王都でお目に掛かれるなんて。本来ならもっと喜んでもいいのでしょう。
でも何故でしょう。私は同僚と顔を見合わせます。彼女の瞳も、そこに映る私もとても不安そうでした。
それはきっと何かの前兆を感じ取っていたからでしょうか。私達はぶるりと身体を震わせました。
「さ、仕事。仕事!!」
同僚が無理しているような明るい声を出します。私もそうですね。と笑い仕事に戻ります。それでも言いようのない不安は決して消えることはありませんでした。




