15話 ~死霊の騎士 その3 絶望から~
閲覧ありがとうございます。
ぎりぎり間に合ったです。
今回ヒロインがひどい目に合います
「おい、アンタ。大丈夫か?」
声を掛けられたタクミはその目をゆっくりと開く。そこにはタクミを心配そうに見る一人の街人が。
「…え?」
思わず周りを見た。そこはつい今し方までいた場所と全く同じだ。ただ唯一違う点は―。
「どうしたんだ一体?そんな血塗れになって」
街人が彼を心配そうにする傍を、他の人々がタクミを心配そうに、或いは怪訝な表情で通り過ぎていく。
―そこには普段と同じように人々が行きかっていたのだ。
「っ。ナナシ!!」
はっとしたタクミは、手に持ったナナシへと叫ぶように呼びかけた。
(あの阿呆。やりおった)
「どういうことだ!?」
タクミを心配していた街人はやがて怪訝な表情へと変わり去って行った。悪いとも思うが今はそれどころではないのだ。
(アイツ、シアーのお嬢ちゃんだけ残して、兄さんを結界の外に放り出したんや)
「何だと!?すぐに戻るぞ!!」
(無理や。ワイの今の力では結界内に入ることは出来ん…)
ナナシのその言葉に、忌々しそうに歯を喰いしばる。歯の奥が、ぎり。と軋んだ。
「とにかく戻る手を探すぞ!!」
(ヒカルの奴にも助け求めたらどうや?)
「…アイツは今いないんだよ」
ヒカルは数日前から所用で留守にしているのだ。その為自分にシアーが付いていたのだが。
くそ。小さく悪態を吐いた。少なくともノヴァの狙いは自分だった筈だ。なら一人でいれば少なくともシアーを巻き込むことは無かったのだ。
では何故こうなったのか。それは自分の軽挙で一人、クレスト山脈に挑んだからだ。その結果がこれだ。自分の身勝手で誰かが傷つく。堪らなくなる。後悔の念がタクミを襲う。何故あの様なことをしたのか。
(今はそんなん言うても仕方ないやろ!)
「分かっているよ!!」
タクミの叫びに通り過ぎる人はすわ何事かと彼を見た。タクミはナナシを握りつぶさん位に強く握った。今にも何かが爆発しそうではないか。
―そういえば。
そこであることを思い出した。あのクレスト山脈を教えたのは誰だったか。そして彼女の正体は。
「…行くぞ、ナナシ!!」
タクミは駆け出した。向かうは一心教の神殿。ツクヨミがいる場所だ。
彼女はひたすら走るのみだ。息が上がり、胸が苦しくなる。だが足を止めるわけにはいかない。何故ならその背後には。
「あははは。ほら追いついちゃうわよぉ」
踊るようにノヴァが歩みを進め彼女を追い詰める。その横には少しずつ動きが戻りつつある骨騎士の姿も。
「あっ!?」小さな悲鳴と共に彼女の足が何かに躓いた。地面に転がり、すぐに立ち上がろうとするシアーの首もとに冷たい感触があった。
「―ユルサナイ」
怨嗟の如き声と共に彼女の首もとに突き立てた剣を振るう。
「うぁ…っ!」
彼女の右肩が斬り裂かれた。真っ赤な鮮血が流れ出る。その様子をノヴァはほくそ笑みながら見やる。
「ふふ。いい声で鳴くわね。でもまだまだよぉ」
肩を押さえ蹲るシアーを真っ黒い眼窩が見下ろし、躊躇うことなく何度も剣を振るう。
「あぅ…っ!」
背中を裂く。
「うぅっ…!」
左腕を斬る。
痛みによってかシアーの息は荒い。しかしその目は未だ光を失わない。
「ふふ。どう?絶望に沈んだ表情を見せて頂戴」
ノヴァがシアーの表情を覗き見た。その侮蔑と快楽に満ちた顔のなんとおぞましきことか。
シアーは唇を噛むと、ノヴァを睨むように見た。数舜ノヴァの表情が詰まらないものを見る様に色を失った。
「私は…あなたみたいな人に負けません!!」
その言葉にノヴァの顔が醜く歪む。
「あははは!良いわ。ならば趣旨を変えましょう」
「あぅ…!?」突き飛ばされ再び地面を転がった。地面に仰向けに倒れるシアーに馬乗りになり、彼女の頬を撫でる様に添わした。シアーの身体がビクリと震える。
「あなた私の下に来なさい。そうすれば私が望むものをあげる」
そう言うとノヴァは骨騎士をちらと見た。つられる様にシアーもまた同じように骨騎士を見る。
「あの子はね、ずっと強さを望んでいたのよ―」
ノヴァの表情が嘲笑の笑みを作る。
―彼は名のある騎士だったけどずっと強さに憧れていた。いえ弱さに怯えていたわ。そんな子だから強くなればなるほど何時か訪れる敗北の恐怖に震えていたわ。そしてそんな自分が許せなかったのよ。ふふ。面白いわね。強くなっても頭の中には負けたらどうしよう。という気持ちがずっと渦巻いているのだから。そんな自分を否定したいがためにさらに強くなる。だけどそうすればまた敗北を考える自分がもっと許せなくなる。許せないからさらに強さを求める。みっともないわね―。
「―だけど今、あの子は朽ちぬ身体と言う不変を手に入れた。私があの子を救ったのよ」
「…何てこと…」
「だから私の下に来なさい。そうすればタクミもあなたの傍にいるわよ」
クスクスと嘲笑いながらシアーを見つめる。対するシアーはその目に怒りを宿らせていた。
「私はあなたの言う通りにはしません!!タクミさんも同じです!!」
「ふふふ。本当に強情な子ね」
ぺろりと舌なめずりをした。その動きはやけに妖艶だ。スッとシアーの傷口の上に手を添えた。そして―。
「うああぁ…っ!!!」
彼女の悲鳴が響いた。ノヴァの手が彼女の傷口の中に入り込もうとする。
「その強情。何時まで続くか見せて頂戴」
ぐいぐいとその手を押し付ける。傷口の中に爪が食い込んだ。
「ああ゛ぁあっ!!あ゛あぁあぁぁぁぁぁっ…!!!」
とうとう耐え切れなくなったシアーが叫ぶ。目から涙が溢れ、口から涎が垂れ、彼女の顔を無様に汚す。痛みに耐えかねる様にのけぞり暴れるものの、ノヴァの抑え込む力が強いのかその拘束から逃れられない。ノヴァは変わらず笑みを浮かべるが、その手も休むこと無く、傷を抉る様に押し付け続ける。痛みを最大限与える様に、されど意識を失わぬようにと。
苦悶の表情のシアーと対象に、光悦と言った表情で見やる。
「ほぅら、どこまで続くか見ものね」
シアーの絶叫の様な悲鳴は止むこと無く響き渡る。やがてそれに飽きたのか、ノヴァは傷口から手を離す。その手は血に濡れていた。
「どう。少しは素直になれたかしら?」
その手を口元にやり、シアーの血を舐めとった。それは扇情的と言うよりはどこか空恐ろしいものだ。
「うふふ。美味しい」
その血の味に満足したのか、シアーを見た。彼女の視線は空虚で浅い呼吸を繰り返すだけだ。
その目にほんの少し光が戻った。視線の先、そこにある筈の無いものを見たからだ。
それは―。
道行く人は皆何事かと彼を見る。何しろ血に塗れた少年が一心不乱に駆け抜けているのだ。だがタクミにそんな事を気にしている暇はない。やがて街の喧騒も離れ一心教の神殿まであと少しと言う時だ。
「…タクミさん?」
呼ばれて振り向けばそこにはマルタの姿が。走り続けたのか息は荒く、汗で髪が張り付いている。その瞳には無邪気さが今は無く、不安に染まっていた。
「…オバサンかよ」
タクミの姿を認めて慌てて駆け寄ってきた。そして彼の状態を見るとその目を見開いた。
「あなた一体どうしたの!?」
タクミの身体を触り傷口を確かめる。傷は浅くは無いが幸いにも出血は収まっている様だ。ほっと息を吐くと、
「何があったの?いえ、とにかく今は治療院へ行きましょう」
半ば強引にタクミを連れて行こうとするが、彼はその手を振りほどいた。
「な…どうしたの!?」
「すまねぇ。行くところがあるんだ」
そう言ってタクミはマルタを押しのけ、先へ行こうとする。彼の腕をマルタは再び掴む。事情がどうであれ見過ごしていい傷ではないのだ。
「待ちなさい!!その傷は―」
「シアーが危ないんだ」
彼女の言葉を遮りタクミが言う。危ない。その言葉に、え?とマルタの目が見開いた。彼女の手をタクミは振りほどくことなく、ゆっくりと手を添え離した。
「だから、行かないと」
呆然とする彼女に背を向け、再び駆け出そうとした。「待って!」その背に声が乗りかかった。
「…私の園から子供が一人いなくなったの」
自分でもな何故このようなことを言ったのか。怪訝な表情のタクミを見てその様に思う。しかし何故だろう。彼の状況に関係している気がしてならないのだ。
「何処を探してもいないの。お願い…助けて」
消え入りそうな声だった。こんなに傷だらけの少年にさらに頼みごとをするなんて。藁にもすがる思いとはこのことだ。
「…その子の名前は?」
「…カイトよ」
任せとけ。そう頷き去って行く彼の背を見送る。両手を組み膝を突く。自分に出来るの事は神に祈るのみだ。
「神様どうか…」
皆を無事で。その言葉のなんと皮肉なことか。
カイト。両親の顔は知らない。生まれてすぐに彼の村に疫病が流行ったのだ。幸運と言うべきか彼は罹患こそしなかったが、彼の両親はそれから逃れることは無かった。その後カイトは様々な場所にたらい回しにされ、行着いた先がシアーの園だったのだ。
その境遇故か性格は大人しく自己主張をすることなく、あまり他の子と混ざらない。それをシアーが心配し声を掛けたのが始まりだ。彼女の性格からして打ち解けるのにそう時間は掛からなかった。
そのカイトがシアーの視線の先に確かにいた。蒼白な顔に唇は細かく震え、目には恐怖の色と涙が。
どうしてここに。彼女の頭に疑問が浮かぶ。しかしそんなことよりも―。
「あら、招かれざる子がいるみたいね」
ノヴァがカイトの姿を認めて、意外そうに呟く。おそらく結界の歪にでも迷い込んでしまったのだろう。立ち上がりシアーを一瞥した。あの子供を利用すればもっと楽しくなるはずた。カイトの下へ歩き出した。一歩近付く度にカイトの身体が震える。ついに腰が抜けた様にその場にへたり込んだ。
「…あぁ…あぅ」
口が震えて上手く喋れない。後ずさろうとするも手に力が入らないのか、地面を掻くだけだ。
「ふふ。あなたも可愛がってあげる」
「…やめて」
消え入りそうなほどの小さな声がシアーの口から出た。その声が耳に入ったのか、足を止めノヴァの唇がつり上がった。
「あなた、まだそんな顔が出来るのね」
歪んだ笑みでシアーを見る。立ち上がる為に力を振り絞るその姿は尊いものを感じられた。目は先ほど違い、今は僅かに生気が戻っている。余程カイトが心配なのだろう。
「…あの子には手を出さないで…」
自分はどうなってもいい。力ない声だがその覚悟だけは感じた。ノヴァは歪んだ笑みをさらに深め、手を口にあてがい何かを考え込む。やがて、
「あははは。いいわ、次はこうしましょう」
「あうぅ…!」
また良からぬことを思いついたのだろうシアーの腕を掴み、引きずる様にカイトの前に連れてきた。そして投げる様に彼女の腕を手放した。「うぁ…っ」短い悲鳴と共に、カイトの前にきりもみする様に倒れこむ。
「お、お姉ちゃん…っ!!」
カイトが這いずりながらもシアーの目前にまで来た。恐怖で歪んだその顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっているが、それでも気丈にシアーを心配そうに見る。
「私は…大丈夫ですよ」
シアーもまたカイトを心配させまいとその顔に笑みを作る。もっともそれは力無い儚げなものだったが。
「今度はあなたがその子を守るのよ。タクミがやったみたいにね」
やりなさい。合図を出すと骨騎士が前に出て来た。その剣を振り翳した。シアーがカイトを背に隠し、庇う様に両手を広げた。
「さぁ。やりなさい」
剣閃がシアー達を襲う。しかしその剣閃は届くことは無かった。シアーが右手を突き出した瞬間、見えない壁に阻まれる様に中空で止まっていたのだ。シアーの障壁魔法だ。骨騎士は動じることなく再び剣を翳し障壁魔法に叩きつける。障壁魔法との接触で、辺りに甲高い音が響く。何度も剣を打ち付けるうちに、彼女の青白い顔色からさららに血の気が引く。
「うぁっ…!」
障壁魔法を張り続けるために魔力がどんどん奪われる。本来なら骨騎士の一撃なら砕かれていてもおかしくは無いのだ。なのに砕けない。その理由はたった一つ。骨騎士が全力ではないのだ。
「さぁ、どこまで持つかしらね」
その騒ぎは小憩の時間も終わろうという時だった。なかなか取れないこの時間はツクヨミとユーリにとって肩肘張ることなく語り合える、小さくとも大切な時間なのだ。
「…すみません」申し訳なさそうに部屋の向こうから侍従の声が掛かる。どうしました、と聞けば神殿前にタクミが来ているというのだ。それも全身血塗れで、異常なまでに急いでいるという様子らしいのだ。
慌てて二人が出れば、確かに血に濡れたタクミの姿が。
「巫女さん。ツクヨミさん。頼みがある!!」
二人に気付くとタクミは挨拶も無くいきなり話し始めたのだ。
「なんですって!?」
神殿の前にユーリの叫びが響き渡る。その声に近くにいた侍従たちがユーリを見る。普段から大声というものを出さない彼女が出す叫びだ。驚くなと言う方が無理だろう。
「そんな事が…」
ユーリの隣にいたツクヨミがぎゅっと白くなるほど手を握った。
「頼む。アンタの力を貸してくれ」
「分かりました。すぐに参りましょう」
「私も行くわ」
今にも走り出そうとする二人にユーリの声が掛かる。
「ユーリ様。申し訳ありませんが…」
「何故ですツクヨミ様。シアーは私の大切な妹ですよ!」
「私達にとってもあなたは大切なのです。それに―」
戦う力も無いあなたがどうするつもりですか?その言葉を言われてしまえば彼女は黙るほかは無い。
「分かって下さい。貴方にもしも。があれば私達はどうすればいいのです?」
「…分かりました」
渋々と言った風だが納得はした様だ。ユーリはタクミに、
「お願い。あの子を守って」
「当前だ」力強く言葉を紡ぐ。思えばこの世界に来てからシアーには世話になりっぱなしだったのだ。それなのにいつも自分は自分の事しか考えてなかった。だからこそタクミは決めたことがある。
「必ず助けてみせる…!」
それは覚悟を決めた顔だった。
「あはは。随分頑張ったわね」
ノヴァが満足そうに、ひびが入りボロボロになった障壁魔法を見る。その奥にいるシアーは虫の息とも呼べる状態だ。そんな彼女に縋りつき泣きわめいていたる子供の姿が。カイトだ。
彼はシアーに何度ももういいと言った。ここで終わっても良かったのだ。親も無く誰からも相手にされない自分など。だからこそ一目で蒼白と分かるシアーにもう止めてと言いたかった。しかしその言葉は口に出すことは無い。どんなボロボロになったシアーは未だ諦めてはいないのだ。ならば自分がどうして諦められようか。だからこそこう言うのだ。
「お姉ちゃん…がんばって!!」
今まで出したことが無い様な大声だ。涙も吹き飛ばす。シアーもまたカイトを見た。必ず守るという様に。
「詰まらない茶番ね。もういいわ、やりなさい」
肉体が死んだところでどうとも思わない。魂なら魂で使い道があるのだ。骨騎士がいま一度に剣振り上げた。今度は全力だ。あの二人に助かる術は無い。
その時、空間に乾いた音を立ててひびが入った。ぴしりぴしり。と何度も細かい亀裂が走る。
「…何事よ?」
ここに来てとうとうノヴァの笑みが消えた。事態を把握しようとある一点を見た時だ。ばきん。と音を響かせ結界が崩れ、光が爆ぜる。その光は辺りを白一色に染めた。やがてそれが収まったころ、そこに一人の少年と女性が立っていた。
「ノヴァ!!テメェは許さねぇ!!」
がんばった。眠い…




