13話 ~死霊の騎士 その1 彼女の戦う意味~
いつもご閲覧ありがとうございます
それは昔の話だ。実在の英雄がお伽噺として語られるくらいの。
とある村に一人の少年がいた。彼の身体は小さく力も弱い。だからだろうか。少年は何時も虐められていた。
故に彼は常日頃から「強くなりたい」と口癖の様に言っていた。やがて少年は成年へと成長する。彼は思いそのままに兵士となった。弓は嫌いだった。遠くから射るというのが卑怯者の様で。魔法の適性も無かった。あったところでせいぜい野営の設営や斥候としての働きしかないので願い下げだったが。
自ずと彼は剣を選んだ。そしてそれは彼の才覚を芽吹かせる。彼は彼の思う通りに強くなっていったのだ。それも周辺諸国に名が知られるほどに。
それでも彼は強さに満足しなかった。足りぬ、と更なる強さを欲した。彼の強さは留まることを知らなかった。
しかしそんな彼にも終わりの日がやって来た。戦争に駆り出されたのだ。形勢は劣勢。いや絶望的と言って良い。いくら強いと言っても彼一人で戦局が変わることはもうないのだ。そうして彼は討たれた。最後の瞬間まで彼の頭から強くなりたい、という思いが消えることは無かった。
昼の商街区には行きかう人の熱気で賑わっている。買い物する者、熱心に店に呼び込む者、様々だ。少し前ならば夏の熱気と相まって茹だる様な暑さだったのだが、今は僅かに吹く風は若干の涼しさを含んでいる。夏が遠のき、秋が近づいている証拠だ。その中を歩く二人の影、タクミとシアーだ。彼女足取りは軽く、対照的にタクミの足取りは重い。
「…なぁ、買い物くらい俺一人でできるんだが」
重たい荷物を抱え、うんざりと様子でタクミが呟く。シアーは笑顔のままタクミへと振り返り、
「駄目ですよ」
ぴしゃりと言ってのけた。むぐ、と口を噤み、まだ何かを言おうとするが、
「…もう忘れたのですか?」
「ぐっ…」
それを言われればもはや黙るしかない。彼がヒカルと帰って来た時の事だ。王城は混乱に陥っていた。
それは偶然だったのかタクミが消えた時を同じくして、城から数人の人間が消えた。おそらくは間者の類だったのだろう。重要な情報が盗まれた可能性もある。その対策を打つ為に上に立つ人間達は東奔西走する羽目になったのだ。
そして間者の嫌疑はタクミにまで向けられていたのだ。それは彼が異邦者であろうとなかろうと関係は無くだ。そこにタクミが帰還すればどうなるか。
彼は連行され、数日間取り調べを受けることになった。もっともロインやヒカルの執り成しもあり、また彼自身が文字の読み書きや地理も詳しくない。さらに戻ってきたという事実から嫌疑は晴れたのだが。
「…また借りを作ってしまった」
(そう思うんやったら、安直なことせぇへん事やで)
「お前が言うなよ!!」
(いだだだぁ!!!ギブ、ギブや!!)
ふん、といつもの様にナナシをへし折ろうとする。しばらくそうしていたが、やがてナナシをそこらに放り棄てた。しくしく、と泣く声が聞こえるがそれは無視した。
とにかく嫌疑は晴れたものの、しばらくは監視の目が付くことになった。そしてそれをヒカルとシアーが引き受けたのだ。曰く、
「俺達と一緒なら普段の生活と変わらないだろ?」
「これならタクミさんが気になることも無いでしょう?」
全く頭が上がらないとはこのことだ。その事を思い出しながら頭をボリボリと掻く。その様子にシアーはクスリと、微笑む。
「タクミさん。少し寄りたい所があるのですが?」
「おう。どこでも連れてけよ」
下唇を突き出すその仕草はまるで子供の様だ。もう、と苦笑しながら、
「では、すみませんが着いて来て下さい」
「で、どこに行くんだ?」
「ふふ。着いてからのお楽しみです」
そう言って花が咲く様な笑顔を見せるのだった。
時の流れとは残酷なものだ。全てのものを押し流してしまうから。営みも、記憶も、そして鎮魂の為に作られた陵墓も。
雑草が多い茂り、久しく人の訪れが無いことが見て取れる。陵墓であったそれはいたるところが朽ち果て、玄室への入り口が何処であったかも分からない。
そこに一人の人物が現れた。男とも女ともつかないその姿、ノヴァだ。ローブを風にはためかせ優雅に歩く。その背後には山と積まれた魔物達の死骸が。
「ふふふ。ここね」
その陵墓はかつて戦争に勝った国の王が兵士たちの慰霊の為に作ったものだ。そこに納められたのは何も自国の兵ではない。敗残国の兵を納めたのだ。
何を思ってそれを作ったのかは定かでは無い。或いは、死せばみな等しく同じ。その様な考えを持っていたのか。
「あぁ、聞こえるわ。あなたの声が」
目を瞑り、天を仰ぐ。目を開くと亀裂の様な笑みを浮かべた。右手を陵墓に翳した。手が酷薄に光る。光はすぐに収まった。満足した様に踵を返すと、
「さぁ、行きましょう」
その日、小さな、本当に小さな事件が起きた。誰からも忘れさられた陵墓が暴かれたのだ。それに気付くものは誰もいなかったのだが。ただ不思議な事にその陵墓は内側から暴かれた様であったのだ。
「着きましたよ、タクミさん」
商街区を抜け、しばらく進んだところにそれはあった。ヒカルやシアーの家よりも大きい建物。豪邸という訳では無い。しかし商店にも見えない。はて、とタクミは首を傾げた。
「さぁ、行きましょう」
シアーと連れ立って中に入れば、直ぐに仕切り席がありその向こうには何やら事務作業をしている熟年の女性の姿が。こんにちは。とシアーが声を掛ければ、彼女に少し驚いた様だ。だがシアーの姿を認めるとすぐに笑顔になった。
「あら、シアー様。今日はどうされたのですか?」
「はい。少し近くに寄ったので皆の顔を見ようと」
「ふふ。一昨日にも来たばかりではないですか」
「そ、そうでしたか?」
クスリと笑う女性にシアーが俯く。その頬が少しばかり紅潮していた。ふとその後ろにいたタクミを見つけると、あら、と今度は彼をまじまじと見つめた。あらあら、と二人を交互に見やる。やがて何かを得心した様に一人頷いた。
「あ、あの…どうしました?」
シアーが気恥ずかしそうに尋ねるが、女性は何も言わず、少し意地悪そうな笑みを浮かべるだけだ。
「おい、いつまでやってんだ…」
「あら、ごめんなさい。少し冗談が過ぎたようですね」
女性は改めてタクミに向き合うと、深々と頭を下げた。
「申し遅れました。私はこの園を預かるマルタ・メジェと申します」
上げたその瞳には年相応の落ち着いた光と、子供の様な無邪気さが同居している様に見えた。
「どうも。タクミって言います」
軽く会釈をする。その姿をシアーは、もう。と嗜めるような視線を向けた。だが、マルタは気にした様子も無く、むしろ、
「ふふ。面白い子ですね。少し捻くれているみたいですけど」
でも。と続けて、
「シアー様にはこのような方がよろしいのかも知れませんね」
「んなっ!?」「えぇっ!?」二人して素っ頓狂な声を上げ、マルタは子供の様に無邪気に笑うのだった。
マルタを先頭にシアーとタクミが廊下を歩く。その様子を周りの子供達は物珍しそうに、或いは臆するような視線を送る。大体前者は女性二人に、後者は主にタクミに、だ。
(まぁしゃあない。兄さんはここでは異物みたいなもんやしな)
「うるせ」
誰が異物だ。と腰に差したナナシを半眼で睨む。それよりも、周囲の子供たちを見る。小さな乳幼児と呼べる子供から、児童まで男女様々だ。
彼等は皆、孤児だった者達だ。戦争で、魔物に襲われて、流行り病で、理由は星の数ほどある。
「そんな子達を救おうとシアー様がここを作られたのですよ」
マルタが誇らしそうに説明する横で、シアーは恥ずかしそうに頬を紅潮させていた。
「いえ。私は何も出来ていません。実際ここを切り盛りされているのはマルタさん達ですので」
「何をおっしゃいますか。ここの資金はシアー様が出されているではないですか」
そんなやり取りをしているうちに、応接間の前へ着いた。マルタが戸を開け、どうぞ。と招く。
「タクミさんはここで少し休んでいてください。私は子供達を見てきますから」
そう言って、踵を返す彼女の足取りはいつもより軽そうだった。
どうぞ。と器に注がれたレモン水を受け取る。口を付けるとほんの少し甘い。
「蜂蜜を入れているのです。熱さに参った身体にはよろしいかと」
そう言って対面に座り、マルタも一口飲むと、にこやかに口を開いた。
「ふふ。最近のシアー様はとても表情が明るいのです」
「そうなんですか?」
「えぇ。前は無理して明るく振舞っておられるようでしたよ」
彼女の眉尻が下がった。その笑みはどこか寂しそうで。
「本当は私共もあの方に危険な真似はしてほしくないのです」
器を置けば中身が、ちゃぷ。と跳ねた。
「ヒカル様と遠征に向かわれ、それで得たお金をこちらに回して頂く。それであの方、いえ、あの子の幸せは何処にあるのかと」
思い出されるのは過去の日々。お金を渡しに来るときは何時も華奢な身体のどこかが傷ついていた。それでも気にするな、とばかりにいつも笑顔で。年端もいかない娘が傷付きながら、命懸けで得たお金を惜しむとこ無くこの園に捧ぐ。その姿を見る度に胸が締め付けられる様だった。
だが同時にそれはこの園の生命線なのだ。それを受け取るしかできない自分達の歯がゆさも何度痛感したことか。
「だから私達はせめてここをあの子の望んだ場所にしようと」
あの子の性格を考えれば、これが一番良いと思えたのです。そう語るマルタの笑みに力は無い。タクミはただ黙って聞くのみだ。
「それでも最近のあの子が変わったように見えるのはあなたのおかげかしら?」
悪戯っぽく片目を瞑る彼女にタクミは半眼で睨むのみだ。あら、つれない。と笑うマルタに、彼は、はぁ。と息を吐く。
「アンタの話は変な方向に進んでばかりだ」
ぐいと器の中身を飲み干し、立ち上がった。
「だから聞いてられねぇや」
「あら、何処へ?」
「便所だよ」
「シアー様ならそこを出て突き当りの部屋におられますよ」
「…うるせ」お見通しとばかりに微笑む彼女を黙って睨んだ。まったく色話が好きなオバサンめ。しかし責められないのは本当に彼女を心配しているからだろう。便所とは反対方向に歩き出したタクミを、クスクスと微笑みながら見送るのだった。
「あら、タクミさん。どうしました?」
「ん。ちょっとな」
通りがかった風を装い来てみれば、シアーは子供達に囲まれていた。何しろあの性格だ。大人はもとより子供達にも信用されているのだろう。
一人の子供がシアーの後ろに隠れながらも、おずおずとタクミを見ていた。いや、正確には腰に差されたナナシを、だ。
「これが気になるのか?」
彼女の傍まで行き、腰を落として目線を合わす。ナナシを抜き子供に差し出す。シアーの後ろからタクミとナナシを交互に見やる。彼女は微笑みながら子供をそっと前に出した。
「ふふ。このお兄ちゃんは怖くないですよ」
彼女の助けもあり、おずおず、とナナシに手を伸ばした。そして「うわぁ」とお気に入りの玩具を手に入れた様に瞳を輝かせた。しばらくナナシで遊んだ後、ありがと。とタクミにナナシを返す。タクミが腰に差し戻そうとした時だ。至る所から視線を感じた。子供達だ。皆がナナシを物欲しそうな目で見ていた。
「…ほらよ」
床に置くと子供達が近寄ってきた。その全てが好奇の雰囲気を発している。
(い、いや…ちょっと待とか?)
何故か身の危険を感じたナナシは子供達を止めようとする。しかし子供達がそれで止まる筈も無い。
(いや、やめて。来るな…来るなぁあぁあぁぁ!!)
怯える様に叫ぶナナシの下に無数の手が伸びる。その全ては子供達の手だ。子供と言うのは口に手を入れる。鼻に指を入れる。そういうものだ。そしてその手がナナシに近づくのだ。
(ひっ。汚れる。汚される。あぁああぁああ…!!)
断末魔の様な悲鳴と共にもみくちゃにされるナナシ。それを「うわぁ…」と引いた様子で見るタクミ。
「あの…いいのですか?」
「いいだろ…多分」
後で洗おう。心に誓うタクミだった。
「マルタさん。今日はありがとうございました」
あれから子供達はお昼寝の時間ということで、皆が寝入るのを見届けてからシアーとタクミは暇をすることにしたのだ。
「いえ。また何時でもいらして下さい」
子供達も喜びますよ。微笑みながらシアーを見つめた。そしてタクミの方に向き直ると、
「あなたも。また何時でもいらしてね」
「…考えとく」
あらあら。と口元に手を当て静かに笑う。それをタクミは苦い顔で見た。二人のそれが可笑しかったのか、シアーもクスクスと笑い出した。
「…おい」
「ふふふ。ごめんなさい。それでは私達はこれで」
頭を下げ去って行く二人をマルタはずっと見つめていた。その視線はまるで母親が娘を見るそれの様だ。彼があの子の傍にいるのならば安心だ。
「さて、と」
私も仕事を片付けないと。心が軽くなった様な表情で屋内に戻るのだった。
「あの、今日はありがとうございました」
「あぁ、構わねぇよ」
(ワイは酷い目に合ったわ…)
ナナシの恨みがましい声が聞こえた。
「気にするなよ」
(気にするわ!ってかそれワイのセリフや!)
「ちゃんと洗ってやっただろ」
(ワイの汚された心までは洗えへんわ)
「…元々汚れているだろ」
騒がしいタクミとナナシを見つめながら、シアーは口元に指を宛がいクスクス微笑む。
「ナナシさんも今日はありがとうございました」
律儀にナナシにまで丁寧に頭を下げる。おいおい、コイツにまで礼を言うのか。と呆れるが、
「…それにしても」
タクミがずり落ちそうになった荷物を抱え直す。帰路は先程までと違い随分と人が少ない。いや、全くと言っていいほど人影が無いのだ。
「なぁ、なんかおかしくないか?」
その言葉にシアーも異変に気付いた様だ。辺りを見回すが、やはり人の姿は無い。どうして。思わず呟いた。昼下がりの王都。いくら閑散とした場所とは言え人がいないというのはありえない。
「ナナシ?」
(ワイにもよう分からん。ただ妙な気配は漂っとるな)
その時、風が吹き抜けた。妙に強く、生温い風だ。二人とも思わず目を閉じた。しばらくの後に風が収まりようやく目を開けた。そして二人は見た。視線の先にその人物が立っているのを。
全身古ぼけた騎士甲冑に身を包んだその姿。街中ということもあってか異様さだけが際立つ。そしてそこから二人に向けられているもの。それは殺気だ。
タクミは舌打ちして素早くナナシを構える。よく分からない状況だが、戦いになるであろうということだけは確信できた。
「ふふっ。まだ駄目よ」
タクミの頭上から声が掛かった。その声を聞くだけでタクミから冷や汗が溢れ、心臓の鼓動が早くなる。上空を見るが誰もいない。騎士の方を見た時だ。今までいなかった一人の人物がそこにはいた。ローブを纏った男とも女ともつかないその姿。
タクミには覚えがあった。かつて視線が合っただけで死を脳裏に焼き付けられたあの人物だ。
「うふふ。ごきげんよう」
睨みつけるタクミを見てとても嬉しそうに、亀裂のような笑みをノヴァは浮かべたのだった。
昨日今日は珍しく手が空く時間が出来た―




