11話 ~神々の山 その2 それぞれの思い~
お待たせしました!!
行きかう村人がその見慣れぬ少年の姿を訝し気に見て通り過ぎる。中には警戒心を露わにする者の姿も。山の麓からか、排他的な空気故か、その寒村に到着したヒカルは少々居心地の悪さを感じる。しかしだからと言って何もしない訳にはいかない。意を決して近くにいる村人に話しかけた。
「何か?」その言葉の端々に感じられるのは拒絶。うっ、と思わず息が詰まる。元来人見知りをする性質ではないが、それでもここまであからさまな感情を向けられれば、二の句も継げないというものだ。
しかし怯んだままではいられない。タクミの事を思う。彼の性格からして一直線に山に登るということは考えられない。おそらく山の最寄りであるこの村で何かしらの痕跡を残している筈だ。ならばそれを見つければ彼の動向を知ることが出来るだろう。
逸る気持ちを押さえ、この地に来た者が居るかどうか尋ねた。村人はさぁ、と首を振り、
「あそこで聞いてみろ」
指さす方向には一軒の店が。なるほど道具屋の看板が掛かっているあの店ならば、旅人が寄る可能性も高い。丁寧に礼を言い、店へと歩を進める。王都を出て数日。いくら気を落ち着かせようとも、急がなければと焦りばかりが募るのだ。
道具屋に入って店の主人にタクミの特徴を伝え、そんな人間が来てないか尋ねた。知らぬと主人は白を切った。だがそんな筈は無いのだ。何故なら彼の後ろの棚にヒカルも見たことのあるタクミの私物があったからだ。
「お願いします。思い出してもらえませんか?」
ヒカルが真直ぐな目で見つめ、頭を下げる。店主は居心地悪そうに視線を彷徨わせていたが、やがて負けを認めた様に、両手を上げた。
「…あぁ思い出した。確かに昨日だか一昨日だかに来たよ」
「ありがとうございます!それで彼は何処に行くと?」
「なんでもクレストに登るって言ってたよ」
あの山は登山をするような山ではない。儂は危険だからやめろと言ったんだがね。呆れた様に溜息を吐く店主にもう一度頭を下げ、急いで追おうとした時だ。店主が呼び止めた。
「…アンタも行くなら村はずれに山に繋がる道がある。そこからなら麓まで行けるよ」
驚いて店主の方を見れば苦い顔をしている。まるで言ったことを後悔するかの様に。その心を少しでも軽くするためか、或いは助言か。
「…どうせなら何か買っていってくれ」
ヒカルは最高級の薬を買うのだった。
少年は夢を見る。それは思い出すことさえ出来ない遠い日の回想か。
少年に物心が付いたとき、彼はもう施設にいた。親の顔は分からない。話によれば両親は交通事故で亡くなり、天涯孤独になったからここに来たと。それは彼に限った話でも無いが。とにかく似た境遇の子たちが沢山いた。だが幸いにもそこの職員達は善人ばかりだった。親元から引き離されてなお子供たちに暗い影が無かったのが何よりの証拠だろう。
ある日彼は見てしまった。それは親元に帰れることになったのか、幸せそうに笑う一人の少女の姿を。大人達に手を引かれ去って行く少女を見て彼は自ずと理解してしまった。
―迎えに来てくれる人はいないのだと。―
その日を境に彼は変わった。表面上は何も変わらなかったのかも知れない。だが笑顔が減った。何でもそつなくこなすようになり、人付き合いも上手くなった。それは彼が理解した結果か。少年は一人で生きていくための準備を進めていくのだ。
灰色の雲が空一面を覆う。クレスト山脈の上空はなお気温が低い。それをものともせずにワイバーン達は空を舞う。
手に持った獲物がうっ、と僅かに呻いた。寒空に晒されているせいか、血色が悪い。しかし彼等がそれを気にすることは無い。死んだところで結局喰らうのだ。人間の肉などいつ以来か。隣を飛ぶワイバーンがそれを思えば口から涎が汚らしく溢れた。
銀閃が視界を埋め尽くす。
ワイバーンがなますの様に切り刻まれた。すわ何事かと残りの数体が振り向けば、そこには一人の騎士の姿があった。
全身を覆う銀の鎧に、手に持つは銀の剣。汚れ一つない純白のマントを纏い、頭髪、瞳に至るまでもが白。
宙に浮くかの様に飛翔している騎士を彼等は驚いて見やる。何者だ、この人間は?いや人間なのか。その一瞬にも満たない思考の間に騎士は目の前にいた。
驚愕に目を見開き、爪を翳すがもう遅い。頭から真っ二つに両断された。圧倒的な実力差。それを本能で察知し、残党が散り散りに逃げ出す。タクミを捕らえていたワイバーンがその手から彼を落とした。今はそんな事に構ってはいられない。まずはあの得体の知れない人間から逃げなければ。だがそれは叶わなかった。残る全ては数秒もたたないうちに刈り取られたのだ。
騎士は落ちていくタクミを興味なさそうに見た。この高さから落ちればまず助からないだろう。助ける義理も無い。マントを翻し、その場を去り―。
ぱちぱちと焚き木が爆ぜる音がする。その音に導かれる様にタクミは目を覚ました。起き上がろうとするが身体に痛みが走る。ぐっ、と顔を顰めながらもゆっくり上半身を起こした。ひゅう。と風が炎を揺らす。風の方向を見れば、ここが洞窟だということが分かった。誰かがここへ運んだのか?疑問を持ちながら焚火を見れば、
「うおっ!!」向こう側に人が居た。驚いて立ち上がろうとすれば、またしても身体に痛みが。「うぐっ!?」のた打ち回ればまた痛みが走る。「ぐはっ!?」何度か繰り返してようやく落ち着いた。ちらりと彼を見た。その表情は能面の如く眉一つ動いていない。これがヒカルなら呆れ、ナナシなら小馬鹿にして、シアーなら慌てて助けに来るだろう。それが何の反応も無い。
「…あのよ」
返事も無い。
「…アンタが助けてくれたのか」
やはり返事が無い。
「…なぁ」
以下同文。くっ、と苦虫を噛み潰したような顔になり、肩を落とす。何やらブツブツと「負けるな俺」とか「めげるな俺」とか言っている。
その男は何を思ったか、急に立ち上がると洞窟の入り口へと歩き出した。外の明かりが彼を照らし出す。
全身が白銀に包まれたその姿。どこか神々しくもあるが、寒々しさも感じられる。得も言われぬ威圧感に思わずタクミは息を飲んだ。騎士はタクミへと振り返り、
「―去れ」
とだけ残し、外へ消えた。おい、と痛む身体を引きずりながら外へ追うと、その姿はもうどこにもなかった。何だったのかと思うよりも、
「…アイツ喋れるじゃねぇか…」
タクミは乱雑に巻かれた包帯を巻きなおす。おそらくは先ほどの彼―あの白き騎士―が手当てしてくれたものだろう。そう考えると意外と悪い奴では無かったのかも知れない。だからと言ってあそこまで無口だとそれはそれで問題だが。
よし。と身体を動かしてみた。痛みはまだ走るものの、先ほどよりはずっと楽だ。焚火の始末を終え洞窟の外へと出た。雨は止んだが、空は未だ雲に覆われている。まだ明るいが数刻もせぬうちに日が落ちるだろう。行くべきか、留まるべきか。一瞬の逡巡の後、
「…降りるか」と下山を開始した。今はナナシも、荷物も手元にない。これでは進むことも、その場に留まるのも自殺行為だ。だから一か八かの可能性にかけ、下ることにしたのだ。せめてナナシが回収できることを願いながら。
薄暗い岩の隙間に落ちてしまったナナシは、ただ何をするでもなくそこにあった。数刻前の事を思い出す。タクミがワイバーンに連れ去られた。今頃は恐らく生きてはいまい。くそ。と小さく毒吐く。せっかく見つけた依代が失われた。これでは全てが一からやり直しではないか。あれほどの人間は二度と現れないかもしれない。そう思えば悔しさに歯噛みする。
思えばあの少年は非常に手の掛かる男だった。すぐに自分を雑に扱う。捻くれているから素直にならない。とにかく目が離せなかった。
―だが。
彼は思う。何時からか目が離せない、では無く、目を離さないに変わっていた。
彼といた時間は決して不愉快な物では無かった。情が移ったか、自分ともあろうものが。そんな自分の考えに気付き、自嘲的に鼻を鳴らす。何を馬鹿なことを。
今のナナシはまだ気付くことは無かった。自身の心に生まれたこの感情の名前、それは―
―喪失感。
ヒカルの剣が魔物を貫く。重い音を立てて、魔物は倒れた。息を切らせながら剣を鞘に納める。まったくなんという場所だろうか。遭遇する魔物はそのどれもが強敵で、更に山特有の気候の変動。神の山とはよく言ったものだ。水袋から水を一口飲む。ふう、と一息吐き再び歩みを進める。しばらく行けばガレ場に出た。
先程まで雨が降っていたのだろうか。地面が濡れている。滑らぬように注意しながらガレ場を上がる。雲に覆われ太陽の動きは分からないものの、刻限は夕刻か。周囲は僅かに暗くなりつつある。直に日が暮れるのだろう。ヒカルが苦渋に満ちた表情でタクミ、と呟いた。この先はガレ場が険しくなっている。暗くなればここを登ることは出来ない。ましてや夜を徹して探索することも、だ。戻ることを決意した。少し戻った所に天幕を張れる場所を見つけたのだ。
そこで一夜を明かすことにしたものの、彼は一睡も出来なかった。
早朝の山はたとえ夏とて白い息が出るほどに冷え込んでいる。ヒカルの顔は多少やつれてはいるが、それを感じさせぬ動作で手早く支度をする。天幕を荒らされぬようにと、周りに魔物除けの聖石を撒く。これからはここを中心としてタクミの探索を行うのだ。この山ではどれほどの効果を期待できるか分からないが無いよりましだ。
素早く昨日のガレ場までやって来た。息を切らせながら登り続けるが、嫌な予感が頭をよぎる。
―もう、タクミは…―
その考えを追い出すように頭を振る。きっと疲れているからこんなことを思うのだ。そう考えなおすも、日が経つにつれ彼の生存が危うくなるのも事実。嫌な思いがどんどん頭を埋めていく。
「アイツがそう簡単に死ぬか!!」
否定するように叫ぶが、辺りに虚しく木霊するだけだった。
どれほどの時間登り続けたか、岩の隙間に何かが光ったのだ。怪訝な面持ちでその場へと近づき、岩の隙間を覗く。そこにあったのは、
「ナナシ!?」
タクミがいつも持っている筈のナナシが転がっていたのだ。慌てて岩をどけ手を突っ込む。ナナシを握れば随分と冷たかった。
「ナナシ。タクミはどうした!?」
(ヒカルか。さぁな、ワイバーンに連れ去られたわ)
その声にいつもの調子が無く、平坦としている。
「どういうことだ?」
(今頃は餌として腹の中に入ってるんちゃうか)
「なっ…!!」
何ということを言うのか。それよりもなぜナナシはこんなにも平然としていられるのか。
「どうしたんだ、ナナシ!?タクミが心配じゃないのか?」
(心配?くくっ。何でワイが道具を心配せなあかんねん)
ふん、そうだ。あの少年は利用するだけの存在なのだ。無鉄砲で、捻くれ者で。いつも自分を無下にするのだ。そんな奴を心配する必要など無い。
(それだけちゃう。ワイの考えと違うことしよるし、やる気ない面やし。しかも弱いし)
それなのに何かあれば真っ先に飛び出すのだ。そして持てる全てを使って立ち向かう。あの少年は何時だって―。
(何か仕出かすんや!どんな状況でもな!!)
彼に宿っているのは不屈の精神。そしてそれを見ている時、自分は確かに心が躍った。それを思えばあの少年が簡単に死ぬとは思えない。今頃どこかでまだ足掻こうとしているのだろう。
(…だからそんな奴心配する必要あらへんやろ)
思わず熱くなっていたのに気が付いたのか、そっぽを向くような、素知らぬといった声色だった。ヒカルはナナシを驚いたように見ていたが、やがて口に手を当て、くつくつと笑う。なんてことは無い。結局皆タクミが大切なのだ。それが分かれば何故か嬉しくなった。ふっ、と口元を緩め、
「わかった。じゃあ一緒に探そう」
ナナシを手に一気にガレ場を駆けあがる。タクミが死んでいるかもしれない?何を馬鹿な。あの捻くれ者がそんな運命に屈するものか。先ほどまでの疲れが、考えがまるで洗い流された様だ。ふと空を見れば厚い雲が途切れ、晴れ間が広がっていた。さぁ、行こう。この先にきっとタクミが待っている。そんな確信めいた予感があった。
一言で表すのならば、タクミは満身創痍だった。あれから幾度となく魔物との遭遇があった。その全てを逃げ、若しくは隠れてやり過ごし、とにかく戦うことを避けた。自分には最早何もないのだ。体力はもとより精神力も限界だった。
闇夜に紛れる様に、目につきにくい影に身を丸めた。夜の冷気が容赦なく体温を奪う。疲れと寒さからか、睡魔が襲い始めた。身を震わせながら必死にそれに抵抗する。今寝てしまえば確実に死ぬ。傍の岩に頭をぶつけた。痛みが睡魔を僅かに追い払う。
どこかで、がさりと音がした。怯えた様にそこを見るが闇の世界はそこまで見通せない。星月も雲に隠れ、その光が届くことも無い。
闇の中、たった一人。なんと心細いのか。情けねぇ。自分はここまで弱かったか。
少し前の自分を思い出す。
クラスメイトに合わしている自分。
手伝いと称し、表面上だけ付き合っていた自分。
クラスの輪を遠巻きに見下している自分。
その都度自分はこう思っていた。勝手に群れていろ、と。何故なら自分は一人で生きてきた。誰も迎えにきてくれないから強くなろうとしたのだ。
しかし今の自分はどうだ。孤独に打ち震えているではないか。
「…本当に情けないな」
何が勝手に群れていろ、だ。偉そうなこと言って何一つ強くなっていない。本当の強さとはヒカルの様な奴の事を言うのだろう。あの太陽の如き真直ぐな目で人を信じるからこそ、彼の周りには人が集まるのだ。それを疎ましくも思った。だが本当は、羨ましかった。ヒカルみたいになりたいと思った。
「…なれねぇよ」
俺は俺なのだ。ヒカルになれる訳も無い。だから彼の元を離れようとした。あぁ、そうか。自分はヒカルに着いて来てくれと言えなかったのではない。着いて来てほしく無かったのだ。一緒に居れば居るだけヒカルになれるものか、と現実を突き付けられる様で。
タクミは一人耐えながら、夜を越すのだった。
翌朝。タクミは重たい身体を引きずりながら山を下る。意識が朦朧としているのか、足取りに力なく、目もどこか虚ろだ。ふらふらと上がらない足が何かに躓き転んだ。ぜぇぜぇと呼吸が浅く激しい。なかなか立ち上がる事が出来ず、手間取りながらも何とか体を起こした。
その時真横から衝撃が走り、タクミの身体は弾むように転がった。感覚が鈍っているのか痛みが遅れてやって来た。影がタクミを覆う。見上げれば巨大な熊が彼を獲物と見定めている。グリズリーだ。もう逃げる体力も無い。こうなっては八方ふさがりだ。
―ここまでか。
何故か死に対する恐怖は無かった。すっと目を瞑る。走馬灯は走らないが、もう一度、皆に会いたいと思った。ナナシ。ロイン。シアー。そしてヒカル。
最後まで情けないな。タクミは笑った。その笑みは決して冷笑では無かった筈だ。身体から力を抜いていく。ここで終わり、それも止む無しか。
(捻くれ者が素直に運命受け入れてどないすんねん)
いつもの妙な関西弁が聞こえた。驚いたように目を見開けば、そこにはナナシの姿が。何故と思う間も無く、太陽の声が聞こえた。
「タクミ、大丈夫か!?」
声の方を見やり、タクミは絶句する。ありえない。いや、アイツならありえる。そう言う奴なのだ。だから彼は開口一番、
「…なんで来た。ヒカル」
言葉の端々に呆れが混ざっているのは気のせいではないだろう。それに気にすることなくヒカルはタクミの横に立つ。
「当たり前だろ。だって俺達は仲間、いや―」
―友達だろ。
眩い程の笑みだ。タクミは目を細め、
「…誰が友達だ」
「ハハ。その憎まれ口。本物のタクミだな」
むぐ。と口を噤む。横ではナナシがくくっと笑う。
(兄さん。一本取られたな)
「うるせ」
まったくこのお節介め。ナナシを支えによろよろと立ち上がる。その目には光が蘇っていた。
「大丈夫、なのか?」
「お前等のせいで大人しく諦める気が無くなった」
どうしてくれる。と恨みがましい目でヒカルを見やる。ヒカルは笑いながらも目前のグリズリーに剣を構える。
「さぁ、積もる話は後だ」
言いたいことはたくさんある。だけど全ては―。
「帰ってからにしよう」
活動報告も書きました。よろしければそちらもどうぞ~




