9話 ~一心教の巫女と侍女~
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「…という訳で、俺は神の座って場所を目指してるんだ」
ヒカルの家の応接間。卓を囲むように三人が座る。その中央には地図が。しかしどこを見ても神の座などという場所は記載されていない。
「神の座…。聞いたことが無いな」
ヒカルが隣に座るシアーにどうだと目配せするが、彼女も首を横に振るのみだ。
タクミは温くなったレモン水を飲み干し、やはり隣に立てかけたナナシを半眼で睨む。
「大体コイツが忘れてさえいなけりゃな」
あからさまにうんざりとした様子の声にナナシも不貞腐れたように、
(しゃあないやん。ワイかて忘れたくて忘れた訳ちゃうしな)
…ったく。茹だる様な暑さも相まってため息も大きくなる。
季節は夏真っ盛り。初夏の爽やかな気候も今では太陽の熱が飲み込んでしまった様だ。
はぁ。と卓に突っ伏すタクミにシアーはお行儀が悪いですよ。と嗜める。
タクミは起き上がりつつ何気なしに地図を見た。
―グレイス王国。自分がいるこの国は地図上ではとても小さい。周辺国はこの国の何倍も大きさだ。小国と列強諸国。友好国もあるのだろうが、ともすれば飲み込まれてしまいそうなこの国が、曲がりなりにも存在できるのはあの王の賜物か。
―まぁ、好きにはなれないけどな。
あの汚れた目が思い出された。それをかき消す様に頭を振る。
それよりも今は神の座をどう探すかだ。何か思いつくことがあるのだろうか。ヒカルが口に手を当てて考え込んでいた。
「なぁ、タクミ。その場所について知っている人がいるかも」
「何!?」
勢いよく立ち上がったせいで卓ががたりと揺れる。もう、ダメですよ。とシアーが眉を顰めた。
「どこだ、そこは!?」
「一心教の神殿だ」
一心教。数ある宗教の一つだが、他と違い唯一、神では無いものを信仰する宗教である。その教義はただ一つ。神の遺産を守れ。即ち―。
「人の命、心。生き方。神が最後に作ったもの。つまり自分も他人も大切にってことさ」
ヒカルの説明に頷くタクミ。あの後三人連れだって街外れまでやって来た。
「そしてここがその神殿だ」
そこはどこか不思議な場所だった。街の喧騒が離れたせいか、静寂な空気が凛と張りつめている。
(…これは)
ナナシも何か感じるものがあるのだろうか。口調が硬い。
「…こんな所があったなんてな」
白を基調とした佇まいがとても神々しく、入るのが憚られるくらいだ。
「どうしたタクミ?行くぞ」
ヒカルを先頭に門を潜り中庭を抜ける。途中ですれ違う誰もが白い法衣を纏っていた。
「ここには参拝者とかいないのか?」
「まぁ、教義が教義だしな」
大切にすべきは場所より、人ということだろうか。
そういうものか。と一人納得すれば、向こうから法衣を纏った老女が。それに気付いたヒカルが足早に彼女の下へ駆け寄った。
「お久しぶりです。神官長様。ヒカル・グレイスです」
「あらまぁ。お久しぶりですねヒカル様。今日は巫女様にお会いに?」
まぁ。と照れたように頬を掻くヒカル。恥ずかしいのか頬も赤い。そんな彼の姿に神官長は目を細めた。それは慈愛に満ちた眼差しだ。
「あの神官長様は私達が小さいころにとてもお世話になったんですよ」
タクミの横に並んだシアーが微笑みながら二人を見る。
「ご無沙汰しております。神官長様。シアー・グレイスです」
「あら。シアー様も。あちらの運営の方はどうですか?」
「はい。皆さま方の協力もあり順調です」
それは良かった。と微笑む。そしてタクミの方をちらりと見やり、
「して、そちらの殿方は?」
「あ、こちらはタクミさんと言います」
ただの居候です。頭を下げるタクミを見て、彼女はクスリと笑った。
「随分と捻くれたお方ね。まるで子供みたい」
微笑む神官長は優しくタクミの頭を撫でた。子供に対して行うようなそれに、む。とバツが悪そうな顔をする。
それではと一礼し去って行く神官長を見送ると、
(ホンマに兄さんは子供みたいやなぁ)
「うるせ」
(まぁ子供言うてもヒカルみたいに素直やったら可愛げあるけど)
くくっと喉を鳴らすナナシを半眼で睨むが、当のナナシは気にしない。
(これを機に素直になったらどうや?ワイに対してごめんなさい言えるくらいに)
「…そうだな」
ナナシを掴むといつもの様に振りかぶり、
(え、ちょ…)
ナナシが危機を覚えるも時すでに遅し。
「手が滑った!ごめんな!」
(あ~…)
思い切り窓の外にブン投げられた。ナナシの声が小さく消えていくのを確認して、
「さて、行くか」
「ちょ、タクミ。お前!」
「ダメですよ!ここはお家じゃないのに!!」
珍しくヒカルとシアーに叱られるのだった。
(あいたたた。相変わらず酷いことしよるで)
神殿の中庭。そこに打ち捨てられたようにナナシが転がっていた。
(しかしここは、なんか気になるな)
正確にはこの神殿では無く、ここに入ってから感じる妙な気配。常に誰かに見られている気がするのだ。しかしそこに敵意や殺意など感じない。むしろ―。
「ふふ。随分懐かしい声がしますね」
芝生を踏み分ける音と共に掛けられたその声の主は。
(お前は―!?)
神殿の最奥部。神を模したであろう三体の像に一人の女性が祈る様に手を組み佇む。まるで絵画か、彫刻か。それだけこの場の空気がさらに精錬されている様ではないか。
薄く目を開け、静かに立ち上がると後ろへ振り返った。肩まで切り揃えられた絹の様な髪が小さく靡く。
「待たせたわね。今日はどうしたの、ヒカル?」
すでに気付いていたのか、驚きは無い。抑揚の低い声に動作一つとっても清廉だ。清廉すぎて近寄り難いが。
「久しぶりだね。ユーリ」
それを気にすることなく、気ままに挨拶をするヒカルの目は僅かに嬉しそうだ。
「ご無沙汰しています。姉さま」
「あら。シアーもいるのね」
ユーリの少し吊り上がった目が二人を見つめた。その目が僅かに細まったのは二人に会えた喜び故か。
「私が渡した錫杖。大切に使ってくれているみたいね」
「はい!」
喜色満面。頬を染めた笑みで頷くシアー。彼女に会えたのがよほど嬉しかったみたいだ。
「そして、あなたが―」
静かな動きでタクミに対面した。その目は水面の無い湖面のようで。
「なん…だよ?」
全てを見透かされている様だ。ヒカル達のそれとまた違った不思議な輝きに思わず目を逸らしてしまう。そう。と一人納得したように頷くユーリに疑問符が浮かぶ。
「ふふ。私はユーリ・ローグよ」
タクミの横を通り抜ける時だ。彼にのみ聞こえる小さな声でこう言った。
―臆病者、と。
「なんなんだアイツは?」
神殿の一室に通されたタクミが不満気に椅子にもたれかかる。ユーリはまだ勤めがあるという事でこの場所に案内されたのだ。
誰が臆病者だ。と、不機嫌そうなタクミにヒカルは眉を下げ、
「まぁまぁ。ユーリに悪気はないんだよ」
彼女の言動を擁護するが、悪気が無い奴はそもそもそんなこと言わない。その言葉を飲み込み、半眼でヒカルを睨む。
「そういや、アイツとお前らってどんな関係だ?」
シアーは姉と呼んでいたが、少なくとも姉妹ではないだろう。
「えっと…私達とユーリ姉さまは幼馴染なんですよ」
昔を懐かしむ様な口調だ。開け放たれていた窓からそよ風が舞い込んだ。彼女は外を見た。上空は風があるのか雲がゆっくりと流れていく。
「まだ私達が幼かった頃、近所に住んでいたのが姉さまです。三人で共に過ごしてきました。母さまが亡くなる五年ほど前でしょうか。姉さまが一心教の巫女として神殿に入殿されました」
その関係が今も続いていると。珍しく饒舌に語る彼女の表情はやけに明るい。
「そうなのか。じゃああの家には昔から住んでいた訳じゃないのか」
「はい。えっと、その―」
シアーの顔が伏せられた。何か言い難いことでもあるのだろう。
「父と母は別々に暮らしていまして…」
私達も何故そうなったのか知らされてなくて。力なく語る彼女の表情は髪に隠れ読めない。ただ母はいつも父を悪く言うことはありませんでしたよ。顔を上げ僅かに嬉しそうに語る彼女はもういない母を誇る様だ。
何処にでもある話だ。タクミはつまらなそうに鼻を鳴らす。結局世界が変わろうが、人の心まで変わらないのだ。
その時、ドアの向こうから声が聞こえた。失礼します。と静かに開けられたドアからユーリと侍女と思わしき人物が。その彼女とタクミの目が合い―。
「っ!!?」
凄まじい重圧がタクミを襲った。この感覚はいつかバーナへ行く前に見舞われたものと同じものだ。
顔から一気に血の気が引き、悪寒が止まらない。手は震え否応なしに死を覚悟させられる。
―だが。
このままでたまるか。震える手を無理矢理に握りこんだ。卓上の花瓶を取り、侍女に向けて投げつけ―。
(やめぇ!!こいつは敵やない!!)
ナナシの制止する声が響いた。見れば彼女の手にナナシが握られているではないか。
どういうことだと思いもう一度彼女を見ると、
「ふふ。驚かせてしまった様ですね」
申し訳ありません。頭を下げると同時、重圧が消え去った。
息を切らせ、力なく椅子に座り込むタクミに、具合が悪くなったと思ったかシアーが慌てて傍に駆け寄るのだった。
「―神の座?」
「あぁ。ユーリは何か知っては無いか?」
神の座。もう一度口の中で転がすように呟いた。ふとタクミと目が合った。彼の目は警戒心も露わとなっている。気付かれない様にクスリと笑う。
「…私は何も知らされてはいないわ。ツクヨミ様は如何ですか?」
ユーリが首を振り隣に座る侍女に問いかけた。その言葉使いは侍女に対してのそれではないが。
「いえ、私も存じ上げません」
すみません。と丁寧に頭を下げるツクヨミにヒカルは慌ててとんでもない。と手を振り、
「すまかったタクミ。俺の心当たりは外れたみたいだ」
「…いや、気にするな。収穫はあった」
首を傾げるヒカルを横目に一息でレモン水を飲み干す。そしてその視線は二人を捉えていた。
―その後、しばらくは昔話に花が咲いた。
「―ヒカルもシアーも昔からこうだったわ」
そうだったか。照れくさそうに鼻を掻くヒカルに頬を僅かに赤らめるシアー。
「でも姉さまも変わりませんよ」
昔から私達を後ろから見守って下さいました。口に手を当て小さく微笑むシアーは、横に座るタクミにも話を振る。
「そういえばタクミさんの子供のころはどうでしたか?」
「ガキの頃、ねぇ…」
再び注がれたレモン水に映る自分の顔を見る。小さく水面が揺れた。波紋に乗る様に思い出される自分の過去―。
施設で育ったこと。今の親に引き取られたこと。その関係も結局はぎこちないままだったということ。
「…今と同じだ。何も変わってねぇや」
表情の消えたタクミが誰にともなくポツリと言う。
「あ、そういえば―」
ヒカルが思い出したかのように手を打ち、さりげなく話をすり替えた。穏やかな歓談は続いていく。横目でヒカルと目が合えば、彼の口角が少し上がった。気にするなという様に。
―ったく。コイツのお人好しには勝てそうにない。
日も傾き始めた頃、神殿の入り口に彼らはいた。
「じゃあ今日はお世話になりました」
「久しぶりに姉さまに会えて楽しかったです」
「えぇ、私もよ。皆気を付けて」
帰宅の途に就き始めて少し経った頃だ。
「…すまん。忘れ物だ」
不意にタクミが声を上げ、踵を返した。
「どうした?」
「悪い。先に帰っていてくれ」
引き留める間もなく、来た道を走り去るタクミを二人は呆然と見送るのだった。数分後には神殿の入り口まで戻ってきたタクミを待つようにそこにユーリとツクヨミがいた。
「あら。やっぱり来たのね」
「あぁ。話を聞かせて貰うぞ」
ツクヨミの案内で先ほどと違う一室へ案内された。人目に付きにくい部屋だ。簡易に作られた卓を囲む。
「さて。では何からお話ししましょうか?」
「決まってる。神の座の場所だ」
タクミは確信していた。この二人は神の座を知っていると。先ほどのやり取りを思い出す。
―私は何も知らされていないわ―
その言葉はつまり、その事を知る人間が近くにいるということだ。そしてそれが誰なのか。
「―アンタ。神の座を知っているんだろ」
ツクヨミを睨む。ユーリはあの言葉の後この女に伺いを立てた。そしてあの重圧と、極めつけはナナシが知っている。さらに言えば彼女は当然の様にナナシをタクミに返した。自分がナナシを持ったとこなど見たことも無いはずなのに。
「はい。その前にまず私の話を少し」
ツクヨミは卓の上で手を組み遠くを見る。そしてポツリと話し出した。
「私はあなたの言うナナシと同じ神たる存在でした―」
―かつて神話の時代。ナナシが封印される前の話だ。ナナシを含めた三神はこの世界を創造し、様々な神々をも生み出した。
その中でも最古とされる神の一柱がツクヨミだった。
彼等は繁栄を極める様に魔物、エルフ、ドワーフといった様々な種族を生み出し、最後に人を生んだ。その種族たちは時に争い、協力し発展と滅亡を繰り返していった。その時々に神に争いを挑んだ者達もいたが。
そしてそれは起こった。最高神ともいえる三神が争いを始めたのだ。その神々の争いは世界を滅ぼす寸前までなったのだ。
「争いの理由は私にもわかりません。彼なら知っているかもしれませんが」
ツクヨミが卓上に置かれたナナシを見る。中央の宝玉が僅かに煌めいた。
(もうワイも忘れたわ)
或いは封印が記憶にも影響しているのではないか。ナナシはいつも大事なことを覚えていない。あまりにも都合が良すぎるのだ。つまらなそうに吐き捨てるナナシにタクミはそう思う。
そしてナナシは敗北し、杖に封印されこの世界から追放されたのだ。
「その後彼に味方した神々は尽く討たれるか封印されました」
中立として争いを避けていたツクヨミは、やがて神の位を捨てることを決めた。同じ神々が争う姿に嫌気がさしたのだ。
定命の人―それでも永劫と呼べる時間だが―として時と世界を巡り、今この場所に流れ着いたという訳だ。
「神だったアンタは神の座を知るって訳か」
「はい。そして―」
何かを言いかけ、ツクヨミは目を伏せた。その仕草にタクミは首を捻り、ナナシは心中で溜息を吐く。
―この女は相変わらずやの。
思い起こされるのは先ほどの再会だ―。
「―あら、随分懐かしい声がしますね」
(お前は―!?)
「お久しぶりですね。ナームルス」
ナナシの横に静かに腰を下ろす。一つに纏めた長い髪が揺れた。そっと彼女の手が大切そうにナナシへ触れる。過ぎ去った日を思い懐かしむ様に。ナナシはそういうことか。と何かを察した様子だ。
(お前がアイツとワイを召喚したんやな)
「えぇ。正確には貴方と彼、ですが」
これで合点がいった。自分は誰かがタクミを異邦者として召喚し、それに自分が巻き込まれたと思っていたが、自分の召喚に彼が着いてきたのだ。道理で、聖なる御業が無い訳だ。
申し訳ありません。と頭を下げる彼女の肩は震えていた。まるで自分のしたことを後悔するように。
(何を謝っとんねん。ワイをこの世界に戻したんや。そこは感謝しといたる)
「ですが、あの少年は…」
(なんや。人間に対して悪いとでも思ってるんか)
侮蔑する様な口調に彼女はぐっと唇を噛みしめた。
その様子を見て鼻で笑うナナシ。人間など利用すればよいだけの存在なのだ。そう嘯くナナシだが、不意にタクミがこの事を知ればどうなるかと、思ってしまった。いつも通り捻くれた態度で許すか、或いは決別になるか。それを思うこと自体愚かなのだ。不愉快そうにナナシは舌打ちをし、彼女は悲しそうな目でその様子を見た。
「あなたはまだ…」
(黙れ―)
剣呑な空気を纏いナナシが続きを制止する。やがてそんな自分に呆れたのか、いつもの口調に戻って、まぁいいわ。と呟く。
「…えぇ。ですがいつか彼には償いをします」
自分のしたことが余程間違っていると感じているのか、その表情は何か覚悟を決めた様に思えた。だからだろうか、
(相変わらず固いのぅ。もっと楽に考ぇ)
そんな言葉が出たのは。驚いたようにナナシを見るツクヨミだが、ナナシ自身も驚いていた。何故自分がこの様なこと言うのか。
―イカン。アイツに毒されてきたか。
ぬぅ。と悩む様なナナシをそっと手に持ち上げた。
「あなたは少し変わりましたね。いえ、戻ったというべきでしょうか」
ツクヨミがその手でナナシを撫でた。その儚げな眼差しを見てナナシは思い出す。
―あぁ。コイツは昔からこうやった。
誰にでもその慈愛を持って接し、何時しか彼女は慈愛の神とまで呼ばれたものだ。そんな彼女だったからこそあの戦いには最後まで関わらなかったのだ。そして今、争いを嫌うこの女がそれを曲げてまで自分をこの世界へ戻した。それはこの世界に再び神の争いを起こすということだ。それはこの女にとってどれほどの痛みか。だとすれば―。
(あの阿呆共が何か謀りだしたか?)
「はい。それが何かまでは分かりませんが」
なるほど。至高神であるあの二柱を相手に出来るのは、同じく至高神である自分のみ。ならば一刻も早く神の座へ向かうべきだ。幸いにも器の候補であるタクミもいるのだから。
面白い。とナナシは笑う。彼女はただ悲しげに見るだけだった―。
「―私があなた達を召喚しました」
彼女の声は静まり返った空間やけに響いた。タクミは何か言おうとするが、何も言えない。ただ息を飲むだけだ。
「本当に申し訳ありません」
椅子から立ち上がり頭を下げるツクヨミは土下座せんとばかりの勢いだ。だがタクミも許せるなどとはとても言えない。今までの旅で下手をすれば死ぬ可能性すらあったのだから。
結局タクミは、一人にしてくれ。と言うのが精一杯だった。
(なんや。まだ苛ついてんのかいな)
「うるせ」
誰もいなくなった一室で不機嫌そうに腕を組む。くそ。口の中で小さく悪態をつく。自分を利用した奴にはいつか礼をしようと思ってはいた。だがその相手が女なのだ。しかもあのように謝られてはやり場所の無い苛立ちだけが募るのだ。
(あの女に嘘は無いわ)
「よく分かるな」
(まぁな。付き合いもそれなりに長かったしな)
いつもは軽薄なナナシの言動だが、不思議とその言葉は真実を語っている様な気がした。それは昔を懐かしむような声色だったからか。
―仕方が無い。礼はどこかで返そう。
苛立ちを吹っ切る様に椅子から立ち上り、部屋を後にした。
神殿の外はすでに日は暮れ辺りは宵闇の暗さが支配しだす。蓄光石の僅かな明かりのみが三人を照らし出す。
「いい加減何か言ったらどう?」
難しい顔をしているタクミを促すようにユーリが、ほら。と助け船を出す。こうして今や四半刻も回ろうというのだ。
タクミは仕方なし、とばかりに溜息一つ。
「―俺はアンタを許したくはない」
ツクヨミの肩がビクリと震えた。でも。とタクミの声が続く。
「―もう少し気楽に考えてもいいんじゃないか?」
タクミのそんな言葉に、え?とツクヨミが顔を上げる。タクミはどこか気恥ずかしそうに頭を掻きながら、
「いや、アンタが何を企んでいるのか知らないけど―」
―それなら抗うだけだしな。
目を逸らしながら、我ながら甘い。と苦い顔で腕を組む。少し前の自分なら絶対に許していなかった。たとえ相手が誰であろうと。
そんな自身の変化に苦笑する。ヒカルのせいだろうか。
ツクヨミの胸にタクミの不器用な言葉が響く。それは暖かく、そして痛みを持つ。
「…ありがとうございます」
ツクヨミは見た。捻くれ者の斜に構えたその姿。何処か懐かしい姿と重なり―。
「あなた達はよく似ていますね」
その言葉に同時に「げっ」(うっ)とうめき声が聞こえた。その姿がまたおかしくて。彼女は笑った。目尻の涙は笑い故か。
「約束しましょう。私は必ずあなた達の力になると」
ふと見上げれば星天。これなら道に迷う心配はなさそうだ。
活動報告書きました。




