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恋は罪悪【ノベル大賞最終落選作】  作者: 衍香 壮
第5章「人はカイライ」
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第46話「狂恋」

 *


「ここは……」


 肌寒さに身震いしながら体を起こす。車内であることを理解すれば、意識が一気に覚醒した。


「やば」


 シートが倒れているということは、新垣さんが倒してくれたのだろう。一夏さんが、あの人を〝優しい〟と言っていた意味が、今更ながら分かるような気がした。

 効きすぎるくらいの冷房に二の腕を摩る。Tシャツから覗いた腕は鳥肌が立っていた。と、運転席のドアが開く。そちらに目線を向ければ、乗り込んでくる新垣さんがいた。


「起きたか。腹減ってないか? おにぎりで良かったら食えよ。後ろの席にある」


「あ、ありがとうございます。って、もう夕方!?」


「七時になるとこだから、夜って言っても過言じゃないかもな」


「夜!? 連絡……」


「は、しといた」


「え?」


「お前の文面真似して息抜きに友達とご飯食べに行ってくるってな。


 寝れてなかったんだろ? 起こすのも悪いから寝かしといた」


「何から何まですみません……」


「一週間で随分老けたな」


「せめて扱けたとか、痩せたとか言ってください」


 文句を言いながらオニギリに齧り付く。咀嚼していれば目元を緩める彼がいた。


「言い返す元気があんなら大丈夫だ。喋れるうちは人間なんとかなる」


 昔を思い出しているのだろうか。遠くを見つめるような瞳は哀愁漂っていた。恐らく堕ちていた時期の一夏さんと比べてということなのだろう。


「煙草吸っていいか?」


「あ、はい」


 そう言った彼がライターと煙草を取り出す。煙草の先端を炙ると、燻っていた紫煙が伸びた。僅かに息を吸った彼が吐き出す。唇から漏れるそれは、煙草独特の臭気を発していた。


「煙草、吸うんですね」


「一夏の為にやめてたんだけどな。暫く口寂しくなるし」


「なんで一夏さんの為に?」


「アイツ、この匂い嫌いなんだよ。あと苦いだろ」


「苦いんですか? 煙が?」


「お前、キスしたことないの?」


 オニギリと共に言葉の意味を咀嚼し顔が熱くなる。暫し目を瞬いていた俺が紅潮したものだから、新垣さんが噴出していた。


「ないんだ?」


「ありますよ!」


「へぇ? 一夏のことは諦めて煙草吸う女と付き合ってみたら? 苦いの意味分かると思うぜ?」


「絶対、嫌です」


「お子様にアイツが落とせるとは思わないけど」


「いつまでも子供じゃありませんから」


「どうだか」


「もうキスしないでくださいね」


「しねぇよ」


「そうですか」


「したくてもできねぇしな」


 切なそうに吐き出した煙が透徹に浸透していく。煙草の火を消した彼は、暫く逡巡しているようだった。


「話してもいいか?」


「はい」


「俺、一夏がレイプされたことを警察に言ったんだ」


「聞きました。そして俺はストックホルム症候群だと言われました」


「スト……ああ、被害者が犯人に恋するとかいうアレか」


「監禁中に恋してないんだから該当しないですよね」


「そもそもアレ監禁かといえば怪しいけどな」


「軟禁でした」


「まぁ、適応されんなら間違いなく監禁罪だけど」


「まぁ、そうですね」


「監禁罪ってな。被害者が監禁されてる自覚無くても適応されんだって」


「へぇ」


「ストックホルム症候群はねぇな」


「話が、あちこち飛びますね」


「だって、そうだろ。誰がどう考えても違う。刑事は俺達に嘘の証言をさせたいんだ」


「どうしてですか?」


「さぁな」


「さぁなって……」


「計画性があったことは、もう覆せない。だから情状酌量の余地があることを目一杯アピールすることにした。だから……一夏には悪いが明るみに出させて貰った」


「恨まれますよ」


「愛憎なんて願ったり叶ったりだよ。例え何も出来なくなっても、俺が迎えに行って、養ってやるんだから」


 自嘲する彼は、強い眼差しで未来を見据えていた。


「なんでそこまで出来るんですか?」


「さぁ、自分でもよく分かんないよ。けど、それが好きってことなんだろうな。無条件で何でもしたくなる。俺は他人に興味がないぶん、分散される筈の愛情が好きな奴にのみ注がれるんだと思う」


「好きになるキッカケとかあったんですか?」


「覚えてねぇよ。気付いたら好きになってて、気付いたら一緒にいた」


 シートに踏ん反り返った彼が、面倒くさそうに言葉を連ねる。未だ残る煙草の匂いは空気中を浮遊していた。

 傾いた陽が山脈に身を隠す。藍色の空には月が姿を現していた。

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