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恋は罪悪【ノベル大賞最終落選作】  作者: 衍香 壮
第5章「人はカイライ」
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第45話「下恋」

「待たせた。レジが混んでてさ」


「大丈夫です」


「ほらコレ」


 手渡されたのはブラックコーヒー。結露の雫が掌を濡らし、冷ややかさが肌を撫ぜた。


「ありがとうございます」


 ブラックは飲めないんだけどな。なんて胸中で零しながら蓋を開ける。


「いただきます」


「ああ」


 同じものを取り出した彼は一口嚥下すると溜息を吐いた。


「走ってもいいか?」


「はい」


「続きを」


「はい」


 返事をしてからコーヒーで喉を潤す。眉を寄せる俺に、彼は気付いていない。ほっと胸を撫で下ろしてから、もう一口コーヒーを嚥下した。

 口腔に広がるのは苦味のみで、今の俺の心情を表しているかのようだ。後からくる酸味は、まさに大人の味である。


「父は終わるのを只管待っていたようです。そして夏休み明け、一夏さんが退学したことを知りました。それをずっと後悔していて、謝りたいと思っていたそうです」


「だから同窓会に呼んで謝罪を述べた、と?」


「……はい」


「それで赦されると思ってたのか?」


「いいえ」


「良かったよ。少しはまともなお頭で」


「だからこそ、柔らかい態度の一夏さんに驚いたそうです。そしてワインを掛けられて現実に引き戻された」


 父の感情を唇でなぞる度、俺があの人の息子だということを実感する。将来、父のようになりそうで怖かった。


「復讐されるのはいつだろう。いつ一夏さんが来るだろう。何年か経って忘れかけていた時、俺と一夏さんが一緒に居るところに遭遇した」


「それで焦り出したと?」


「はい。それからは新垣さんが、ご存知の通りです」


「虫唾が走るな。そんなことを今更弁解されたところで奴の罪は消えない! アイツは一夏を傷付けたレイプ魔だ!」


「そうだと思います。けれど、一夏さんにも、新垣さんにも真実を知る権利はある。だからこそ、お伝えしようと思ったんです」


「……そもそもアイツは、何故そんな先輩と付き合いがあったんだ」


「父は顔が広かったようで……いえ、そんな先輩と付き合いのある自分をカッコイイと思っていたようですよ。ファッション感覚だったんでしょう」


「そんなことで……一夏は……!」


 怒りも一入。彼が怒りに任せてハンドルを叩けば、クラクションが鳴り響いた。それで僅かに冷静さを取り戻した新垣さんは、奥歯を噛みしめながら運転を続けていた。


「何事も〝そんなこと〟が引鉄なんでしょうね」


 だったらやめさせることも〝そんなこと〟で出来るのかもしれない。脳漿の片隅で、そんなことを考えながら窓越しの世界を眺める。一夏さんは、暫くこうやって景色を眺めることも出来ないのだろう。そう思えば胸が刺し込むように痛んだ。


「多分、父は一夏さんのことが好きだったんだと思います。きっと声を掛けたのは自分がヒーローになりたかったからで、イジメに加担したのもヒーローになれなかった鬱憤をぶつけただけなんでしょう。……あの人は臆病者です」


 ――俺と一緒のね。


 その一言は口に出さなかった。お互い無言のままドライブが続いていく。彼が落ち着くまで開口することはないだろう。そう思惟して、俺は車の揺れに身を任せながら瞼を下ろした。

 あの日から、ずっと眠れていない。また一夏さんの家で寝たいな、なんて思いながら、俺は微睡む世界に意識を溶かした。

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