第44話「恋情」
「……悪かった」
「え?」
「俺は、一夏に近付くお前が嫌いだった。お前を見る度、浅沼の姿がちらついて……お前が浅沼のような気がして……憎くて堪らなかった。でも〝犯罪者の子供が必ず犯罪者になるわけじゃない〟俺は今やっとそれが理解出来た気がするよ」
「新垣さん……」
「話が脱線したな。それで浅沼はなんて言ってたんだ」
「はい」
話が脱線していたことにも気付かなかったことに羞恥する。暫し逡巡するも、彼が続きを急かしてくることはなかった。
「つまり一夏さんがイジメられていることは、ある程度の人間が知っていたそうです。そして勿論、一夏さんを襲った奴も、ずっと前から彼女の存在を知っていた」
「待て。浅沼が唆したわけじゃないって言いたいのか?」
適当なコンビニの駐車場に車を止めた彼が目を剥いて訊ねてくる。彼を見据えたまま緩慢に頷けば、ハンドルに添えた腕に顔を埋めていた。
「話を持ち出したのは主犯格の男……先輩だったそうです。『お前のクラスでイジメられてるやつがいるんだって? ちょっとお灸を据えに行こうぜ』要約すると、そういう話だったみたいです」
「なんで止めなかった!?」
「怖かったんですよ。断ったら自分が暴行される。終業式の日、教室に居た一夏さんを見て『終わった』と思ったそうです。なんとか逃げてくれ、見張りを頼まれたドアの前で耳を塞ぎながら父は……」
「ふざけるな!!」
「新垣さん」
「……悪い。頭を冷やしてくる。何か飲みたい物とかあるか?」
「じゃあ、コーヒーを」
「分かった」
車を降りた彼がコンビニに吸い込まれていく。俺は、それを眺めながら唇を噛み締めた。
新垣さんの気持ちは分かる。女の腕力で、どう逃げろと言うんだ、とか。なんで助けてやらなかったんだ、とか。言いたいことは山ほどあるのだろう。俺も、あの日、家に戻されて父を問いただした際、この話をされて同じ言葉を父にぶつけた。
人として許せない。俺の好きな人に何をしてくれたんだ。渦巻く思いに責め立てたい気持ちで一杯になった。
けれども一番幻滅したのは尊敬していた父が、そんなことをしていたという事実。『自分がされて嫌なことは人にはするな』そう口を酸っぱくして繰り返していた父が罪を犯していたということだった。
清算しきれない感情は、未だ胸裏を蛇のように這いずり回っているし、父を責め立てる自身は最低かもしれないという思いもあった。
「父さんの気持ちも分かるんだ……」
今でこそ少し強くなれた俺だが、以前はどうしようない臆病者だった。きっと同じ状況なら、自分じゃなくて他人を犠牲にするのだろう。そして、ずっと後悔しながら生きるのだ。あの時こうしていれば、ああしていたら。〝たられば話〟に沈溺して、人に流されながら生き続ける。
けれど父には、そうであって欲しくなかった。子供に正しさを説くのなら、迷いのない、間違いのない人生を生きていて欲しかったのだ。
コレがエゴだというのは分かりきっている。俺が父親像を押し付けているのだ、と。けれども、尊敬していたぶん、落胆が心の内を占拠してしまう。この感情の処理の仕方を、俺は未だに見つけられないでいた。




