第42話「恋路」
「新垣さん」
「なんだ」
「本当かどうか分からない話をしていいですか?」
「意味が分からない。言いたいことはハッキリ言え」
相変わらずぶっきらぼうな言い方をする人だ。けれども、遠慮のない口吻は有り難い。此方も躊躇わなくていいと思えたから。
「父は……一夏さんを、あんな目に合わせるつもりはなかったそうです」
「はっ! あんなことをしといてよく言うな!」
「ちょっ……!? 乱暴な運転しないでください!」
「悪いな。変な車がいた」
「嘘吐かないでください」
「そっちこそ、くだらない話をするなら舌噛ませるぞ」
「じゃあやめます?」
右にウィンカーを出し、反動を付けて曲がる。傾いた身体を制し、俺は苦言を呈した。
「話せ」
「一夏さんは高校の時から、あんな感じだったんですよね?」
「そうだな。今よりずっと幼かったけど、同じ年の奴らと比べれば大人びていて綺麗だった。まぁ今は変わらなさ過ぎて逆に若く見えるけどな」
「美人って敬遠される傾向ありますよね」
「一夏みたいな顔つきは誤解されやすいだろうな。元々アイツは気が強い」
「俺も初めは正直怖かったです。言動は此方の気持ちを顧みないし、顰めっ面だし、でも笑うと可愛かった」
「何が言いたい?」
「父さんが言っていました。表立った人気じゃなかったけど、一夏さんは美人で有名だった、と」
続きを急かすように新垣さんが黙り込んだ。
「だからイジメられた時も全学年にすぐ伝わったそうです。目立つから」
「アイツのは凄惨だったよ。証拠さえ残しておけば傷害罪で訴えることが出来るくらいな。
痣、打撲、擦り傷……シャツの下は拷問でもされたかのように、いつも傷だらけだった。顏だけは、いつも綺麗だから気付けなかったんだ。夏でも長袖を着てることを疑問に思わなかったら、多分、俺は一生気付けなかったと思う」
段々と強くなる語調に憤りを感じる。強くハンドルを握る様に当時の悔恨が伺えた。
彼だってもっと早く助けたかったのだろう。身体の傷は治るが、心に負った傷は治らない。今でも復讐の炎を燃やすほど根深いものなのだ。
「一夏だから助けを求めることが出来なかったんだと思う。他の奴なら、もっと早く友人なり親なりに言えたんだろう。でもアイツは甘えることを知らずに育った。甘やかして、甘やかして、甘やかして、やっと甘えてもいいか? って訊ねてくるような奴だ。それを知っていたのに、俺は自分のことで手一杯で……一夏が本当に苦しんでいる時に助けてやれなかった」
「そんなことないですよ」
「適当なことを言うな」
「一夏さんが言っていたんです。新垣さんは一番辛い時に一緒に居てくれたって。だから突き放せないんだって。それを聞いた俺が、どう思ったか分かります? 羨ましいって思ったんですよ。
多分、一生、一夏さんにとって新垣さんはヒーローなんだと思います。悔しいけど。新垣さんがそんな風に思ってたら、一夏さんが辛いと思いますよ」
「一夏が言ってたのか?」
「はい」
「そうか……俺は少しでも助けることが出来てたんだな……」
「はい。それに〝一夏さんだから〟ってことは無いんだと思います」
「何がだ?」
「俺のクラスにもイジメられていた女子生徒がいました。一夏さんと違って特別美人とか、そういう感じじゃないんですけど、普通の子だったと思います。原因は俺にも分かりません。でも、ある日を境に女子から……主にリーダー各の女子から嫌がらせを受けるようになりました」
「それで?」
「一夏さんの時と違うのは、彼女をイジメていた人がリーダー各のグループのみだという点です。そして一夏さんの時と違って、その子は暴力らしい暴力は受けていませんでした。たまに胸倉を掴まれて脅されたり、頭を叩かれたりはしてたみたいですけど、主には〝暴言〟が多かったと思います」
「時代、なんだろうな。俺達の時は〝不良〟って感じの奴らが、うじゃうじゃいた。力に逆らえない奴らは、そういうのにイジメられたり従ったり……兎に角なにをするにも〝暴力〟が主だったように思う」
そうなのか、と目を伏せながら胸裏で納得の言葉を紡ぐ。車内には重苦しい空気が流れていた。




