第35話「堕罪」
しかし足を運んだ先に待っていたのは、醜い人間が食事会をしているだけの光景。立食形式だった為、各々仲の良かった友人と会話に花を咲かせていた。
ワイン片手に壁の花を決め込むも、誰一人、話し掛けてくることはない。それもその筈だ、と、ゆっくり辺りを見渡すも、高校生の頃の面影が残っているのは僅かだった。
聞こえてくる会話は結婚、子供、仕事。どれもお互いに見栄を張ったような紛い物ばかり。子供がいるという人達は豚のように膨れ、かつてセーラー服を纏っていたとは思えないほど老けていた。
昔、格好いいと持て囃されていた男は頭頂部が薄くなっているし、根暗なオタクはオタクのまま。とても快活に生きているようには見えなかった。
三〇代に差し掛かったとて、そんなに容姿が変わるものなのだろうか。どの人間も私より幸せそうには見えない。その事実を知れただけで殺意は既に霧散していた。
むしろ今迄、引き摺っていたのが馬鹿らしく思える。あの頃は教室内の地位が全てだったが、社会に出たらどうでもいいことに変わるのだ。あの時、のさばっていた者が世間でも、そうしていられるわけではない。それに気付けただけで儲けものだった。
浅沼は来ないようだし、もういいだろう。呑み終えたワイングラスをテーブルの隅に置いた時、声を掛けられた。
「一夏?」
「浅沼」
「元気?」
幾許か歳をとったものの、高校生の頃の面影が伺える。おずおず、といったように言葉を紡ぐものだから、少し話をしてやろうかという気分になった。
あんなことをしておきながら、ぬけぬけと話し掛けられるのだ。頭がおかしいとしか思えない。
「それなりに」
笑みを混ぜて答えたことで、彼が安堵の息を漏らす。新しいワインを手に取って、私達は壁際に移動した。
「一夏が来てくれるとは思ってなかったよ」
「お知らせは浅沼が?」
「ああ。ずっと謝りたいと思ってたから……」
謝りたい? 彼の言葉に腸が煮えくり返る。謝っただけで許されると思っていることが腹立たしくて堪らなかった。
「なんのこと?」
「俺……本当に酷いことをしたと思ってる。申し訳なかった」
腰を九〇度に折り曲げた彼が謝罪を告げる。ワインを掛けてやろうかと思ったが、彼が幸せでないことを確かめるまで、そうするわけにはいかなかった。
「頭を上げて」
「でも!」
「大丈夫だから」
私の声掛けに渋々といった感じに威儀を正す彼。それに微笑すれば、安堵したような表情を浮かべていた。
「本当に悪かった。一夏は今何を?」
「Webデザインかな。浅沼は?」
私が普通の人生を送れているとでも思っているのだろうか。一人で生活出来るようになるまで、どれほどの辛酸を舐めてきたか計り知れない。当たり前のことを訊くような口調が耳障りで堪らなかった。
「普通の会社員」
「結婚してるの?」
「ああ。息子がいる。十七の時の子供だから、もう中学生なんだ」
「なんでそんなに若い時に?」
「付き合ってた彼女を妊娠させちゃって。だから高校卒業してから必死に働いてたんだ」
「そう」
私はお前のせいで辞めたのに、その間ものうのうと生きてきたのか。奥歯を噛みしめ、あらゆる言葉を磨り潰す。この時点で彼に復讐することは決定事項となっていた。
それから私は適当に話を合わせながら、彼が学友達に連行されるまで情報を引き出し続けた。最大の功績は写真を見せて貰ったことだろう。お陰で私は難なく隼君を見つけることが出来たのだから。
そして、その日、私は浅沼にワインを掛け呪詛を直接吹き込んでやった。
――復讐してやる、と。




