第32話「浄罪」
夏が嫌いだ。汗ばむ身体。頬を伝う雫に混じる獣臭い汗。ガムテープが焦げる臭い。なにより教室内に充満していた精子独特の青臭さが、私に逃げることを許さなかった。
悍ましさしか感じない男の声は、蝉の音が混じることで現実を突き付ける。全てが終わった時、私は自身の心が音を立てて崩れていくのが分かった。
元来、私は強い人間では無かったように思う。けれども人間関係で心を擦り減らす度、自身を強い人間だと言い聞かせなければ生きていけなかった。
頼れる人間がいない。頼れる人間の作り方も分からない。伸ばした手で、どこを掴んでいいのか、どこに触れていいのか、私は何も分からなかった。
それがこのザマか、と自嘲を漏らす。行為の最中止まることの無かった涙は嘘のように鳴りを潜めていた。涸れてしまったかのように乾く双眸は、枯渇した心魂を表しているかのようだ。泣けない自分が壊れてしまったこと。穢れてしまったことを理解すれば、その場にはもういられなかった。
現実から逃避するべく走り出す。行くところのない私が向かう場所など自宅しか無かった。通行人には時折、不審な目を向けられたが気にしている余裕など無い。
震える手を制止ながら、私は家の鍵を開錠した。玄関の敷居を潜っても、鼓動は治まらない。私は、それをなんとしようと靴を脱ぎ捨て、風呂場へ向かった。
シャワーのコルクを捻り、頭から冷水を浴びる。心臓は未だ激しく主張を続けていた。
総て洗い流してしまいたかった。制服に染みついたアイツらの臭い、体液、気配、総てを無かったことにしたくて、そのまま呆然と座り込む。寒さを感じる余裕があることに驚きながらも、私はそのまま動かなかった。
カチカチと鳴る歯が限界を告げていても。尋常じゃないほど震える身体が警鐘を鳴らしていても。いっそこのまま死んでしまいたい、とさえ思っていた。
けれど、神様はそれを許してはくれないらしい。玄関のドアが施錠されていないことに違和感を覚えた伊澄が、凍える私を見つけてしまったから。それから彼は私の身体を温めながら、ゆっくり話を聞いてくれた。
私は苦しさのあまり抱いて欲しいと願ったが、彼がするのはいつだって口づけまで。理由を問えば、切なそうな貌で「好きになって欲しいから」と告げていた。
その瞬間、彼が私に優しくしてくれるのは好意からなのだ、と悟った。ならば記憶の上書きをして欲しいと頼んだが、彼を男として見れない私では願い下げらしい。結局、記憶が上書きされることは無かった。
それから暫く、私は自室に引き籠る。そしてそこに訪れる彼の手を借りながら、擦り減った精神を快復させていった。




