第26話「境界人」
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月曜日。夏休みまで、あと三日。俺は登校した。勿論〝イジメ〟を止める為である。
チカさんに褒められたい。そんな思いに囚われた俺は、操り人形のように相田さんを探していた。
昼休み。今日は何故か大人しかったイジメっ子のグループが消えた。呑気に昼食を摂っていた自身を罵りながら、心当たりのある場所を探る。女子トイレに入ることは出来なかったが、出入り口の様子を伺っていれば黒か白か判断出来た。
適当に嘘を吐きながら、目撃情報がないか聞き出していく。けれど誰もが口を揃えて「知らない」との言葉を繰り返した。無理もない。人は他人に無関心な生き物だ。俺は無関心ではいられなかったが、関心を示すことも出来なかった。それ即ち、無関心と表現しても相違ない。
最後の希望とばかりに屋上へ向かう。屋上は閉鎖されていたが、その手前、階段の踊り場で彼女らを見掛けたことがあったからだ。望みは薄いが、確かめに行く理由としては十分だった。
「……な……はは……!」
「ね……ふ……」
耳障りな笑声が鼓膜を突く。眉を顰め足音を忍ばせた俺は、そのままゆっくり階段を登って行った。
恐怖などない。チカさんに嫌われることより怖いことはなかった。だからこそなのだろう。自分でも驚くほど心は落ち着いていた。
「何してるの?」
「あ? 浅沼かよ」
「お前こそ何しにきたんだよ」
染髪した長い髪が痛みきっている。美しいとは言えない顔立ちを歪めた彼女らは、威嚇するように言葉を放ってきた。
「そういうの、もうやめない?」
「はぁ? なんなの突然」
リーダーの藤崎が眉を吊り上げ迫ってくる。俺も踊り場まで上がった為、距離はすぐに縮まった。目先にあるのは彼女の頭。鼻を突くような香水と整髪料の匂いが混ざり不快だった。
「相田さんをイジメるのやめたら? って言ったんだよ」
「今迄何も言ってこなかったくせになんなんだよ? ヒーロー気取りなわけ?」
「そうだよ。でもそれで相田さんが助かるならいいんじゃない?」
「はぁ?」
胸倉を掴まれ藤崎と顔が近付く。苦しさにもがいていれば身体が回転した。先程まで階段側に居た俺が踊り場の奥へ行く。藤崎は俺を壁へ押し付けようとしたようだが、それは不発に終わった。階段を背にしたまま苛立ちを露わにする彼女が、双眸に怒気を浮かべる。そのまま睨み合うも、口を閉ざした彼女が話すことはなかった。
「離してくれる? 苦しいんだけど?」
「はぁ? 誰に口きいてんだよ!? 根暗のくせによ!?」
「相田さん行って」
「え?」
「俺が話つけておくからさ。教室戻ってて」
「宮澤」
「分かってる」
恐らく逃げようとしたのだろう。相田さんに背を向けている為、様子は確認出来ないが藤崎が指示したことで彼女の行動がなんとなく分かった。
逃げようとした相田さんを阻止した宮澤が得意げに鼻を鳴らす。表情を確認せずとも間抜け面を晒しているだろうことが分かった。
「お前ウザいんだよ!?」
唾を飛ばす勢いで吠えた彼女に、俺は極点の氷のような眼差しを向けた。今迄の俺なら慄き身体を丸めていただろうが、今の俺には通用しない。その様に目を剥いた彼女は、少しばかり狼狽していた。
「だから?」
「はぁ?」
「こんなことして楽しい? 人間として稚拙だと思わないの?」
――春原。
藤崎の背後に春原が忍び寄る。足音一つ立てない彼は唇に人差し指を添えると目元を歪めた。
「藤崎! 危ない!」
「え? きゃああああ!?」
何が起きたのか分からなかった。春原が声を張った直後、胸元の苦しさから解放される。次の瞬間、けたたましい悲鳴が響き、藤崎が階下で頭から血を流していた。




