第19話「醜悪」
「なんかコレ実話らしいよ」
「え?」
「何年か前にあったストーカー? 監禁事件? とかのなんかじゃないかってネットで騒がれてんだよね」
「なにそれ……不謹慎過ぎない?」
「なんか未解決らしくて犯人の手記じゃないかって噂もあんだよ」
「それいいの?」
「いいわけないじゃん。だから真相を~ってので今流行ってんだよ。隼、何か知ってる?」
「どう考えても……」
「あははは! 見た? あの顏! 超傑作」
「ホントだよね~」
紡ごうとした言葉を遮られる。思わず肩を揺らし背後を仰ごうとすれば、春原に止められた。
「やめとけ。最近、刺激が足りないとかほざいてたからターゲットにされるぞ」
「……まだやってたの?」
「やめるわけないだろ」
「そうだけど……」
不満を吐き出すかのような口吻で言葉を返す。一瞬、不穏な空気が流れたものの、教室内はすぐに偽りの平和を取り戻した。
「ここからが本題」
「なに?」
「さっきの歌、見立て殺人が起きたらしい」
「え……?」
「イジメの主犯グループの一人がストーカーに殺されたみたい」
春原の言葉に背筋が粟立つ。目を瞠っていれば、真剣な表情から一転、破顔した彼が俺の額を小突いた。
「なんてな!」
「え!? 嘘!?」
「嘘に決まってんだろ」
「どっからが!?」
「見立て殺人のあたり」
「後半全部嘘じゃん!?」
「嘘に決まってんじゃーん、お前休んでる間ニュースの一つも見なかったわけ?」
「そもそもニュースとか、あんま見ないし」
「俺をほっぽった仕返しだよ」
「悪趣味」
「まぁ、あいつらの一人が怪我したってのは本当。なんか階段から突き落とされたとかで足骨折して入院してる」
「それって……」
「復讐の線を疑うだろ? ところが残念。そん時、相田は俺と委員会の仕事してたんだよねー」
「じゃあ誰が……」
「隼は誰だと思う? まぁ怪我した長沼も
、リーダーの藤崎も、腰巾着の宮澤も結構恨み買ってるからなー、そこんところ含めて学校側も大事にはしたくないみたい。現在進行形で相田は、あの通りだしね」
春原が目配せした方を見やると、体操服姿の相田さんが顔を伏せながら入室しているところだった。ホームルーム前の教室で体操服を纏っているのは彼女のみ。クラスメートは見て見ぬフリを徹底していたが、その姿は異質極まりなかった。
肩で揺らぐ髪が、しとどに濡れている。顔を隠し身を縮こせる様は、可哀想でならなかった。
「可哀想だよねー、トイレで水でも掛けられたかな。まだ夏で良かったね」
「そういう問題じゃ……!」
「その程度に収めときなよ。手出しても出さなくても拗れるもんなんだから。それに手出した日には隼が次のターゲットになるよ?」
言い返せなかった。彼の言っていることは正しい。けれども納得は出来なかった。
ずっと、ずっと迷っていたのだ。目の前で行われる凄惨なイジメは、見ているだけで胸が痛む。良心の呵責に耐え兼ね、俺は学校に行かないという選択肢に縋りついたのだから。けれども、チカさんの言ったことが脳内で幾度となく反芻された。
彼女が同じ立場なら、迷いなく相田さんを助けに行くのだろう。いや、彼女でなくとも勇気のある〝俺〟だったなら、既に行動していたのかもしれない。それでも、これはただの〝たられば話〟である。彼女はココにいないし、勇気のある〝俺〟なんてものも存在しなかった。
「隼」
「なに?」
「間違っても助けようなんて思うなよ。俺は友達が苦しむところを見たいわけじゃないからな」
下を向いた俺が首肯したとでも思ったのだろう。彼は予鈴が響くと同時に、俺の前から退散したのだった。




