第17話「悪計」
いけないことだとは分かっている。こんなこと間違っているのだと。それでも逸る心は止められず、俺は傀儡の如く二人を盗み見た。
彼の広い腕の中でチカさんが嬌声を呑み込んでいる。幾度となく角度を変え注がれる口付けを、苦し気に、それでも確かに甘受している彼女。逃げる腰を拘束した彼は、舌先を唇の間に滑り込ませ獣のように貪っていた。
卑猥に響く水音に鼓膜を侵される。彼女の表情は見えなかったが、想像するだけで身体が火照った。しかし、その貌は全て彼のものである。心を炙られたかのような悋気が渦巻く。今すぐ飛び出して引き裂いてやりたいのに、それが出来なかった。
まるで映画のワンシーンのようだ。彼が顔を傾ける度に揺れる長い前髪も、肌を滑る襟足も、時折瞬く双眸も、全てが〝愛しい〟と叫んでいた。
チカさんが好きだ、と。愛しい、と。願わくば喰べてしまいたい、と。
そんな彼の虹彩が俺を捉える。刹那、意地悪く歪んだ口端を俺は見逃さなかった。
「腰、砕けた?」
荒い呼気が室内を満たす。返答すらできない彼女の耳元で彼が更に何かを囁き、耳を染め上げていた。
そんなチカさんを慈しむように眺めた彼が頬と首筋に軽い口付けを落とす。そのまま横抱きにしたかと思えば、ソファへと下ろしていた。
次の瞬間、鬼のような形相で此方へ向かってくる。全部バレているのは分かっていたが、あまりの様相に俺は逃避したくなった。
「ほらよ」
胸元に押し付けられた鞄に息を呑む。彼を見上げれば、勝ち誇ったように鼻を鳴らしていた。
「どうだった?」
「え……」
「お子様にあんな表情させられるか、って聞いたの」
「なに言って……」
「アイツは俺のモンだ。触ったら殺す」
目が座っていた。そのまま逃げるように走り出し、家路を辿る。情けなさに落涙すれば、夜の静寂が更に涙腺を刺激した。
「笑っちゃう……」
笑えない。口に出した言葉とは裏腹に、心が、あらゆる感情を紡ぎ出す。喉で堰き止められた言葉が溢れることはない。その代わりとでも言いたげな真珠が、次から次へと零れ落ちた。
今の自分は悋気と焦燥と彼女への想いで酷く歪んだ貌をしている筈だ。それがとても情けなく思え、シャツの胸元を鷲掴む。この胸の痛みが病ならいいのに、とくだらないことを願った。
「馬鹿、だな。こんなことでチカさんへの気持ちを自覚するなんて……」
囁きが濃紺に溶け入る。宙を舞った言葉は、そうして跡形もなく消え失せた。




