第13話「悪気」
それでも僕は僕の為、やめるわけにはいかなかった。
殺してほしい。いっそのこと。
君に殺して貰えるのなら本望だと言えたから。
*
「確かに来ていいとは言ったけどね。隼君って図々しいんだね」
「すみません」
チカさんの家を訪れたのは先週のことだ。結局、学校に行く勇気のない俺は某所を彷徨い、この家の扉を叩いていた。
悪気など、けしてない。それでも在宅ワークの彼女に朝の九時は早朝に値するらしい。寝癖だらけの頭で俺を出迎える様に謝ざるを得なかった。
「はぁ……住人に見付かってないよね?」
「え?」
「見付かったら厄介でしょ? 真昼間から男子高校生を家に入れてたら通報されるっての」
たしかに。なんて溜飲を下げ蒼白する。先程の記憶を遡り「大丈夫だったよね?」と逡巡した。
「大丈夫……です。エレベーターも一人でしたし」
「ならいいけど。次から来る時は連絡して。あとせめて私服でお願い。学校行けとか、そういうことは親じゃないから言わないけど、面倒なのは御免だからね」
言葉は粗暴にも関わらず、俺の為にコーヒーを淹れてくれているチカさん。相変わらず珈琲豆を撒き散らしていたが、迷惑を掛けてしまったことを思えば注意する気にはなれなかった。
「あ、そういえば連絡先知らないわ」
チカさんの私語に素早く携帯を取り出す。その様を笑った彼女は「犬かよ」と言いながらスマートフォンを手に取った。
「名前、チカなんですね」
SNSのアイコンは四つ葉のクローバー。その横にはカタカナで〝チカ〟と綴られていた。
「なんだと思ってたの?」
「偽名かと」
「あだ名だから似たようなもんだけどね」
「本名はなんなんですか?」
「当てれたら正解って言ってあげる」
「どうしてそういう……」
「チカじゃダメなの? 私は隼君にとって〝チカ〟それじゃダメ?」
「ダメ……とかじゃ……」
しどろもどろに語る。ただ知りたいだけの俺には上手い言い訳が見出せなかった。
胸襟の問いを持て余しながらも、伝える術が見付からない。口を開くことすらしない俺は諦めが悪いくせに、諦めたがりの自身を恥じた。
「じゃあいいでしょ」
「……はい」
納得などしていない。それでも知らないふりをされたら文句一つ返せなかった。
ソファに座るように促され大人しく従う。彼女はパソコンの前の椅子に腰を下ろすと、俺に向かい合ってから足を組んだ。
「で?」
何が言いたいのか分からない。察しが悪いな、とでも言いたげに眉根を寄せる彼女は怖かった。
「学校に行きたくない理由は?」
「さっき学校に行けとは言わないって……」
「行けとは言ってない。でも、ここに置いてあげるなら、それを聞くくらいの権利はあると思うけど」
それもその通りである。けれども、これという理由がないから、代わり映えしない街をひた歩いていたのだ。俺は言い訳の一つも捻り出せない脳漿を恨まざるを得なかった。
「補導されなかったの?」
「されませんでした」
「運がいいな」
黙り込む俺にチカさんが訊ねてくる。彼女が独ると再び静寂が訪れた。
「楽しい?」
「何がですか?」
「黙ってて楽しい?」
「楽しいわけないじゃないですか」
「知ってる。隼君、人生主張しなきゃ何も始まらないのよ」
「分かってますよ。そんなこと……」
「分かってない」
「分かってます……分かってるから……」
「悩んでるんだ、って?」
鼻を明かしたとでも言いたげに彼女が顎を反る。輪郭をなぞるような顎のラインを手の甲で支え、肘掛に肘を附いた彼女は真摯な様相で俺を見つめてきた。




