第12話「人生」
「どいて、ください」
「ねぇ、私は質問してるんだけど?」
「悪ふざけは……!」
「だから、質問に答えたらどくって言ってんの。分からない?」
唇を撫でる吐息が生温い。俺の胸元に当たる柔らかな感触が、やおらに動く度息を呑んだ。
「どうしたんですか……?」
「質問してるのは私なんだけど?」
軽やかな声は、いつも通りの波長を辿っている。俺を揶揄ってはいない。目を見て分かるからこそ、狼狽した。
チカさんは何を抱えているのだろう。こんな風に俺を押し倒して、質問を投げかけて、何がしたいのか全く分からない。それでも頬を包み込む両手は、俺を解放してはくれなかった。
——私以外を見たらユルサナイ。
そう言外に伝えるかのように、俺の脳を固定し続けた。
「離してください」
「私は……!」
「何がしたいんですか!?」
張った声に彼女が怯む。その隙に無理矢理両手首を固定した。
「ちょ……!?」
「うじうじしたのが嫌いって言ったのはチカさんでしょ!?」
長い睫毛が数度瞬く。驚いた、とでも言いたげな強張る肩を慰めてやりたくなった。
「そんな大きい声も出るんだね」
「俺も驚きました」
「なにそれ」
「こっちの台詞ですよ。何がしたかったんですか?」
「なにが、したかったんだろうね……?」
自身に問い掛けるかのように、チカさんは虹彩を動揺で染め上げた。
刹那、俺の心臓が締め付けられる。迷子の子供にでもなってしまったかのような彼女に手を差し出したくなった。
「チカさん……?」
ささめきに身を任せ、手首の拘束を解く。そのまま頬を撫であげるも、彼女が表情を変えることはなかった。
「泣かないでください」
「泣いてないよ。おかしな子ね」
そう言いながら俺の身体から降り立った彼女は表情が見えないように顔を伏せる。どんな顔をしているのか確かめたくなったが、無理矢理顔を上向きにさせるわけにもいかなかった。
泣かせたいわけじゃない。泣かせたいわけじゃなかった。それでも、彼女は泣いたのだろう。
何が、そうさせたのかは分からない。けれども確かに、そうさせる何かが今のやりとりの中にあったのだ。思惟するも、俺はチカさんを理解することは出来なかった。
「あの……」
「なに?」
落涙の跡はない。潤んだ眼も、鼻を啜る音もない。けれども、彼女は泣いている気がした。恐らく胸裏で号哭しているのだ。その姿を見せて貰えたなら……そう思った自身に驚く。この気持ちに名前を付けてはいけない気がした。
「あ、ま、また来てもいいですか?」
「また来たいの?」
「はい」
「いいよ。隼君がそうしたいのなら」
「ありがとうございます……!」
やりとりなど、そんなものだ。終始気まずさを抱えた俺は、その後コーヒーを飲み干して帰宅したのだった。




