第11話「人間」
「私はね、隼君を責めるつもりはないよ」
意外な台詞だった。いつも正しく在ろうとする彼女らしからぬ言葉に違和感を覚える。
「正しく在りたいとは思う。正しく、素直に、我慢しないで、人に迷惑を掛けず……そんな風に生きたい。それでも私は間違わなかったわけじゃない。
間違ったことも、道から逸れたことも、死にたいと思ったときだってあった。それでも私はココに戻ってきた。間違った時にどうするか。間違わないようにする努力は勿論大切だけど、そっちの方が私には大切だと思う」
「励ましてくれてるんですか?」
「好きなように取ったらいいよ」
「じゃあ励ましてくれてるんだって思うことにします」
不器用な優しさ、ではない気がした。それでも彼女の真意に気付けるほど俺は大人では無い。ならば彼女の言葉に倣おう。何を隠そう紡ぎ人が好きに受け取れと言ったのだから。
「そういえばチカさんっていくつなんですか?」
「いくつに見える? 隼君の母親と同じくらい?」
「そんなわけないじゃないですか! いってても三〇くらいでしょう? 二十六とか?」
「女に三〇って……君、刺されるよ?」
「え」
「まぁ、いくつでもいいでしょ」
「気になります」
「本当に?」
「はい」
「そんなに?」
「はい」
少しずつ顔を近付けながら、言葉を交わし合う。このまま少し前かがみになれば口付けられそうだった。
「隼君って罪な男ね」
「なんですかそれ」
自身の邪な思考に思わず頬が熱くなる。躓きそうになる言葉を整えながら俺は彼女を見つめた。
「君にはまだ早いよ」
僅かな風が頬を撫でる。刹那、離れた顏は切なそうに歪んでいた。
「チカさん?」
「ねぇ、私と会って何回目か覚えてる?」
「三回目です」
「私のことどれくらい知ってる?」
「名前と……仕事だけです」
「隼君は警戒心ってものがないね」
「それはチカさんの方じゃないんですか? 男子高校生って一番危ないと思いますけど」
「心外ね。私が隼君を、どういう目的で連れて来たかも知らないくせに。もしかしたら監禁しちゃうかもよ?」
「しませんよ」
そもそも彼女が、そんなことをする理由が思い当たらない。俺は彼女の眼を、しかと見つめ意思を紡いだ。
「チカさんは、そんなことしません」
緘黙後、彼女が深く呼気を吐き出す。そのまま冷めきったコーヒーを喉に流し込んだチカさんは、乱暴にマグカップを置いた。小槌を叩くような物音に眉を顰める。「だから……」と開きかけた口は、彼女の顔が迫ってきたことで驚きに染まった。
「な、なんですか?」
「隼君、危ない人には付いていっちゃいけませんって習わなかった?」
チカさんの髪が頬を掠める。肩を押され吃驚のままソファに転がれば、彼女が俺の上に跨っていた。
彼女から見たら、俺は相当間抜けに映っていることだろう。泳ぐ黒目が動揺を顕著に表し、震える唇が凍えた口舌を放っていた。




