身悶える
「ママ…おなかへった」
仕事が休みで璃音と二人きりでのんびりと過ごしてたある日、昼前になって璃音が不意にそんなことを口にした。
「ママ…? え? 璃音、今、ママって言った?」
思わず訊き返した麗亜に、璃音は「うん、ママ」と応えた。
その瞬間、麗亜の顔が崩れる。破顔一笑というやつだった。
「うんうん、分かった。お昼にしようね…!」
そう言って彼女は、炊飯器を開けておにぎりを作り始めた。鮭のフレークを具にした、鮭おにぎりだった。
璃音には彼女に合わせて小さな、三分の一サイズのおにぎりを作った。まずは三個。それを小皿に乗せて璃音の前に出すと、さっそく手に取ってぱくぱくと食べ始めた。更に五個、同じような小さなおにぎりを作って小皿に乗せた。それから自分の分を作って、一緒に食べた。
『ママ…ママか…うん、ママなんだな、私』
ママと呼ばれたことがくすぐったいやら嬉しいやらで、「ん~」と声を上げながら麗亜は身悶えた。
「ママ、だいじょうぶ?」
心配そうな顔をしてそう訊いてくる璃音に、
「大丈夫! 大丈夫だよ、璃音。ママって呼んでくれたのがとっても嬉しかっただけ」
正直な気持ちだった。顔がにやけて止まらない。
『初めてママって呼ばれた時って、もうこんな感じなんだろうな』
「なに!? ズルいぞ麗亜! くそ~、私もママって呼ばれたい!」
午後、真尋から電話がかかってきたので『璃音がママって呼んでくれたの~』と体をくねくねさせながら麗亜は惚気た。すると真尋がそう返してきた。
と言っても、それはまあ真尋なりの祝福の意味も込められたものだったけれど。立場上、『ママ』になるのは麗亜だから、自分がそう呼ばれる可能性が決して高くないのは分かっていたのだ。でも。
「真尋ママ。こんにちは」
スマホを近付けられた璃音が、そう言った。
「うお~っ! すげぇ! すげぇ~!! 何という破壊力! ズキューンときたぞズキューンと!!」
『真尋ママ』と呼ばれた真尋が、スマホを手にしたまま床を転げまわる。嬉しくて興奮が抑えられなかったのだ。
「ぐわ~っ! こんなの子供が欲しくなるに決まってんじゃん! 子宮がうずくわ!! 旦那は要らんけど子供はほし~っ!!」
「って、さすがに下品だよ、真尋」
呆れてツッコむ麗亜にも、真尋の興奮は収まらなかった。
「いやいや、自分が女だってことをがっつり思い出されたって! いや~、こんなことってあるんだな~!」
という真尋の気持ちは、実は麗亜も分からなくはなかったのだった。




