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第二章 智花サプライズ6

 時は少し遡って、こちらはカジノ。

「クンクン。んん……金ヅルの匂いがコッチからするわね」

 狼とも狐とも言い難いひとりの獣人女性が、大きな亀の甲羅を背負って賑わう賭博場を歩きまわっていた。燃えるように赤い髪を靡かせ、艶やかなナイトドレスと振り撒く色香フェロモンに、初見の観光客たちが惑わされたのは言うまでもなく……

「おいおい。あの甲羅を背負うた獣人さん、エラいベッピンさんやないか」

「宇宙広しとは言え、あれほどの美女は見たことがない」

「是非、あのような淑女かたと一夜のゲームを楽しみたいものですな」

 ちょっと奇抜な風貌をしていても、美人と言うだけで許されてしまうのは、どこの星でも同じようである。……が、なぜか地元の常連客は阿鼻叫喚の声を上げながら逃げ惑っていた。遊戯中の台を放棄し、全力疾走で逃げだす者や、悲鳴をあげながら近くのゴミ箱に身を隠して震える者。それはまるで天敵から逃れる被食者のようだった。

「何でトキンがここに現れたんだ?」

「あんな疫病神に取り憑かれでもしたら、末代まで絞り尽くされちまう!」

 彼女の素性を知る者たちが恐々していた。だが事情を知らぬ観光客にとっては、その理由が分からなかったようで、こっそり逃げ出そうとする魚人男を捕まえてトキンのことを尋ねる。

「綺麗な淑女を前にして、どうしてあなた方は逃げるのですか?」

 首を傾げる観光客に、魚人男は涙目で口をパクパクさせる。

「あんさん、知らんのかぎょ? あのトキンに魅入られたら最後。すべての運を吸い取られてしまうぎょ! おまけに不当な利子で貸し付けると言うトンデモねぇ貧乏神なんぎょ! 悪いことは言わねぇ、あんさんもあんな女に関わって破産宣告を受ける前に、トットと逃げたほうが身のためぎょ!」

 そう忠告し、一目散に逃げ去る魚人男。その尋常でない様子に、観光客もコソコソとその場を離れていった。

「おかしいわねえ? 確か、このあたりから匂いがしたんだけど?」

 トキンはスロットコーナーで立ち止まり、獣の鼻と耳をヒクヒクと動かしながら、周囲を見渡し……そしてある方角を見定める。

「あら? あっちに移動したみたいね」

 ふふん。と笑みを浮かべながら、トキンはルーレットコーナーに歩き始めた。


「入れ入れ入れぇぇぇぇえっ!」

 ルーレットホイールの回転が止まり、銀色の球が仕切り枠の中にコトンと収まった。

「白猫の9。シバヤマダさまの総取りで御座います」

 同時にベット上に賭けられた大量のチップが長二郎の前へと押し寄せられた。その山のような配当に「うっしゃぁぁぁあっ!」とガッツポーズを決める長二郎。

「スロットやめて、コッチに来て正解だったな」

 ニコニコしながらルーレット越しに立つタヌキ獣人に、長二郎が感謝を込めて手を振る。それに対し、引きつった笑顔で応えるタヌキ獣人。どこからどう見ても、お互いの思惑がかみ合っていなかった。


 一時間ほど前のこと。

「お客さま。ずいぶんと調子が良さそうですねぇ」とタヌキ獣人が長二郎に声を掛けた。

「アンタ、誰よ?」

「これは失礼。わたくし、このカジノの総支配人をさせて頂いておりますクーポと言う者です」

「あ、そう。それで、そのお偉いさんが俺になんの用?」

「特にコレといった用は御座いません。総支配人として、お客様が楽しまれているかどうかを見て回っていただけでして。それで、いかがでしょうか? 楽しめておられますか?」

「あぁ。お陰でさまで当分の間、小遣いに不自由しなくて済みそうだぜ」

 すでに気分は成り上がりの億万長者だった。

「それは何よりですな」

 タヌキ顏の支配人は営業スマイルを崩すことなく、後ろに手を組んだまま積み上がった箱を数え、感嘆の声を漏らした。箱の数は優に五〇を超えており、他の客とは比較にならないほど稼いでいたからだ。

「お客さま、どうでしょう。もっと大きく儲けてみる気などは御座いませんか?」

 人当たりの良さそうな支配人に対し、長二郎は素っ気なく応えた。

「観光目的で遊びに来てっから、時間に左右される株や為替なんかはやらないぜ」

「株や為替のゲームは存じませんが、そんな凝ったシロモノでは御座いません。もっとシンプルなゲームです。ここにある配当金を元手に、次のゲームで、さらにお小遣いを増やしてみる気は御座いませんか?」

「そのゲームは俺でもできるのかい?」

「勿論で御座いますよ」と支配人の助言に従い、長二郎はスロットで築き上げた軍資金を携えて、ゲームの舞台をルーレットに移したのだ。その結果、稼ぎはスロットで得た元金の二百倍近くにまではねあがったのだから、ご機嫌だ。

「えーと……現在の総資産額は」とスマートフォンの電卓アプリを叩き……

「うひょーっ! 俺、もう一生ニートで遊んでいけるわ! でも、どうせなら家族全員を養いたいしな。良し! もっともっと稼ぐぜぇ!」

 長二郎は地球の家族を思い浮かべ、全てのチップを緑馬の99に移動させた。

「男なら一点勝負あるのみ! うらぁぁぁあ! かかって来いやぁぁぁぁあ!」

 その大胆な賭け方に、見物人たちが一斉にどよめいた。何しろ莫大な量のチップを持っていながらリスクを考えない一点賭けなのだから、盛り上がらないわけがない。これで入れば奇跡だと、見ている誰もが高揚していた。しかし面白くないのは対峙するディーラーだ。ディーラーはリールを回す手を止めたまま、隣に立つタヌキに囁いた。

「支配人、どうするんでっさぁ? この若い客人、店の売り上げを全部、かっさらいかねませんぜぇ!」

「そうさせないのが、あなたの役目でしょう。ウチはいかにお客様にゲームを楽しんで頂いて、お金を落としてもらうのが商売なのですから、あなたのイカサマテクニックでどうにかしなさい」

 引きつった笑顔で指示する支配人に、ディーラーは声を荒げた。

「精一杯やってますがな! それなのに、なぜかボールは客の賭けた所へ収まっちまうんですよ! ありゃあ、とんでもねぇ強運の持ち主でっせ!」

「少し儲けを減らさせるつもりで、お誘いしたつもりだったのですが……このままですと、ディアさまにお叱りを受けてしまいます」

 苦悩の色を浮かばせる支配人にディーラーが戸惑っていると、長二郎を囲っていた人垣が二つに割れ、亀の甲羅を背負った獣人美女が現れた。

「な、なんでこんな大事な時に厄病神が?」

 嘆き慄くディーラー。すると支配人がタヌキらしからぬ不敵な笑みを浮かべた。

「クックックッ……どうやら神は、私たちを見放しはしなかったようですね」

「どもどもぉ♪」

 道を開けた見物人たちに、手をヒラヒラさせて愛想を振りまくトキン。同時にルーレットゲームの主役を指差した。

「カモめっけ!」

 トキンは嬉しそうに飛び跳ねると、馴れ馴れしく長二郎の背中に抱きついた。

「景気が良さそうね? カッコ良いお兄さん」

 突然のことに驚く長二郎。だが目の前の賭けに集中していた長二郎はさほど取り乱すことなく、見知らぬ彼女の腕を取って笑った。

「こんな綺麗なお姉さんに声を掛けられるなんて、今夜の俺はサイコーにツキまくってるとしか言いようがないな」

 獣人トキンに動揺すらしない純人間の長二郎に、トキンも笑う。

「んふ。私を見て驚かない人は、あなたが初めてよ」

「俺にとってケモノ系もストライクゾーンなんでね。特にそれが美人ならば大歓迎だ」

「うふ。ギャンブルだけでじゃなく、女を口説くのも、お上手なのね」

 クスクスっと笑い、彼女は彼の首にまとわりついたまま囁いた。

「気に入ったわ。私はトキン・トキン。で、あなたは?」

「俺は芝山田長二郎だ。今夜の大勝負で、俺の名前を忘れられないものにしてやるぜ」と豪語する長二郎だった。

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