第二章 智花サプライズ5
「高級リゾートホテルとは、こりゃまた良い御身分じゃねぇかぁん」
フロントカウンター近くのロビーで身を潜めていたジャゲたちは、空いているエレベーターに飛び乗って指定階数のボタンを押した。
「金持ちちゃんなのか? あののじゃ猫は?」
「受け取ったルームキーには『新月の間』と書かれてたじゃん。俺様の記憶では、あの部屋は確かデラックスなスイートルームだったはずだぁん」
「ふーん。それで、のじゃ猫を尾行したまでは良いとして、この後どうするちゃん?」
「お前がぁん部屋の中に忍び込むにぃ決まってんだろぉん。それでチャップの妹がひとりになりそうな時を狙って、お前が中から鍵を開けろぉん」
単なる思い付きとも思えるジャゲの案に、ビヂャは目を丸くした。
「ワシが潜入するちゃんか? もしあの猫娘に見つかったら、ワシは八つ裂きにされてしまうちゃんよ!」
「そうなったら俺様がすぐに助けてやるから、余計な心配はするなぁん」
「なるほど、ダンナの後ろ盾があるならワシも安心ちゃん」
ジャゲの口車に簡単なまでに乗せられて、ヤル気を漲らせるビヂャだった。
「いやぁ、こんなに歩き回ったのは久しぶりじゃわい」
部屋に入るなり、保子莉はサンダルを脱ぎ捨て、ベッドの上へとその身を放り投げた。
「見て見て、保子莉お姉さま! 地面が金色に波打ってますよ!」
大きな窓を開け放ち、バルコニーに躍り出て歓喜する智花に、保子莉も身を起こして窓辺へと移動する。
「おぉ、これまた想像以上の眺めじゃのぉ」
光り輝く夜景に、賛美のため息を漏らす保子莉。数百年に一度、土壌に含まれたバクテリアの影響により、大地が黄金色に輝き放つのだ。加えて珊瑚樹の森や林と繁華街の煌めき。それはもうタルタル星そのものが輝く天然イベントだった。
「無理をして来た甲斐があったのぉ」と、保子莉が目の前の絶景に酔いしれていると
「あっ、そうだ! 保子莉お姉さま。一緒に記念写真撮りましょう!」
そう言って智花は携帯電話を取り出すと、保子莉の腕をグイッと引き寄せた。
「はい。撮りますよ」
夜景を背に、携帯を掲げる智花に合わせ、保子莉もさり気なく決めポーズをする。
カシャッ!
安っぽいシャッター音と共に、ツーショット写真が智花の携帯電話に収まった。
「うん、バッチリ」とオートで露出補正されたプレビュー画像に満足して
「保子莉お姉さま。地球に帰ったら、写真を送りますのでメアド教えてください」
途端に保子莉の尻尾がピン! と逆立った。
忘れもしない『幼女クレアの捜索』
その際、智花からのメールが煩わしかった理由で、記憶とアドレスを消したのはつい数日前のこと。
「保子莉お姉さま?」
罪の無い顔で要求されてしまっては断れるはずもなく……結局、保子莉は地球に戻ってからアドレス交換をすることを約束した。
――まぁ、地球に戻ったら、この旅行の記憶を消去する予定じゃったしのぉ。滞在期間中だけは喜ばせておいても良かろう」
と記憶抹消の段取りを考えていた時だった。トントンと部屋のドアをノックする音が二人の耳に入った。
「あっ、アタシが出ます」
率先して出迎えに応じようとする智花に、保子莉が注意を促した。
「ドアを開ける前に、必ず覗き窓で確認するんじゃぞ」
「はーい」
素直に返事をしてドアの小窓から外を覗き見る智花。しかし瞳には、誰もいない共用通路が映っただけだった。
「あれ、おかしいなぁ?」
施錠を解いてドアを開けるも、人影はおろか犬一匹すらいない廊下に、智花は首を傾げながら部屋の奥へ戻った。
「誰じゃった? って、浮かぬ顏をしてどうしたのじゃ?」
「それが誰もいないんです」
「それは妙じゃのぉ? ドアを叩く音がハッキリと聞こえたはずじゃが?」
と猫耳をピクピクさせる保子莉。だが、智花はまるでキツネにつままれたような顔をしたままだった。
「まぁ、そんなに考え込まんでも良いじゃろ。大方、誰かが部屋を間違えてノックしたか、もしくはわらわたちの空耳じゃろ」
保子莉はそう言って、ベッドの上で次々と衣類を脱ぎ捨てていく。
「お、お姉さまっ! い、いったい、なにしてんですか?」
「何って? 風呂に入るために裸になっておるんじゃが?」
柔肌を惜しげもなく晒していく保子莉に、智花は両手でもって目を覆った。
「だからって、なにもここで脱がなくっても」
「別に女同士じゃから、問題なかろう」
「いえ、その……なんというか……女同士とかそういう問題じゃなくって、服は脱衣所で脱ぐべきなんじゃないのかなぁっと」
すると保子莉は肉球柄のパンツを脱ぎ捨て、黒い尻尾をクルリと動かして笑った。
「誰かが見ているわけでもないのじゃから、狭い脱衣所で隠れて脱ぐ必要もなかろう」
「それはそうですけど」
と、戸惑いつつ保子莉の裸体を見やる智花。きめ細かく綺麗な白い肌と括れた細い腰。最後の下着を脱ぐ仕草さえ艶やかで色っぽい。アタシも将来、ああいう風になりたい。……と羨望の眼差しを向けていると、保子莉が黒い尻尾を振りながらバスルームへと闊歩していく。
「もし何かあったら、すぐにわらわを呼ぶのじゃぞ」
保子莉はそう言ってバスルームのドアを閉めた。
「ふぅ。こうして湯に浸かりながら夜景を眺めるというのは、まさに贅沢の極みじゃのぉ」
水棲人用に備え付けられている大きな水槽。保子莉はそこにお湯を張り、露天風呂のごとく体を伸ばして下界を見下ろしていた。
「いかん。持参したマタタビ酒を持って入るのを忘れておった」
酒でありながらアルコール分ゼロのマタタビ酒。猫族にとって甘美なまでの嗜好品。マタタビ酒を呑みながら、この夜景に酔いたい。と腰をあげる猫娘。
「面倒じゃが取ってくるかのぉ」
と保子莉は浴槽を跨ぐと、裸のまま部屋に戻った。





