第四話
塔の屋上は円形の屋根も柵もない開けた場所だ。そこからいつも、星を放しに飛び立っていた。イーオと二人で。
息を深く吸い込むとひゅ、と咽喉が鳴った。混乱していて、思考がすぐには追いつかない。
五百年、エイムがイーオによって何度も巻き戻されてる間にも世界はどんどん変わらない時を刻んでいたはずだ。自分が早死にしていたとしても、塔に来る前に自分のいた場所は跡形もなく変わっているのだろう。あぁ、けれどその前に、もうすでにエイムは自分が塔に来る前どこにいたのかすら思い出せなかった。五百年、下手をすると、あのうっかり者の竜が覚えていないだけでそれ以上の歳月をこの塔で過ごしていたのかもしれない。あの、不愉快な音を立てる無数の鎖の分だけ自分は、外の世界と切り離されてイーオとずっと二人きりで過ごしていたのだ。
(なんで)
降りしきる雪が頬に当たるのを感じながら、澄んだ夜空を見上げてそのまばゆさに目を細める。
(なんで、イーオのことが好きなのかわからなかった)
いつの間にか、好きだった。
あの竜に恋をしていた。
思い出しても最初に意識した記憶すら持っていなくて、不思議に思うことはあった。
イーオの告白を聞いて混乱はした。好き勝手にされていた怒りや、イーオの鎖に対する言いようのない感情が渦巻いて逃げだすほどに。けれどそれはすぐに、罵倒一つだけで納まってしまった。
イーオのしていたことに、ああ、そうか、と妙に納得している自分がいる。
(覚えていないほど、ずっとずっと、昔に好きになったんだ)
何度も何度もイーオに巻き戻されて上書きされて消された記憶の中で、恋をして。
それからずっと彼を好きでいたのだ。
(しかも、自分に嫉妬していた)
一緒にいたかったのだ、と。
イーオが切望して罰の鎖を負ったのはエイムの為だった。自分の為に彼が負った傷を憂いて、彼に想われる自分を呪うように羨んで恋心を殺していたのか。
(ほんと、馬鹿みたい)
馬鹿は、自分に対しての罵倒でもあった。
悩んだ自分が酷く滑稽に思えて、その分好き勝手をし続けていたあの竜が憎たらしくてしょうがない。じゃらぁり、と。鎖の音がすぐ傍まで近づいてきていた。床を引っ掻く音が消え、金属の擦れ合う音だけになったのに振り返ると、エイムの立つ場所から数歩離れた位置でイーオが立っていた。真っ黒なイーオは、雪の中でひどく目立つ。
「エイム、」
呼びながら近づいて腕を伸ばしてこようとするイーオから、一歩、エイムは後ずさった。それに目を見開いて、傷ついた顔をしたイーオは力なく腕を下ろす。じゃらじゃら、一際重そうな鎖の擦れ合う音がした。
「怒ってるか?……俺が、憎いか?」
エイムは答えない。
「一緒にいたかったんだ」
イーオは、悲壮な顔で続ける。
「一緒にいれて、幸せだったんだ」
だから、時を戻すことをやめられなかったんだとイーオがいった。
それでもエイムは口を閉ざしてじっとイーオを見つめた。項垂れたイーオは、それでも全てを話すまではエイムが口を開かないと悟ったのだろう。悲しげにエメラルド色の瞳を揺らしてポツリポツリと拙くも語り始める。




