第五話
星葬の墓守の役目は本来星守の竜であるイーオにだけ与えられた役目であったこと。
北の果ての人が住むことは不可能な土地で、一人でずっと夜空に星を放つ仕事をして過ごすはずだったこと。
星について論文を書くためにそこを訪れたエイムと出逢ったこと。
エイムはたった一人の家族だった妹を失ってから星について調べているのだと言い、だから星守の役目を担うイーオにいろいろ話が聞きたいのだと申し出たらしい。
どれもエイムの覚えていないことばかりだった。けれどエイムは、それを静かに聞いた。
黄昏の塔の竜が定期的に訪れる以外は一人ぼっちでいることが当たり前だったイーオは、初めてできた話相手であるエイムと少しずつ会話をして心を通わせた。会話することが上手くない自分に呆れず、エイムは毎日自分の話を聞きにきてくれたとイーオその時を思い出したのか少しだけ笑った。
「人の寿命は、俺からすれば瞬きするほどの間だ。それよりもっと短い、たった何週間かだけだったけど、それまでで一番話して、笑った。愉しかった。俺はエイムがきてくれるのが毎日楽しみでしかたなかった。けどある日、エイムが変な咳をするのに気付いた。嫌な雑音の混ざる、変な咳だった」
北の果てに降る雪は、人にとっては有害だと言うこと。長くそこにいると、呼吸をするたびにゆっくりと肺を凍らせて、命を奪ってしまう。
竜であるイーオにその雪は害がない。エイムはそれを知っていた。
だから最初は少しの時間訪れて去るのを繰り返していた。時間が経つにつれて滞在時間が延びた。エイムも、イーオと一緒にいる時間を愉しく思ってくれたからだろうとイーオは言う。そうだろうとエイムも思った。
本来の目的よりも、イーオに会いに行くことを優先し始めたのだと思った。彼の語るエイムは、自分なのだから。
人の身で無理は長く続かない。けれどエイムは咳込みながらもイーオに会いに来た。イーオが気付いたときには、エイムの肺は手遅れだった。
何故、と聞くとエイムは笑ってこう云ったと言う。
じゃあねって言うと、寂しそうな顔をするあなたを見ていたら、もう来ないよって言えなかった、と。もう少し一緒にいたかった、とエイムはイーオを抱きしめた。
「ごめんね。でも、私が遊びに来てる間少しでもあなたが寂しくなかったら、私はそれで満足なの」
エイムは言葉通り満足そうに笑っていた。
過去の自分も、竜が執着のない生き物であることを知っていたからその最後を選んだのだとエイムは悟った。少しでも長く一緒にいて、覚えていてもらおうとしたのだろうと、痛いほどに。そうして過去のエイムは雪の中に眠るように崩れ落ちて二度と目を開けなかった。
「人間はひでぇな。長くたって俺らの瞬きの間しか生きないくせに、簡単に心を奪ってきやがる」
イーオが悔しそうに拳を握った。
「竜に執着がないなんて、嘘だ、ちゃんと想う相手ができたら、竜だって執着するよ、エイム」
泣きそうな顔で、現在の自分へとイーオが訴えてくる。
「失いたくなくて、一緒にいたくて、俺はこんなになるまでお前の時間を巻き戻し続けたもん。怒られても、憎まれても、後悔しない。エイム、これからもずっと、一緒が良い」
初めにエイムの時間が止まった時からずっと時間を巻き戻して巻き戻して、その度に罰の鎖を背負って、羽を歪ませ、皮膚を傷つけ、それでも傍に自分を置き続けたイーオの言葉は纏う無数の鎖と同じだけの重さがあるように感じた。
「一緒に、いてくれ」
独りにしないで、と。見つめてくる頼りなく揺らぐエメラルド色を前に、エイムは距離を置いたままで問いかけた。
「雪、なんで今の私は平気なの?」
苦しくないよ、と首を傾げるとイーオは月を指さした。月は竜の食べものだとイーオは答える。黄昏の塔の竜に聞いたという方法で、竜と同じものを食べた人は常人よりも身体が丈夫になるのだそうだ。雪の毒で蝕まれなくなる。もちろんこれも、禁じ手だ。イーオの鎖を増やす行為らしい。
それを知っていたら最初の時間でエイムの命は永らえさせられたのに、とイーオは言ったがそれは無駄なことだろうとエイムは思った。結局、エイムはイーオよりも早く星になるのだ。その時が遅いか早いかで、イーオは同じ道を辿っていただろう。イーオの執着を知った、今だから思うことなのだが。
「なんで巻き戻してること、わざわざ、私に言ったの、あなた。今まで通り、好き勝手に巻き戻せばよかったんじゃないの?」
責める響きではなかった。エイムは、確かめたい事があったのだ。逃げ出すほど混乱していた思考は、もう凪いでいる。ただこの竜の口から聞きたい言葉があった、
「巻き戻すとその度にお前は忘れるから気付かれないで続けられたけど、巻き戻すとその度にエイムの心も元に戻るって気付いた」
巻き戻すたびにはじめまして、から始まる。それに最初こそ疑問は抱かず、イーオはただ一緒に過ごす時間を楽しんだ。
「俺が執着する分だけ、俺のことをエイムに思ってほしくなった。時間を止める方法使ったら、お前は嫌でも俺がやったことに気づく。でも、もう忘れられたくねーんだ。ずっと同じ記憶の中で、俺のことを好きになって、傍にいてほしい」
積もる雪を踏んで、エイムは頼りなく肩を落とすイーオの傍に歩を進めた。そんな風にしていると、一層鎖が重くのしかかっているように見えて痛々しい。手を伸ばして、先ほどイーオがやったように華奢な掌でイーオの頬を包んで見上げた。イーオは、エイムの瞳を真っ直ぐに見詰める。
「エイムの時を、止めたい」
次で終わりとなります。




