第三話
「俺がエイムの時間を止めたいから」
一瞬、その言葉の意味がわからずにエイムはきょとんとした。
「エイムが星にならないように、エイムの時間を戻し続けた。どんなに巻き戻しても、俺とお前の時間が一緒にならない。だから、今度は止めたい。二度と進まないように」
低い穏やかなイーオの声が語るのに合わせて、ゆっくりと、その言葉の意味を理解してエイムの猫のような瞳が揺れた。
「あなた、」
ようやく発した声は、少し震えていた。
時間に干渉することは、どんなに力を持った竜でも禁忌とされていることだ。それくらい、誰でも知っている。特に人の、生き物の命の時間を好き勝手にすることなど決して許される所業ではない。罪だ。
じゃらり、とイーオの身体に巻き付いた鎖が床を削るように滑って音を立てた。その鎖のせいで、竜の姿の時だけではなく人の姿でいる時も服の間から覗く白い肌が痛々しい摩擦痕と痣だらけであるのを見たことがある。がりがりがり、と床を引っ掻くような鎖の音の重さと冷たさに、エイムは血の気が引いていくような心地を味わう。鎖は、咎の証だ。竜の世界は時の流れも規律も穏やかで慈悲深い。犯した罪に対する罰も、竜の身を害すような大したものではない。その世界に属す生き物であるはずのイーオが、痛々しく肉体的に傷がつくほどの鎖に締め付けられたイーオの罪がなんなのか、エイムは悟った。
「今度は、って、何」
嫌な汗が頬を伝った。人と竜の時間を一緒にするなど、そんな無茶な話はない。人の一生は竜が瞬く間ほどの時間にすぎないと言われるほどなのだ。それを同じにしようとするなど。竜と同じ時間だけ人をこの世に存在させようとするなど。
どれだけ時間を巻き戻しても無理だ。竜の負う代償が重く無数に重なっていくばかりだ。
イーオは少しだけ言い淀んで視線をエイムから外した。きゅ、と一度口を引き結んでから正直な言葉は紡がれる。
「もう、星の寿命と同じくらい、巻き戻してる」
星の寿命は指折り数えられない程に長い。それは永遠にも似ている。それに引き替え、人一人の一生は百年もない。それを、何度も、何度も巻き戻して、五百年分とは。気が遠くなるほどの回数イーオは禁忌を犯したことになる。呆然として、エイムは俯いた。
「じゃあ私は、本当は死ぬはずだった時から五百年も永らえてるの…」
「そうだ」
エイムの静かな問いに、イーオは答える。
「なんで私はそれに気付けなかったの?」
「エイムが塔に来たころまで戻すから、お前の記憶は上書きされてんだ」
「随分好き勝手、してるのね……」
は、と鼻で笑ったエイムの声はやはり震えていた。俯いたまま、エイムの問いは続く。
「あなたの鎖はそのせい?」
「そうだ」
イーオは、外していた視線をゆっくりとエイムの方へと戻してその表情を覗こうとした。エイムはそれを拒んで、イーオの肩をそっと押しながら距離を取る。がしゃん、と足が月のかけらを入れた皿に当たってひっくり返る。
「馬鹿よ」
ポツリ、と言い落して立ちあがったエイムはイーオの腕から逃れるように部屋を出た。
イーオの制止を振り切って、塔の階段を駆け上る。息が上手く出来なかった。外の冷たい空気が咽喉に、肺に、刺さるようだ。布の多い白い服のせいで何度も足がもつれた。後ろからじゃらり、じゃらぁり、と鎖の音がゆっくり追いかけてくる。




