第七話 決意の理由
ネモは口が開いたまま固まっていた。
「え……魔法騎士団 《エクエス・マギカエ》って……こ、この……!?」
彼女は自分の団員服を指さす。布の質感、胸元に縫い込まれた紋章、肩にかかるマントの端まで、ネモの指先がそれをなぞるように示した。
ニャンピンガは後ろ手に腕を組み、黙ってネモを見つめている。口元に小さな影が差すだけで、言葉は出てこなかった。
ようやくネモは口を閉じ、真剣な声色で言葉を紡いだ。
「どうして魔法騎士団なの……?君には幸せに生きる権利がある。この世界には魔法の力を持たずに生まれた人が何万人もいる。そういう人たちだって、今は幸せに暮らしている。魔法騎士は世界を背負って戦う仕事だよ。魔法の力を持たない君には荷が重い。だから、違う道を――」
「オレは……」
ニャンピンガが口挟む。俯き、言葉を飲み込むようにしてから、低く、しかし震える声で言った。
「オレは愛する家族と大切な仲間を失ったんだ。幸せに生きていくつもりなんてねぇ。オレがここにいる理由は一つだけだ。家族と仲間の仇を討つ。それが、オレが魔法騎士団で果たすべきことだ」
夕暮れの光が二人を包み、ニャンピンガの瞳は揺れながらも強く光っていた。そこには、静かだが揺るがぬ決意が宿っている。声は震えていたが、言葉の芯はぶれていなかった。
ネモは驚き、言葉を失った。やがて小さく問いかける。
「魔法が使えなくても、本当に?」
「ああ」
ニャンピンガの瞳は変わらなかった。沈んだ夕空の色が、その瞳に映り込む。
ネモは少し息をつき、説明を続ける。声は落ち着いているが、含みがある。
「《エクエス・マギカエ》は、魔法能力と身体能力の両方に優れた団員で構成されている。その“ほとんど”が、ね」
ニャンピンガは引っかかる。
「……?」
ネモは肩をすくめ、言葉を選ぶように続けた。
「つまり、どちらか一方に優れていれば入団できるの。魔法が強ければ身体が普通でもいいし、身体能力が突出していれば魔法が弱くてもいい。要はアドバンテージの種類が違うだけ」
ニャンピンガの目が見開かれ、胸の中に小さな希望が灯る。
(マジかよ……これなら……)
だがネモはすぐに付け加えた。声に少し影が差す。
「でもね、そのアドバンテージがどれほど重要か、すぐに思い知ることになる」
ニャンピンガはその含みをうまく読み取れなかった。気づくと、思わず口にしていた。
「お前も“そう”なのか?」
―――
ネモは夕焼けに照らされながら、静かに頷いた。
「うん……そうだよ」
(やっぱりか……)
ニャンピンガは心の中で呟いた。何かが腑に落ちる感覚があった。
ネモは続ける。言葉は淡々としているが、重みがある。
「私の場合は、魔法能力が特別に高いわけじゃない。身体能力もほとんどない。私が評価されたのは、魔法の“技術”――扱い方や応用力。魔力量自体は少ないの。王にその技術を買われて、入団できたんだ」
ニャンピンガは小さく息を吐く。希望と現実が混ざった複雑な感情が胸を満たす。
(オレにも可能性はあるってことか……)
ネモは苦笑を浮かべた。
「入団して間もないのに、緊急事態で出動させられてさ。本部には新人ばかりで大慌てだった。だから、君を転移させるときは魔力消費を抑えるために先輩に頼んだんだよ」
「そうだったのか……」
ニャンピンガは頷いた。説明がつながると、胸の中の不安が少しだけ和らいだ。
「入団するにはどうしたらいい?」とニャンピンガが訊くと、ネモは少し困った顔をした。夜の空が濃くなり、星がちらほら見え始めている。
「説明したいところだけど、もう夜だよ。明日また迎えに来るから、ここで待ってて」
ニャンピンガは慌てて声を上げる。
「ああ、待て……!」
ネモが振り返ると、ニャンピンガは頭を掻きながら訊いた。
「あのさ……魔法騎士団長の名前って何だっけ?」
ネモは首をかしげる。
「リーベ・フライハイト団長だよ?」
「そう!それ!」とニャンピンガは弾んだ声で言い、にわかに元気を取り戻した。
「じゃあな!また明日!」と駆けるように施設へ入って行った。
ネモは首をかしげながら、ゆっくりと去っていった。夕闇の中で、彼女のシルエットが小さくなる。
―――
夜、養護施設の薄暗い部屋で、ニャンピンガはベッドに仰向けになり、天井を見つめながら呟いた。
「父さん、母さん、じーちゃん、みんな。オレ、頑張るから」
脳裏に家族と仲間の姿が浮かぶ。父の笑い声、母の手料理の匂い、じーちゃんのしわだらけの手。記憶は断片的だが、どれも温かく、どれも今は失われている。
次に、もう一人の後ろ姿が映った。魔法騎士団の団服を纏い、ゴールドイエローの長髪が風になびく。かきあげた前髪、ターコイズブルーの瞳、整った顔立ち
――リーベの後ろ姿だった。彼女は静かに振り向き、ニャンピンガを見下ろすように微笑んだように見えた。
ニャンピンガは手を伸ばし、目を開けて囁いた。
「リーベ……さん……リーベさんか……」
その声は暗闇に溶けて消えた。だが胸の奥に、小さな灯がともったような気がした。
―――
夜の城。赤いカーペットが静かに敷かれ、月明かりが大理石の床に淡く反射している。
少女が一人、静かに歩いていた。
玉座の扉の前に差し掛かると、王専属の護衛が一礼して敬意を示す。
扉は重々しく開いた。
「………」
その少女――ネモは一歩ずつ、確かな足取りで中へと進んでいった。




