第六話 玉座の間にて
ニャンピンガとネモは、上品な赤いカーペットの上を歩いていた。カーペットは玉座へと真っ直ぐ伸び、両脇には鎧姿の護衛が整列している。
ネモは歩みを止め、深く跪いた。
「王よ。ただいま戻りました」
ニャンピンガも、玉座の横に控える鎧の魔法騎士に睨まれ、慌てて跪く。護衛の視線は冷たく、ニャンピンガの胸に小さな苛立ちが芽生えた。
(何だよアイツ……護衛のくせに偉そうに……)
ニャンピンガは護衛が嫌いになった。
その時――
「任務ご苦労であった」
玉座に腰掛ける男が低く言った。
「はい。王よ」
ネモが答える。ニャンピンガはその声に合わせて顔を上げ、玉座の主、“王”と呼ばれた男を見上げた。
(この人が……王様か……)
ロイヤルパープルの髪と瞳を持つ、五十代ほどの威厳ある男――国王カウワード・アロガンスだ。
「小島の方はどうであった?」
「団長と魔王の衝突により、島は崩壊しました」
ニャンピンガは顔を歪める。
ネモは続けた。
「生存者は一名で、彼です」
ニャンピンガを指す。ネモが指した先に跪くニャンピンガは、小さく頭を下げる。
「ど、どうも……」
小声で挨拶すると、カウワードは冷たい目で彼を見下ろした。沈黙が長く続き、ニャンピンガは緊張で汗が一粒落ちる。
「そうか。詳しいことはリーベに聞こう。下がって良い」
冷徹な声だった。
だがネモはさらに跪いたまま言葉を続ける。
「王よ。もう一つ報告がございます」
「何だ」
「彼の養護施設への入所を、王の許可をいただきたく存じます」
カウワードは長く、重い視線をニャンピンガに向けた。時間がゆっくりと流れるように感じられる。
そして――
「良いだろう。許可しよう」
あっさりと許可が下りた。
「……!」
そのあっさりとした許可に、ニャンピンガは驚きを隠せなかった。
「感謝いたします。では失礼いたします」
ネモは立ち上がり、一礼する。
「行こう」
小声で促され、ニャンピンガはカウワードを横目に見ながら立ち上がり、ネモの後を追った。
―――
日は傾き、夕暮れが城の石壁を赤く染めていた。
「ここが、これから君がお世話になる養護施設だよ」
ネモは城の敷地内にある大きな施設の前で説明する。
「ここは特別な養護施設。君みたいに魔法騎士団に保護されて、王の許可をもらった人しか入れないの」
「立派だな……」
(オレの知らないものが……こんなにもあるんだな……)
ニャンピンガは建物を見上げる。窓からは暖かな灯りが漏れ、庭には手入れの行き届いた植栽が並んでいる。城の一角にありながら、どこか家庭的な雰囲気が漂っていた。
ネモは寂しそうに言う。
「ごめんね……」
「は……?」
思わず声が漏れる。
「君は大切な家族と仲間を失って、気持ちの整理なんてついてないはずなのに……何も文句言わずに着いてきてくれたから……」
ネモの声は小さくなる。
ニャンピンガは俯き、拳を握った。
(何だよ……それ……何知ったような口利いてんだよ……)
胸の内に渦巻く感情を言葉にする代わりに、彼は短く言った。
「別に……アンタは善意でやってることなんだろ?文句も何もねぇよ」
そう言ってニャンピンガは寂しげな笑みを浮かべる。
「……っ……」
その言葉に、ネモは少し驚いたように息を呑む。髪で顔を隠しているが、目元に何かが揺れた。
「うん……!ありがとう……!」
ネモは明るく笑おうとするが、どこかぎこちない。夕暮れの光が二人の影を長く伸ばす。
―――
「あっ、そうだ!」
ネモは急に思い出したように言う。
「君、歳は?」
「え……十八歳だけど……?」
「そっか……十八歳か……」
ネモは少し考え込む。
「何だよ……歳が何かあんのか?」
ニャンピンガは問う。
ネモは答える。
「うん。この施設は二十歳まで居られるんだけど、十八歳からは“ここを出ても生きていけるように”仕事を探さないといけない規則があるの」
「仕事か……」
(城に来るまで色々見たけど……どれもピンと来なかったな……)
ニャンピンガは城で見たものを思い返す。箒で飛ぶ人々、魔法で動く屋台、色とりどりの職業。どれも彼には馴染みが薄かった。
その瞬間-脳裏に一つの考えが浮かんだ。顔が少しほころぶ。
(あるじゃん……オレが“やるべき”仕事がさ!)
―――
「まあ、いきなりとは言わないから、やりたい仕事があったら教えて。じゃあ、またね」
ネモは背を向け、歩き出す。
その時――
「あるぜ。やりたい仕事」
「え!?もう!?なになに!?」
ネモが振り返る。
ニャンピンガは小さく笑い、胸を張って言った。
「魔法騎士団 《エクエス・マギカエ》だ」




