第二十話 仲間を背負って
「続いての試験は状況判断演習です」
アロファの声が低く響く。会場の空気が一瞬で引き締まった。
「ニャンピンガさんには、負傷した仲間の人形を抱えながら、迫る敵を退けつつダンジョンから脱出してもらいます。時間は制限あり。被害を最小化して脱出できるかを見ます。準備はよろしいですね?」
ニャンピンガは魔法陣に立ち、視界が切り替わる。そこは石壁が湿り、天井から水滴が落ちる狭いダンジョン。足元は砂利混じりで、ところどころ崩れた石柱が通路を塞いでいる。薄暗い。出口は遠い。
目の前には倒れた人形。木製の関節に赤い布が巻かれている。ニャンピンガは片手で人形を抱え、もう一方の手で剣の柄を握った。重さが腕に食い込む。
「それでは状況判断演習、始め!」
合図と同時にニャンピンガは走り出した。ノンストップで進む。狭い通路を爆速で駆け抜ける。石の壁が両側を押しつぶすように迫る。息が荒い。だが、前へ進むしかない。
最初に現れたのは小型の群れ。牙をむき、低く唸りながら飛びかかってくる。ニャンピンガは人形を抱えたまま、剣を振る。片手の斬撃で数体を薙ぎ倒す。だが、群れの一体が人形の腕に引っかかり、木の表面に深い引っ掻き傷がつく。
「しまった……!」
心臓が跳ねる。人形の傷が一つ増える。ニャンピンガは胸の奥で、血塗れで倒れた家族と村の仲間たちの姿を思い出す。恐怖と悔しさが波のように押し寄せる。
(もしこれがネモやヴァイン、ローレグルだったら……)
その想像が、怒りに変わる。ニャンピンガは立ち止まらない。走りながら、咄嗟に自分の服の裾を裂いた。布を引きちぎり、素早く編んで紐を作る。手の動きは荒いが確実だ。
審査席がざわつく。審査員の一部が息を呑む。アロファはただ一人、手を組んで目を細めるだけだった。
「へぇ……なるほど……」
ニャンピンガは紐を人形にかけ、背中に背負い直す。
「よし……!これで両手で剣を振れるぜ……!」
両手が自由になった。剣を両手で握り、再び走り出す。
アロファは呟いた。
「片手では腕力が足りないから人形を背負うようにして両手を使えるようにした、という訳ね…」
次に現れたのは跳躍して奇襲する二足獣。着地の瞬間を狙って、ニャンピンガは段差を利用して迎撃する。着地の硬直を突き、連続で斬りつける。人形は揺れるが、致命的な傷は免れた。
だが、ダンジョンは容赦しない。広間に出ると、重装の一体が鎧を軋ませて立ちはだかる。鈍重だが一撃が重い。正面から力比べを挑めば人形を落とす危険がある。ニャンピンガは瞬時に判断する。重装を誘導して狭い通路へ追い込み、可動部を狙う作戦だ。
木の柱を蹴って方向を変え、重装の側面を突く。関節に短い突きを入れ、相手のバランスを崩す。重装は大きくよろめき、壁にぶつかる。人形の布が擦れて裂け目が広がる音がした。
(まずい……!)
人形の傷は一つ、また一つと増えていく。ニャンピンガの胸は締め付けられる。だが、彼は諦めない。呼吸を整え、次の敵の気配を探る。足裏に伝わる振動、敵の息遣い、鎧の擦れる音――すべてを頼りに動く。
出口が見えた。石の裂け目から淡い光が差し込む。だが、最後の関門が立ちはだかる。群れを率いる大型の魔物だ。体躯が大きく、前に立つだけで圧が違う。
ニャンピンガは一瞬ためらう。人形の重みが肩に食い込む。だが、仲間の顔が浮かぶ。怒りと覚悟が混ざった声が胸に響く。
「行くぞ!」
全力で突進し、敵の攻撃を受け流しながら、隙を作って斬り込む。最後の一撃で大型魔物は倒れ、石の扉が開く。ニャンピンガは人形を抱え直し、出口へと駆け出した。
外に出ると、冷たい空気が肺に入る。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
膝をつき、荒い息を整える。
人形を下ろして傷を確認すると、木の裂け目は増えていた。深い切り傷がいくつか。致命傷ではないが、確かに被害は出ている。
「傷が……」
ニャンピンガは呟く。悔しさが込み上げる。
アロファが静かに降り立ち、近づいてくる。彼女は人形の傷を魔法で軽く癒しながら言った。
「致命傷ではありません。ですが、ある程度の損傷は受けています。被害を最小化する判断は今後の課題ですね」
ニャンピンガは拳を握りしめる。
(午後からずっと全っ然ダメだ……)
午後の部の成績は、まだ満足できるものではない。だが、彼の目には確かな光が宿っていた。工夫して両手を確保した判断、狭所での誘導、そして最後まで諦めなかった行動――それらは評価に値する。
アロファは一歩下がり、低く告げる。
「試験はまだ続きます。次が最終試験です。対・現役騎士、名付けて“壁の試練”」
ニャンピンガの額に一粒の汗が流れた。胸の鼓動が速くなる。最終試験の名を聞き、彼の背筋が伸びる。
(来るか……いいぜ、来いよ)
彼は立ち上がり、仲間たちの顔を思い浮かべる。次は、絶対に後悔しない。




