第十六話 ハンバーグと涙の味
魔法騎士団本部の食堂に足を踏み入れた瞬間、ニャンピンガの目は大きく見開かれた。
「すっ、すんげぇ……!」
目の前には見たことのない皿がずらりと並び、湯気が立ち上る。
香ばしい匂い、スープの軽い沸き立ち音、鉄皿が触れ合う小さな金属音。
空気が旨味で満ちていて、ニャンピンガの胃が鳴った。
思わず口元に手を当て、よだれが出そうになるのを慌てて押し込む。
「おや、そこの少年。入団試験の受験者かい?」
厨房の奥から白衣の調理師がにこやかに声をかける。顔には長年の油と笑いじわが刻まれている。
「はい、そうです!」
ニャンピンガは元気よく返す。
「今日はアロファ様が試験をするって聞いてるよ。受験者は食事無料だ。好きなのを頼みな」
「マジですか!やった!」
メニューを見ても知らない名前ばかりで迷う。どれも美味そうだが、どれを選べばいいか分からない。
そんなとき、目に飛び込んできたのは――
ハンバーグ定食の文字だった。
胸の奥に、ふっと温かい記憶がよみがえる。母の台所、鉄板の音、家族の笑い声。
「おっちゃん!オレ、これにします!」
「おう、ハンバーグ定食だね。ちょっと待ってな!」
―――
「はい、ハンバーグ定食。お待たせ」
魔法の手つきで手早く盛られた定食が目の前に置かれる。湯気が立ち、ハンバーグの香りが鼻をくすぐる。スープの表面がきらりと光り、ライスの粒がふっくらと盛られている。ニャンピンガの目が輝いた。
「いただきます!」
一口。肉汁がじゅわっと広がり、思わず声が出る。
「う、うんめぇえええ!」
立ち上がって叫んでしまったことに気づき、食堂中の視線が一斉に集まる。
(やべ……)
顔が真っ赤になり、慌てて席に戻るが、口の中の温かさは確かに母の味を思い出させた。
(このハンバーグもうめぇけど、やっぱ母さんのが一番だな……!)
目に熱いものが浮かぶ。
そのとき、盆を持った二人が近づいてきた。
ヴァインとローレグルだ。
ヴァインは色鮮やかな皿を、ローレグルは控えめにまとめられた料理を運んでいる。
二人の表情は緊張と期待で満ちていた。
「ニャンピンガさん、相席よろしいですか?」
「あ、ああ!もちろん!」
「ありがとうございます」
「失礼します……」
ニャンピンガは流しかけた涙を引っ込める。
ヴァインが正面に、ローレグルがヴァインの隣に座る。
「ハンバーグですか?美味しそうですね」
「おう。二人は何にしたんだ?」
「僕はこちらです」
ヴァインの皿を見ると、魚介や野菜が彩る料理が並んでいる。
「それは何だ?」
「パエリアです」
「ぱえりあ……?」
「米料理ですね」
「そ、そうか!ローレグルは?」
ローレグルは恥ずかしそうに小声で言う。
「私はスパゲッティにしました……」
(すぱげってぃ……?)
「すぱげってぃか。どれも美味そうだな!」
三人で食べながら、自然と会話が弾む。
―――
「それにしても、試験官があのアロファ・ポウポウ・ポト様だなんて夢のようです…!」
ヴァインはアロファの話で目を輝かせ、ローレグルは小さな声で感嘆する。
ニャンピンガは意を決して尋ねた。
「なあ、そのアロファさんってどんな人なんだ?」
二人の目が一瞬大きくなる。
(やっぱり、世間知らずだって思われたか……?)
そう考えていると、ヴァインが嬉しそうに話し始める。
「アロファ様は、“伝説の時代”に活躍した聖騎士です。言葉に重みがあって、行動がいつも正しいって、両親がよく話していました」
ローレグルも続ける。
「優しくて厳しい方だって。困っている人を放っておけない、そんな人だと聞きました」
「そうなんだ……」
二人に隠し事はできないと感じたニャンピンガは正直に打ち明ける。声は少し震えていた。
「オレ、名前もない小さな島で育ったから、料理も騎士団のこともよく知らないんだ。魔法騎士団に入ろうって決めたのは、リーベさんに助けられて、家族と仲間の敵を討つためなんだ」
ヴァインとローレグルは互いに目を合わせ、真剣に頷く。
ヴァインが言った。
「辛い思いをしてきたんですね。僕たちが魔法騎士団に入団しようと思ったきっかけは両親が元魔法騎士団員だったからで、僕たちは別に魔法騎士団に興味が無かったんです」
「そう……なのか?」
ローレグルも続いて言う。
「はい。ですが、両親から元魔法騎士団のアロファ様や、リーベ団長の話を聞いて、"魔法騎士団って凄い"と思って、強い憧れを抱いたんです」
ヴァインは言う。
「ニャンピンガさんがどんな暮らしをしていたのかは関係ありません!僕たちはニャンピンガさんの味方です!」
ローレグルも小さく微笑む。
「私たちでよければ、今度美味しいお店を紹介します」
ニャンピンガは胸が熱くなり、震える声で言った。
「ヴァイン……ローレグル……」
二人の強い眼差しにニャンピンガは頷いて笑う。
「二人ともありがとな!」




