第十五話 『鋼鉄の行軍』、『型の試練』
「始めは基礎能力試験です」
アロファの落ち着いているが、会場には張り詰めた空気が流れる。
アロファが掌を一振りすると、空気がひんやりと震え、三人の前に銀色の鎧がふわりと現れた。鎧は魔力で浮かび、ゆっくりと三人の身体にまとわりつく。金属の冷たさが肌に触れ、重みが肩にのしかかる。
「まずは受験者の皆さんには私が出した鎧を着用してのランニングと障害物走を行ってもらいます。その名も――鋼鉄の行軍」
「鋼鉄の行軍……」
三人は会場を見渡す。
コースは想像以上に過酷だった。
泥溝、低い柵、跳躍台、垂直ネット、回転するハンマー、そして最後に高さのある壁。
鎧の重さが一つひとつの障害を厳しくする。
三人は息を呑む。
「では皆さん、準備はよろしいですね。鋼鉄の行軍、始め!」
合図と同時に三人は一斉に飛び出した。
―――
序盤の直線――
ニャンピンガはフレッドの稽古で鍛えた脚力と鎧の扱いを思い出し、重心を低くして駆ける。呼吸は整っている。
だが、ヴァインはさらに速かった。軽やかなステップで泥溝を飛び越え、跳躍台を鋭く蹴る。
ローレグルは慎重にラインを選び、無駄のない動きで追う。
―――
垂直ネット――
ニャンピンガは腕力で引き上げるのではなく、足をフックして体を持ち上げる。
フレッドの言葉が蘇る。
――手を見るな。足で地を掴め――
(師匠……!)
その通りに動くと、以前よりもスムーズにネットを越えられた。
―――
回転ハンマー――
ヴァインはタイミングを見計らい、ハンマーの軌道の外側を走る。
ローレグルは一瞬躊躇したが、素早く体を縮めて回避。
ニャンピンガは一度ハンマーに弾かれ、バランスを崩すが、すぐに受け身を取り立て直す。
(危なかったぜ……)
アロファ以外の審査員から小さなどよめきが上がる。
―――
最後の壁――
高さのある壁に差し掛かる。鎧の重さがここで効いてくる。
ヴァインは助走から勢いよく飛びつき、足場を確保して上がる。
「……!」
ニャンピンガは一瞬ためらうが、腰を落とし、肩で力を伝えて一気に登る。
「よし……!」
ローレグルは冷静にホールドを拾い、確実に上がる。
―――
ゴールの鐘が鳴る。
結果は――
ヴァイン一着、ニャンピンガ二着、ローレグル三着。
「ヴァイン速えな!」
ヴァインは笑みを浮かべる。
「僕、足には自信があるんです。ニャンピンガさんも速いですね」
ローレグルが呟く。
「二人とも速い…」
「ローレグル、まだ始まったばかりだよ。気張っていこう」
(ヴァイン、やるな…!)
フレッドの稽古も確実に効いている実感があった。
ニャンピンガは入団試験に胸が高鳴る。
―――
「続いては基礎技術の試験です」
アロファは次の課題を告げる。
「剣の基本動作を千回行い、刃筋の乱れを私が採点します。その名も――型の試練」
千回。数字だけで重い。だが試験の採点基準は明確だった。
刃筋の正確さ、リズム、姿勢、無駄のない動き、そして魔力の込め方。
(この一ヶ月間、剣はあまり触れてなかったけど、基本動作なら剣がなくても確認出来た……!)
「では、型の試練、始め!」
ニャンピンガは剣を構え、基本の切り下ろし、突き、受け、払いを繰り返す。
最初は千回という数字に気圧されるが、動作を小さく刻み、リズムを作ることで身体が慣れていく。
フレッドの言葉がまた蘇る。
――小さく刻め。大きな動作は小さな成功の積み重ねだ――
その時、ローレグルの動きが目を引く。
彼女の所作は無駄がなく、刃筋が常に安定している。まるで剣が彼女の一部であるかのようだ。
ヴァインはリズムを崩さず、安定した連続動作で着実に回数を稼ぐ。
魔法により空中で浮いている審査員席に座っているアロファは眉一つ動かさず、だが時折魔法でメモを取り、短く評を述べる。
「ローレグル・ヴァトンさん、刃筋が美しいです。
ヴァイン・スナルヴィンドゥルさんは安定感があります。
ニャンピンガ・イントワーリさんは力強さがありますが、腰の入れ方に甘さが見えます」
ニャンピンガはその言葉を胸に刻み、腰を意識して動作を続ける。千回を超えたあたりで、腕の疲労が襲うが、呼吸とリズムで耐える。最後の一振りを終えた瞬間、会場に静かな拍手が起きる。
アロファが判定を告げる。
「午前の部はこれで終了します。ニャンピンガ・イントワーリさん、ヴァイン・スナルヴィンドゥルさん、ローレグル・ヴァトンさん、それぞれの動きは評価に値します。
ヴァイン・スナルヴィンドゥルさん、ローレグル・ヴァトンさんはこの後、魔力適性検査がありますので会場にお残りください。
その後、午後の部に向けて、各自休憩を取ってください」
ヴァインはニャンピンガに駆け寄る。
「ニャンピンガさん、午前の部お疲れ様です」
「おう!お疲れ様!」
ローレグルはヴァインに隠れながら言う。
「ではまた食堂で」
「ああ!またな!」
ヴァインとローレグルは魔力適性検査へ向かい、ニャンピンガは食堂へ向かう。
歩きながら、彼は二人の卓越した動きを思い返す。胸の中に小さな焦りと、同時に燃えるような闘志が芽生えていた。
(あの二人、すげぇ……。でも、オレにもオレのやり方がある。師匠が教えてくれたこと、剣が認めてくれたこと、全部出してやる)
食堂へ向かう中、ニャンピンガは剣の柄を軽く握り直し、午後の試験に向けて静かに気持ちを整えた。




