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第十三話 一ヶ月の果てに

稽古が始まって約一ヶ月が経った。


ニャンピンガは初期の頃にはできなかったフレッドの稽古を、いつの間にかこなせるようになっていた。


鎧を纏ったまま森を駆け抜け、重いものを投げ、木や石の壁を上り下りする。雲梯を素早く移動し、苦戦していた前転も瞬きの間に成功する。空中での前転もお手の物だ。朝から夕方まで、同じ動作を繰り返す日々。


だが、最初の稽古以来、ニャンピンガは剣の稽古を受けていなかった。どれだけ成長しても、フレッドは剣術を教えようとはしなかった。


―――


稽古の終わり、フレッドは静かに告げた。


「少年。明日で私の稽古は終わりだ。明後日はついに入団試験を受けてもらう」


ニャンピンガは息を呑む。

言葉が喉まで出かかった。


「師匠、オレは……」


――剣術を教わっていない


そう言おうとした。


フレッドは制した。


「少年」


「明日が最後だ。覚悟して望むように」


そう言ってフレッドはニャンピンガを訓練場へ戻した。フレッドの姿はそこにない。いつものことだが、胸の奥にぽっかりと寂しさが残る。


―――


早朝、訓練場に現れたニャンピンガは、フレッドに預けられた剣が二日目からずっと没収されたままであることを思い出していた。


(あの剣、師匠にずっと没収されたままだ……

こんなんでオレは合格できるのか……)


拳を握りしめていると、低い声が森に響いた。


「待たせた、少年」


フレッドが現れる。

ニャンピンガは不安げに見上げる。


「始めよう」


いつものように森へ転移すると、フレッドは剣を抜き、ニャンピンガに投げ渡した。

受け取ると、それが初日に渡された剣だと気づく。

だが、今は違っていた。


「……!」


「剣が……光った……!」


(あん時はこんなに光らなかったのに何で……!?)


刃が銀白色に光り、まるで鏡のように周囲の木々や空を映している。

掌に伝わる冷たさと、刃先に宿る静かな振動が、ニャンピンガの胸を高鳴らせた。


フレッドは淡々と語る。


「その剣は数百年前に作られ、クロムという金属で出来ている。クロムは硬く、錆びにくい性質を持つが、単体では脆いという弱点がある。だが、鍛冶職人の魔導士がその弱点を取り除いた。数百年経っても新品同様の美しさを保つことから今では『古の宝剣』と呼ばれている」


「『古の宝剣』……」


ニャンピンガは剣を見つめる。


「最初に会った時、君は怒りに身を任せ、力を制御できない未熟者だった」


「……!」


「その剣を初めて君に触れさせた時、剣は君を選んだが、預けた一晩では変わらなかった」


「だからオレに剣の稽古を教えてくれなかったんですね」


フレッドは頷く。


「だが、鍛錬の積み重ねで剣は君を認めた。剣は銀白色に輝き、君は適応者となった」


「適応…者…」


そしてフレッドは言う。


「少年、構えろ。君の覚悟をぶつけて来なさい」


「はい!」


ニャンピンガは剣を構え、フレッドに駆け出した。


―――


剣戟(けんげき)が始まる。


刃と刃がぶつかる音が森に響き、金属の擦れる匂いが鼻を突く。


ニャンピンガは全力で斬りかかるが、フレッドは冷静に受け流し、時に弾き、時に間合いを崩す。

フレッドの動きは無駄がなく、攻防の一つ一つに理由がある。


フレッドは短く指摘する。


――「距離を測れ。剣は距離で半分が決まる」


ニャンピンガは一瞬引いて間合いを取るが、次の瞬間には弾かれて地面に転がる。受身を取り、すぐに立ち上がる。以前の自分なら立ち上がることすらできなかっただろう。


再び突進するニャンピンガに、フレッドはさらに言葉を重ねる。


――「刃先を見ろ。刃先が動けば相手は反応する」


――「力を込めるのは最後の一瞬だ。腕で押すな、腰で打て」


ニャンピンガはフレッドの言葉を反芻し、腰の入れ方を意識して斬りかかる。だがフレッドは受け流し、すぐに反撃の隙を突く。


――「受け止めるな、流せ。力を受け止めると消耗する」


――「相手の剣を弾いたら、すぐに次の足を出せ。攻撃は連続だ」


フレッドの指摘は短く、的確だ。ニャンピンガは一つ一つの言葉を実行しようとするが、攻撃はなかなか当たらない。それでも、以前より反応は速く、動きは滑らかになっている。フレッドの剣が当たるたびに、ニャンピンガの中に改善点が刻まれていく。


―――


夕暮れが近づき、汗と泥で汚れた顔に橙色の光が差す。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


ニャンピンガは地面に身体を投げ出し、息を荒げる。胸の中には焦りと悔しさが渦巻く。

結果として、今日も師に一発も当てることはできなかった。しかもフレッドは息一つ乱していない。


フレッドは静かに歩み寄り、言った。

「ご苦労であった」


ニャンピンガは顔を上げ、震える声で訊ねる。

「師匠、オレ、明日の試験、合格できるんでしょうか……。オレ、師匠に一発も当てられなかった。こんなんで合格できるのか……」


フレッドは無言でしばらく彼を見つめる。やがて淡々と答えた。


「何だ。そんなことか」


「なっ!そんなことって……!オレはすんげぇ考えてんの!」


ニャンピンガが食い下がると、フレッドは冷ややかに言う。


「君が私に攻撃を当てるなど、一万年早い」


ニャンピンガは驚愕する。

「い、一万……!?百年とかじゃなくて……そんなに……!」


「当然であろう」


(クッソー。師匠の奴、舐めやがって……)


ニャンピンガは悔しさで拳を握りしめる。


フレッドは続ける。


「だが、覚えておけ。剣は怒りのはけ口ではない。制御できぬ力は己を滅ぼす。覚悟は剣に伝わる。だが覚悟だけでは刃は動かぬ」


「……!師匠……」


胸の中の火は消えていない。


フレッドは最後に言った。

「もう日没だ。明日に備えて今日は早く寝るように」


転移魔法を発動させる前、ニャンピンガは慌てて叫んだ。


「師匠!」


フレッドは振り向く。


ニャンピンガは息を整え、真っ直ぐに言った。


「師匠、一ヶ月間ありがとうございました!

明日の試験、見に来てくれませんか?」


フレッドは冷静に答える。


「私は多忙の身だ」


いつも通り、フレッドはニャンピンガを訓練場へ戻した。しかし、いつもと違っていたのは、ニャンピンガの手に『古の宝剣』がしっかりと握られていたことだった。剣の銀白の刃が夕焼けを受けて淡く光る。


(多忙なのに、オレの稽古は欠かさず付き合ってくれたんだな……)


ニャンピンガは心の中で呟き、剣を抱えて帰路についた。


夕焼けに伸びる自分の影は、昨日よりも確かに太く見えた。合格できるかどうかは分からない。だが、剣と師の言葉が、彼の胸に小さな確信を灯していた。


(絶対に、やってやる――)

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