第十二話 挑戦の反復
「今日は鎧を着たまま基礎トレーニングだ」
「はい!」
今日も今日とて、ニャンピンガは森の中で稽古中だ。
朝の冷気が残る木立の中、鎧を纏った彼は息を整え、フレッドの合図で動き出す。
今日の稽古は基礎トレーニングから始まるらしい。
鎧を着たまま、腕立て伏せ、スクワット、ダッシュ、パンチ、キック、重いものを押す・引く、後ろ向きに歩くなど、全身を使うメニューが矢継ぎ早に続く。
鎧の金属音が木々に反響し、汗と土の匂いが混ざる。
かなりキツイ。
だがニャンピンガが苦戦するたびに、フレッドは冷静に近づき、短く的確なアドバイスを投げる。
――「腰を落とせ。力は腰から出す」
――「吸って、吐いて、動け。呼吸がリズムを作る」
――「フォームを意識しろ。崩れたら一度止めろ」
フレッドの声は短いが、筋肉の使い方が変わるたびにニャンピンガの動きは少しずつ滑らかになっていく。息が荒く、鎧の重みが肩に食い込むが、心は折れない。
―――
「次は鎧を着たままこの壁を登れ」
「はい!」
基礎トレーニングの次は、フレッドが魔法で出現させた石の壁だ。
手と足で登るタイプの壁で、石の表面はざらつき、ところどころに突起がある。
ニャンピンガは昨日の木登りを思い出す。
(昨日は木を登ったんだ。石だっていける…!)
フレッドの短い指示が耳に残る。
――「手を見るな。次に置く場所を先に見ろ」
――「足で踏ん張れ。手は支点だ」
――「重心を分散させろ。片側に寄せるな」
視線を先に置くと、体の動きが自然に連動する。足裏で地を掴む感覚を意識し、重心を分散させて一歩一歩登る。途中で足が滑りそうになっても、ニャンピンガは踏ん張る。顔は必死で、どこか傑作めいた表情になっているが、確実に一段ずつ上がっていく。
―――
「次は雲梯運動だ」
「はい!」
壁登りの次は、鎧を着たまま雲梯を移動する。
フレッドが魔法で作り出した鉄製の雲梯は、上下・水平方向に配置され、腕力と肩甲骨の使い方が試される。ニャンピンガは木登りと壁登りで得たコツを思い出し、視線を先に置き、肩甲骨を意識して腕を引く。
――「腕の力だけで引くな。肩甲骨を引け」
――「振られるな。体幹でブレを抑えろ」
――「一手一手を小刻みに。勢いで誤魔化すな」
言われた通りに動くと、腕の疲労感が少し和らぎ、次のバーへと手が伸びる。顔は相変わらず変顔じみているが、動きは確実だ。観察していたフレッドの目が、わずかに柔らぐ瞬間があった。
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「次は鎧を着たまま前転だ」
「はい!」
雲梯の後、地面に戻っての課題は前転。
鎧の重さがあるため、体を丸めて回るのが難しい。ニャンピンガは地面に手をつき、深呼吸をして挑むが、何度やっても完全に回りきれない。手首や肩に衝撃が走り、何度も地面に叩きつけられる。
ニャンピンガは視線を送るが、助言はない。
フレッドはしばらく黙って佇んでいる。
やがて気づく。
(師匠からのアドバイスが無いってことは、教えられることは教えたってことか……
つまり、今までの知識で乗り越えろってことだ……)
ニャンピンガは自分の体の使い方を工夫する。
腰の入れ方、首の残し方、視線の先行。
小さな動作を刻んでいく。
フレッドが以前言った言葉が頭をよぎる。
『小さく刻め。大きな動作は小さな成功の積み重ねだ』
何度も何度も、地面に体を打ち付けながら挑戦を続ける。夕暮れが近づき、空が橙色に染まる頃――。
―――
挑戦してn回目のことだった。
夕暮れの光が木々の隙間から差し込み、汗と泥で汚れた顔に金色の筋が走る。
ニャンピンガは深く息を吸い、首を残して視線を先に動かし、体を丸めた。
手が地面を押し、腰が回り、視界が一瞬逆さまになる。
次の瞬間、彼は完全に回りきっていた。
「出来た……やった……!」
驚きと安堵が混ざった声。
冷たい風が頬を撫で、訓練場の空気が一瞬和らぐ。
「出来たか、少年」
「師匠!オレ、出来たぜ!」
ニャンピンガは泥だらけの顔で笑う。
フレッドが近づき、魔法でさっと泥を払ってくれる。
フレッドは淡々と、しかしどこか含みのある口調で言った。
「体の使い方を工夫することも大切だが、何より大切なのは――」
「“何度も挑戦すること”だ」
「……!」
「それに気づかせ、教えることが師である私の務めなのだ」
ニャンピンガは胸が熱くなり、思わず目を潤ませる。
師匠の言葉が、ただの指導ではなく、自分を見てくれていた証に思えたのだ。
だがフレッドはすぐに続ける。
「何をボサっとしている。前転が出来たのなら、次は跳び上げて空中で前転するのだ」
達成感でいっぱいだったニャンピンガは思わず叫ぶ。
「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
その叫びは、夕暮れの森に小さく響いた。ニャンピンガの胸には、疲労とともに新たな挑戦への火が灯っていた。




