魔物の王6◇
私は生涯を賭けて、一つの謎を追求し続けている。
答えを得られぬ可能性が非常に高い。
けれども、この謎を知ってしまえば探究せずにはいられない。
しかし、これは良き事なのだろうか。
あぁ、愛しき人よ。
私の愛しい人よ、許して欲しい。
けれども、この謎を解き明かす事が出来たのならば。
君の傍に、行けるのだから。
~男の独白~
晴香が泣き叫ぶのに、グラハムは唇を強く噛み締める。『魔物』が、晴香を掴もうとしているのか、降り降ろされた手が。
ピタリと、止まった。
何かあったのか、グラハムは最悪な事態を頭に思い浮かべて、魔物の身体の隙間から見える晴香を見る。
晴香は左手で上半身を支え、少し俯いていた彼女の栗色の髪が目や顔の半分を隠している。
直ぐ傍には『魔物』の黒い粘液に包まれた手があり、白い腕が添えられている。
添えられている?
「…シモーヌ…?」
名を呼んだ声は情けない程に、震えていたがグラハムは気にも止めずに動かぬ少女へと視線を注ぐ。
グラハムがその四晴が巡り終わっていない中で、見た少女は怯え、親を求めて泣く姿に。何処か、魂が白き門に迎えた脱け殻の様な儚い虚ろな姿と、年相応の。
にぃいいっ。
そんな音が聞こえてくる髪の間から見えた、歪んだ。口の端がつり上がった笑みとは正反対の、穏やかに微笑んだ笑顔。
「本当に、変わらないなぁ」
呟かれた声は愉快だと言葉にせずとも、耳にした者はその声色で悟る。少女の上げられていた手が、軽く振られる。
それだけで、大した力を込められた様子も無いのに『魔物』の巨大な手は、大袈裟に弾かれ。そのまま数歩、後ろへとたたらを踏んだ。
この光景を、誰が信じられるのだろうか。
「困ったな。私はまだ寝ていたいけど…どうする?このまま去るなら、見逃すよ?」
『魔物』が、初めて感情を見せる。少女が立ち上がるのに、怯えて自ら一歩。
片手で容易く握り潰せる人間を恐れて、後ろへと一歩逃げたのだ。
まさか、とグラハムも信じられはしない。
しかし、それと同時に。
やはり、とグラハムは信じてしまった。
背の骨格だけの翼が震える。そして『魔物』は、今度は力を込めて。
「おやまぁ…随分」
右手で髪を掻き上げると、ほの暗い深紅の瞳を細めて『それ』は微笑む。
その姿は、黒の混ざった焦げ茶色の瞳で微笑む少女とは全く違い。
「人間らしい」
獲物を狩る猛獣の如き、獰猛さを秘めていた。
一瞬にして『魔物』の降り下ろそうとしていた手が、腕ごとより高く宙へと舞い上がる。
失われた腕を再生しようと、黒い粘液が這う様に蠢く前に、両足が白い一閃によって切断され。『魔物』が前のめりになって倒れた。
「大分、劣化してるね」
暢気な声を出しながら『それ』は、片手を振るだけで頭、胴、と細かく切断し続け。
灼熱の業火の中で、涼しげな表情をうかべながら。再生する為に粘液が広がり、脈動する肉の塊へと歩み寄る。
「まぁ…それも、そうか」
左手を伸ばして肉の塊に埋め込むと、肉が大きく脈動して暴れる。『それ』は気にする事もなく、腕を肘まで埋め込むと一気に引き抜いた。
『それ』の手に持つのは、黒く濁った緑の女の拳程の玉の形をした命輝だった。
黒く濁る命輝からは、黒い粘液が次々と溢れ出して地面に落ちる。
「濁ってるね…欲しい?」
そこで漸く『それ』は今まで、口を閉ざして静観していたグラハムへと首を傾げながら差し出した。
「いらねぇよ、そんなもん」
「酷いなぁ、君達が望んだんでしょうに」
グラハムの言葉に『それ』がケラケラと声を上げて笑うと、左手を持ち上げ。命輝が白い炎に包まれ、直ぐに命輝は炎の中で溶ける様に崩れながらも、跡形も無く消えた。
「終わったか?」
「終わったよ?」
「そうかよ…じゃぁ」
風を切る音がし、グラハムの身体が『それ』の目の前に移動する。細い首には彼の持つ剣の刃が添えられており。
「危ないなぁ。傷は女の子にとって、残っちゃいけないらしいんだよ?」
「相変わらず、自分勝手な奴だなテメエは」
剣の刃には『それ』の人差し指が当てられていた。
「十年ぶりなんだ、このまま斬られちまえ」
「それは出来ないなぁ…もしかして。グラさん、この子を殺したいの?」
心底驚いたと目を丸める『それ』に、思わず剣に力を込めたが、残念な事に微動だにしなかった。
あんな事があっても、態度を変えない『それ』にグラハムは、息を整えて低く唸る。
「仕切り直すが…十年前に、死んだ筈の奴が。何でか他人の身体で喋りやがるのも気にしねぇで、言ってやる」
「うん」
「久しぶりで、今度は俺が殺してやりたいよ…『シェラ』!」
グラハムの怒りに満ちた怒声に、深紅の瞳を猫の様に細めて『シェラ』は口の端をつり上げて笑った。
「だって『魔物の王』なら、これ位はやってのけなきゃ…面白くないでしょうに?」
道化の様に肩を大袈裟に竦めた後、彼女は首を傾げてグラハムを見る。
「久しぶり、グラハム・ダイン…十年振りの再会に、抱擁でもする?」
いらねぇよ。
遠い昔に、一人ぼっちの王様が居ました。
王様は皆に慕われていましたが、王様はとっても偉いのです。
だから、皆は王様の遠くで頭を下げます。
陛下、万歳!
陛下、万歳!
皆は王様と共に喜んでいましたが。
王様は、傍で一緒に手を取り合って喜んでくれる方が嬉しいのです。
王様は一人で、涙を流しました。
~『王と道化』~




