魔物の王5◇
後は、人間が魔物になった話は聞かないね。
魔力が高いのに?
そんな存在が居てみろ、世界中がユフクスだと騒ぎ出すぞ。
ユフクス…ユフクスって?
伝説の魔物だ。
人形の魔物で、魔物の中で何よりも強い。
書物は少ないが、太古に人間はそのユフクスに支配されていたのだ。
…え、じゃぁ…今、居ないのは?
何も知らないのか?
え!?
えと、えっと…!
昔にね、人間とユフクスが戦ったんだ。
ほら、英雄信仰の始まり。
始祖の英雄が命輝を使う方法を発見して、ユフクスと戦って勝った。
そうそう!
確か、子孫が王様なんだよね!
何処の国の?
………。
まぁ、そんな感じで世界は人間の支配になった。
はい、おしまい。
そうだったんだね…。
生きている限り、何かしらの形は残るからね。
貴様は何も残しそうに無いがな。
いやいや、これでも結構残しているよ。
例えば?
歴史?
~旅の一コマ~
『黒き門』と『魔物』の呼び名は『あれ』から来ているのだそうだ。肉の山が、真ん中からぱっくりと開く姿は、太古の人間にはそう見えて。『あれ』こそが、今まで呼ばれ続けた『魔力を喰う生き物』として『魔物』の起源となった。
家が魔物の大きな手によって簡単に崩れ去る。グラハムが背中から普通の剣よりも一回り大きな剣を抜き放って、盛大な舌打ちをした。
異様だ。
目の前をまるで、歩き始めた赤子が、積み木で出来た土地を破壊しているみたいだ。
異常だ。
あの『黒き門』は、もう終わった筈だ。
あの、十年前に現れたのは『全て』が滅ぼされた。
なのに、何故。
異状だ。
団員達は全て、人民の救済に向かわせた。もう、あの惨劇は繰り広げさせはしない。
歯を食いしばって、剣を翻して左足を斬り飛ばす。がくり、と『魔物』は崩れ落ちる。右足を続けて斬り落とそうとして、グラハムは気付いた。
左足が灰になっていない。
まさか、目を向けた先にはどろりとした液体が失った左足の部分へと溜まり。それが沸騰して無数の泡を立たせ、赤く熱を持つ。触れている木片がその熱で火を生み出し、周囲へと燃え移った。
「…成る程、こりゃ…魔物だ」
熱の赤が、肉の赤へと代わり。黒い液体に包まれる。切り捨てられた左足は、既に業火と成った。
あれはね、理を歪められて存在する。
私は、この世で何より。
いや、唯一と宣言しよう。
私は『あれ』が、嫌いだ。
『あの時』は、もっと凶悪で異質なモノだったが。成る程、確かにと頷ける。
「どう倒せば良いんだよ」
思わずグラハムはぼやいてしまったが、それとは裏腹に剣は強く、握りしめられた。
『あれ』は、人間も気にも止めずに歩みを止めない。自身が踏み潰した団員も、斬りつけるグラハムも。
何が目的だ、そこで初めて考える。
この際、人の形なのは考えない。そして、思い出せ。少しでも進行を遅める為に、『魔物』の足や手を切り落とし。一人でも多くを救おうとしながらも、忌々しい記憶を蘇らせる。
アイア・レイス・ローン。
そう、呼んでいるよ。
殺すのは簡単、命輝を消すんだ。
あれは、命輝がある限り止まる事は無い。
その命輝が何処にあるんだ、あのイカレ!
一軒家の二倍以上もある『魔物』の命輝を見つけるのさえ、時間が惜しい。記憶の存在に八つ当たり、グラハムは。
「…シモーヌ!」
守ろうと、決めた少女が『魔物』から逃げる姿を見てしまった。
「シモーヌ、走れッ!」
走り続けてふらついている少女は、もう体力も限界なのだろう。怪我が治っている腹部を両手で抱えて左右に揺れながらも、『魔物』の伸びる手を奇跡的に逃れている。
無茶を言いながら、グラハムは無謀だと自身が分かっていながらも。覚悟を決める。
例え、焼け焦げようが片っ端から切り落として命輝を見つけ出す。
「シモーヌ!もっと離れろ!」
無茶を言う。
酸欠になりながらも、必死で走っているのにこれ以上の速度を出せというのか。
晴香はズキズキと痛み出す腹部を押さえ、勝手に動いている様な足に力を込める。
悪い、夢だ。
闇の黒と燃え上がる赤に、耳に届くのは悲鳴と泣き叫ぶ声。
夢なんだ。
って、思いたい?
耳障りな声が止まらない。ぼんやりと靄の掛かった意識が、どうにも晴香から現実味を奪ってしまう。
夢じゃないよ。
君は、逃げているだけさ。
今までも、ずっとね。
「シモーヌ!」
違う、私は霜貫 晴香。
晴香の足が限界を訴え、縺れて転がり転けてしまう。痛い。
痛みに、顔を歪めて起き上がろうとして擦りむいてしまったのか。右手の甲から流れ落ちる血に、晴香は気付いた。
夢、じゃない。
目の前には、映画の様な『化物』が居る。
夢じゃないよ。
何時か、覚めるかと思ったが一向に。
この夢は醒めない。
終わる訳が無いさ。
「ぅ…ゃ、ヤダ…」
晴香の頭の中で、急速に恐怖が広がる。死ぬ、その言葉が明確に晴香の前に突きつけられた。
現実だ、全て。
私が、死にかけているのも、全て。
抱えていたお腹を無視し、横になっていた身体を起き上がらせる。
怖い。
死にたくない。
夢じゃない。
「ヤダ…死に、たくない。死にたくない!」
震える両手で、身体を持ち上げたが。起き上がろうとして、足が晴香の意思を行動に移せずに。立ち上がる事が出来なかった。
頭上にゆっくりと魔の影が振り落とされようとしている。
「ヤダ…ヤダ、死にたくない!」
しょうがないなぁ。
頭の中で、弧につり上がった笑みが浮かんだ。
魔物は魔力出はなく、その人間の魂に惹かれ焦がれる。
焦がれて、焦がれて。
その果てに喰うのだと、昔のある研究者は告げた。
だとすれば、人間が魔物に焦がれたら?
簡単な話だ。
魔物にこの魂を差し出せば良い。
けれども、君は。
喰ってはくれなかった。
~ある男の独白~




