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風花  作者: 草薙 承
~涼~
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14/20

【番外編】~真幌~ 飯2

夏休みの1ページ。

読まなくとも本編には差し支えありません(多分)

真夏の太陽もようやく和らぎを見せる時刻。

斜陽はオレンジ色の光線を、こじんまりとした喫茶店の、レンガ造りの壁に投げかけている。熱されてあえぐようなレンガに、何気なく掛かるプレートを飾る『風花』の文字。


それを横目に、真幌はそっと店の扉を押した。

カカリラン♪……と軽やかにカウベルが鳴り、店内から湧き出した冷風とコーヒーの香りが、夏休み、連日行われる稽古に疲れた体と、鼻腔を甘くくすぐる。


「こんちは」……と言い掛けて止める。

店内に人の気配はなく、確かジャズだったと思う、この店に似つかわしい歌声とメロディーだけが迎えてくれた。


スツールがひとつ、店の入り口、真幌が立つ方向に倒れている。

どうやらここに座っていた人物は、大慌てでスツールから飛び降りしたらしい。

スツールの足元にはビーズで出来た……アクセサリーと思しきものが落ちている。普段、店主をつとめる蓬なら、見過ごしようもないことだが……今はその彼女の姿も見当たらない。

小さな店内に置かれたソファには、ここしばらくのうちにすっかり見慣れた、学校指定の通学鞄が無造作に置かれていた。口が開いているのは、何かを取り出そうとしていたからのようだ。


「ああ……そういや、今日は登校日だっけ」


いつもの調子で道場に行ったが、どうりで誰もいないはずだ……ようやくそれに気づいたことは忘れたことにして、真幌は肩にかけていた刀袋をソファの背に預け、自身もソファに身をゆだねた。


「……もらい」


誰に言うでもなく、テーブルに置かれていたレモネードに手を伸ばす。

飲み干したグラスで、角の取れていない氷が音を立てた。夕日が限りなく優しく照らす店内を見渡すと、埃がまだ静まっていない。


騒ぎが起きたのはつい、数分前のことのようだ。

一息ついたところで、真幌は頭をめぐらせた。

先刻から気になるものが、カウンターの上に鎮座している。

夕日を受けてきらめく、背の高い、複雑な曲線からなるグラス。

そのグラスにはどっさりとアイスクリームと生クリーム伸び上がり、色とりどりのフルーツが飾られ、きちんとウエハースが添えられている……いわゆるひとつの、『フルーツパフェ』だ。


『THE フルーツパフェ』と定冠詞をつけてもいいぐらいの、堂々たるものだった。

ただひとつだけ、おそらく頭頂部にあるべきであろう、チェリーが足りない。

カウンターの向こうに視線をめぐらせた。

シンクの脇には、同じくパフェやサンデーの盛り付けに使われたのだろう、各種のグラスが数多く、手際よく洗われ、きらきらと輝きながら洗いカゴに行儀よく並んでいる。

今日はアイス系が良く出たのだろう。


「……最後のひとつだな」


ぼそりとそう言うと、真幌はおもむろに立ち上がった。

ビーズを拾いつつ、倒れていたスツールを起こすと、グラス脇に身を横たえているスプーンに手を伸ばし、腰掛けながらパフェに手を伸ばす。


「…………あ」


最初の一口を含んだその時、扉が開き、店主が姿を見せた。

どこまで行って来たのか、長い前髪がほつれ、うっすらと汗をかいた額に張り付いている。

カウベルが音を立て、静やかに扉が閉まる。

ちょっと困った顔で、蓬は笑っていた。


「真幌、それ……」

「……今日、最後のパフェなんだろ」


もぐもぐと口を動かしつつ、真幌が答える。


「うん、それで……」

「……チェリーが無いって、妙子と涼が買出しに行ったんだろ」


話しながらも、一向に止まらないスプーン。


「そう、それでさ……」

「……チェリーぐらいまだ買い置きがあんのに、話も聞かずに飛び出しちゃったんだろ」


ウエハースは瞬時に消え去る。


「そう、つまり……」

「……先に戻ってきた方がパフェを独り占めって訳だ」


メロンが皮ごと消え、音も立てずに飲み下されていく。

蓬は整った指先を額に当てると、諦めたようにため息をついた。


「……ぃぃいいいいっちばぁぁぁぁぁーーーーーんっ!!!!!」


カウベルが、何かの法則を無視したような音を立てた。

扉は、葦がなびくようにその身をたわませつつ、ありえない破砕音を響かせる。


「……残念、おれが一番でした」


まったく悪びれず、真幌は最後のひとかけを口に放り込んだ。

チェリー缶を片手に、満面の笑みを浮かべた妙子の表情が、見る間に凍り付いていく。


「…………ぁぁぁあああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


小さな唇から呪詛にも似た悲鳴が漏れ出すのも構わず、真幌は席を立った。


「くっそう! 負けたーーーっ!!……あれ? 真幌さん?」


後から駆け込んできた涼の顔を眺めながら、真幌はやたらに神妙な顔をしてみせた。


「子曰く、チェリーにこだわる者はパフェを失くす……」


神妙な顔を作りつつ、さりげなく刀袋を背負う。


「……あれ? パフェ? あれ? おれのレモネード……?」

「……ついでにレモネードも失くす」


にやりと笑って、扉に立ち尽くす後輩の背をぽんと叩く。

カウベルが軽やかな音を立て、真幌の後ろ髪が扉の向こう側に消えていく。


「……ま゛ーほーろ゛ーーーっ!!!!!…………て、あれ?」


限りない呪詛の声を上げようとした妙子の頭に、何かが乗っていた。


「ビーズのブレス……? あ、ここにあったんだ! よかった~……真幌、見つけてくれてたんだね……」


取り上げたそれ、お手製のお気に入りを見つめながら、思わず笑みが漏れる。


「…………って、それとこれとは無関係だーーーっ!!!!」


喫茶「風花」の扉がもう一度、悲壮な声を上げる。

妙子が猛然と駆け出していくその頭上には、夕風をともなって宵の明星が光を放ち始めていた。


「…………えーと、食い逃げ?」


呆然とつぶやく涼の傍らで、蓬がもうひとつため息をついた。

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