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真贋の眼 〜眼の奥に潜む真実〜  作者: えもえもん
第五章 幻の島と還りし者

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第六十三話 月と星


「今度こそ――あいつらの道を開けるぞ!」


 鳴神宗玄の号令に、全員が動き出した。


 蒼い雨を浴びた刃眼隊が、残された槍を一斉に突き出す。


「押し返せ!」


 死体眼獣の胸や腹へ、何本もの槍が突き刺さった。


 先ほどまでなら、身体を貫かれても構わず前進していた。


 しかし今は違う。


 水城蒼華の雨が玄斎の眼力を乱し、死体眼獣の動きを鈍らせている。


 槍を掴もうとした腕が、不自然に震えて止まった。


「効いてるぞ!」


「騎士団、今だ!」


 残された矢が一斉に放たれる。


 翼を持つ死体眼獣が射抜かれ、空から次々と落下した。


 観客席では、忍たちが動きの止まった死体眼獣へ刃を撃ち込んでいく。


「四式――刃!」


 細い刃が両腕と両脚を切断する。


 倒れた死体眼獣は身体を動かそうとするが、玄斎の眼力が上手く届いていない。


 泥の中で僅かに指を動かすだけだった。


「進める!」


 戦士の眼が巨大な盾を作り出した。


 盾を前へ構え、死体眼獣の群れへ突進する。


「道を空けろ!」


 何体もの死体眼獣が吹き飛ばされ、包囲の一角が崩れた。


「伊織!」


「任せろ!」


 伊織の白い義手を炎が包む。


 蒼い雨の中で、その炎は勢いを失わない。


 むしろ与えられた眼力を燃料にするように、大きく燃え上がった。


「全部、吹き飛べ!」


 放たれた炎が、戦士の眼が開いた隙間を真っすぐに走る。


 死体眼獣たちが火に呑み込まれ、左右へ押し退けられた。


「光留!」


「ああ!」


 兄が黒刀を構える。


 両腕には、再び黒い鱗が揃っていた。


 地面を蹴り、炎の中を突き進む。


 動きの鈍った死体眼獣を斬り払いながら、中央舞台へ近づいていく。


「黒刃!」


 黒い斬撃が死体眼獣の群れを切り裂いた。


 島の奥へ続く道が、僅かに見える。


「押しているぞ!」


 刃眼隊から声が上がった。


「このまま一気に突破する!」


 蒼雨廻天によって、戦況は完全に変わり始めていた。


 絶え間なく攻め続けていた死体眼獣が、今では次々と動きを止めている。


 玄斎の操作は乱れ、複数の死体眼獣が互いの身体へぶつかっていた。


 それでも玄斎は、中央舞台から動かない。


 表情を失ったまま、戦場を見つめている。


「どうした、玄斎!」


 三番隊長が叫ぶ。


「自慢の軍勢が動かなくなってるぞ!」


 玄斎は答えない。


 雨に濡れた白髪が、青白い顔へ張りついている。


 死体眼獣たちが押し返されていく様子を、感情のない眼で見つめていた。


 やがて、小さく息を吐く。


「やはり……」


 玄斎の声は、雨音に紛れそうなほど静かだった。


「駒に過ぎんな」


 玄斎が片腕を上げる。


 全ての死体眼獣が、一斉に動きを止めた。


 地上。


 空。


 観客席。


 身体を切断されたものも、炎に焼かれたものも、その場で完全に静止する。


「何だ?」


 兄も足を止めた。


 御影宗十郎が綻びの眼を凝らす。


 玄斎から死体眼獣へ伸びていた眼力が、逆向きに流れ始めていた。


「眼力が……玄斎へ戻っていく?」


 死体眼獣の身体に埋め込まれた眼が、次々と黒い光を放つ。


 玄斎はゆっくりと瞼を閉じた。


「使えぬ駒に、力を残しておく必要はない」


 口元に、薄い笑みが浮かぶ。


「全て、返してもらおう」


 閉じられていた両眼が開いた。


「開眼―万屍冥還(ばんしめいかん)」


 その瞬間、試合会場から音が消えた。


 雨音も。


 呼吸も。


 風の音さえ聞こえない。


 地上にいた死体眼獣の輪郭が崩れ始めた。


 腐った肉体が黒い霧へ変わり、その中から濃密な眼力が抜け出していく。


「眼獣が……消えていく」


 一体。


 十体。


 百体。


 全ての死体眼獣が、黒い眼力へと変わっていく。


 空を飛んでいたものも例外ではない。


 翼の先から崩れ、黒い光の粒となって中央舞台へ吸い寄せられる。


 観客席を埋め尽くしていた死体眼獣も、次々と姿を失った。


 切断された腕。


 泥の中を這っていた指。


 炎に焼かれ、灰となった身体。


 その全てから眼力が抜き取られ、玄斎のもとへ集まっていく。


 試合会場の上空に、巨大な黒い渦が生まれた。


「この量……」


 御影が息を呑む。


「あれだけの死体眼獣へ分けていた眼力を、全て自分へ戻しているのか」


 黒い渦が、玄斎の身体へ流れ込む。


 透けていた身体の輪郭が濃くなっていく。


 古い隊羽織が大きく揺れ、玄斎の足元から黒い眼力が溢れ出した。


 地面に亀裂が走る。


 舞台の石が浮かび上がり、触れる前に粉々に砕けた。


「これが……初代隊長の眼力……」


 一番隊長の表情が強張る。


 だが、玄斎の吸収は死体眼獣だけでは終わらなかった。


 試合会場を覆っていた蒼い雨が、玄斎の周囲へ引き寄せられ始める。


 淡い光を宿していた雨粒から、蒼華の眼力が抜き取られていく。


 雨は色を失い、黒く濁った水となって地面へ落ちた。


「まずい!」


 御影が叫ぶ。


「周囲の眼力まで吸い始めた!」


 地面を覆っていた苔が、一斉に黒く変色した。


 亀裂から伸びていた草が枯れ、泥の中へ沈んでいく。


 木々からも淡い光が抜け出し、試合会場へ流れ込んできた。


 この島に残された眼力。


 過去の戦いで地面へ染み込んだ眼力。


 そして、生きている者たちが持つ眼力まで。


 全てが玄斎へ引き寄せられていく。


「身体が……重い」


 兄の両腕を覆っていた黒い鱗が、再び薄くなる。


 伊織の炎も小さく揺れた。


 戦士の眼が作り出した盾の端が、少しずつ崩れていく。


 鳴神の雷さえ、細い糸のように引き伸ばされ、玄斎の方角へ流れ始めた。


「せっかく戻った眼力が……!」


「吸われているんだ!」


 蒼い雨によって取り戻した力が、今度は玄斎に奪われていく。


 空気が冷たく湿り始めた。


 雨で濡れた衣服が肌へ張りつく。


 地面から黒い霧が染み出し、足元を這っていく。


 湿った土。


 腐った肉。


 長い間閉ざされていた墓の中のような臭い。


 息を吸うたびに、冷たい何かが身体の内側へ入り込んでくる。


 試合会場全体が、巨大な死体の中へ変わったかのようだった。


「この空気……気持ち悪いな、」


 伊織が口元を押さえる。


 呼吸をするだけで、眼力と体温が少しずつ奪われていく。


 黒い霧は濃くなり、足首から膝へまとわりついた。


 玄斎が中央舞台から一歩を踏み出す。


 その足が地面へ触れた瞬間、重い衝撃が会場全体を揺らした。


「これでようやく――」


 玄斎が兄たちを見下ろす。


「私自身の戦いを始められる」


 玄斎が腕を振る。


 集められた眼力が、巨大な黒い塊となって放たれた。


「全員、避けろ!」


 兄たちが左右へ飛ぶ。


 黒い眼力は地面を抉りながら進み、後方にいた負傷者へ迫った。


 その進路へ、一つの影が降り立つ。


 細い三日月の光が、黒い塊を横から切り裂いた。


 眼力が二つに分かれ、左右の観客席へ激突する。


 崩れた石が雨の中へ飛び散った。


「誰だ?」


 黒い霧の中。


 一人の忍が、玄斎と兄たちの間に立っていた。


「月の眼……!」


 月の眼は細身の刃を片手に持ち、玄斎を見据えている。


「お前たちは下がれ」


 声はいつも通り、落ち着いていた。


「ここからは私が引き受ける」


 だが、その呼吸は僅かに乱れていた。


 刃を持つ指先も震えている。


 以前の戦いで開眼した反動が、まだ身体に残っていた。


 瞳の光は弱く、もう一度開眼できる状態ではない。


 御影もそれに気づいた。


「待て。今のお前では全力を出せないはずだ」


「全力が出せなければ、戦えないわけではない」


 月の眼は刃を構える。


「少し時間を稼ぐだけだ」


 玄斎が月の眼へ視線を向けた。


「三光忍か」


「だったらどうした」


「開眼の傷が残っているな」


 玄斎は一目で、月の眼の状態を見抜いていた。


「欠けた月で、私を止められると思うか?」


 黒い霧から、何本もの眼力が槍のように飛び出した。


 月の眼は横へ跳び、最初の一本を避ける。


 二本目を刃で切り払う。


 しかし三本目が肩を掠め、装束が裂けた。


 血が飛び散る。


「月!」


「来るな!」


 月の眼は着地すると同時に、玄斎へ踏み込んだ。


 三日月状の斬撃を連続で放つ。


 玄斎は動かない。


 周囲に集めた黒い眼力だけで、斬撃を全て受け止める。


「軽いな」


 玄斎が掌を向けた。


 圧縮された眼力が爆発する。


「くっ……!」


 月の眼の身体が吹き飛ばされた。


 地面を何度も転がり、折れた柱へ背中から叩きつけられる。


 肺から空気が抜けた。


 立ち上がろうとしても、足に力が入らない。


「やはり、満ちていない月に価値はない」


 玄斎が月の眼へ近づく。


 その掌に、再び黒い眼力が集まった。


 月の眼は刃を地面へ突き立て、身体を起こそうとする。


 だが、間に合わない。


 玄斎の攻撃が放たれようとした、その瞬間だった。


 試合会場の一角に、小さな光が灯った。


 一つ。


 離れた場所に、もう一つ。


 崩れた観客席。


 折れた柱の先端。


 空中。


 玄斎の背後。


 七つの光点が、試合会場を囲むように現れた。


「何だ?」


 光点同士が、細い線で結ばれていく。


 雨と黒い霧の中に、巨大な星座が浮かび上がった。


 その端にある光が強く輝く。


 次の瞬間、一人の忍が光から光へ飛び移った。


 直線。


 斜め。


 そして再び直線。


 地面にも壁にも触れず、星座を描く光の線の上を駆け抜けていく。


「星渡り」


 玄斎が放った黒い眼力の横を通過する。


 光の軌跡が黒い塊を切り裂いた。


 さらに別の星へ移り、玄斎の背後へ回り込む。


 玄斎が振り返るより早く、その背中へ蹴りが叩き込まれた。


「ぬっ……!」


 玄斎の身体が初めて中央舞台から離れる。


 星の眼は最後の光点へ移動し、月の眼の隣へ着地した。


 夜色の忍装束。


 瞳の奥には、無数の小さな光が瞬いている。


「お前……」


 月の眼が顔を上げた。


 星の眼は玄斎を見たまま答える。


「開眼明けのくせに、よく一人で前へ出られるな」


「来るのが遅いぞ、星」


「口は動くようだな」


 星の眼は月の眼へ手を差し出した。


 月の眼はその手を取らず、自分の力で立ち上がる。


「この程度なら問題ない」


「強がるのは勝手だが――」


 七つの星が二人の周囲で輝く。


 星の眼が構えを取った。


「俺の足を引っ張るなよ」


 月の眼も、血の付いた刃を構え直す。


「お前こそ、星を踏み外すな」


 玄斎はゆっくりと身体を起こした。


 背後では、死体眼獣から集められた膨大な眼力が渦を巻いている。


「三光忍の月と星か」


 玄斎の口元が再び歪んだ。


「二つの光で、この闇を照らせるか?」


 星の眼が僅かに笑う。


「試してみろよ」


 月が刃を向ける。


 星が軌道を描く。


 腐った空気と黒い雨に覆われた試合会場で、二つの光が並び立った

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