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真贋の眼 〜眼の奥に潜む真実〜  作者: えもえもん
第五章 幻の島と還りし者

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第六十一話 死の軍団




「作戦通りに行くぞ!!」


 鳴神宗玄の号令と同時に、試合会場が戦場へ変わった。


「刃眼隊、前へ!」


 槍を構えた隊員たちが一斉に踏み込む。


 迫ってきた眼獣の身体へ、何十本もの穂先が突き刺さった。


「押し返せ!」


 刃眼隊が槍を押し込む。


 地上の眼獣たちは次々と身体を貫かれ、泥の上へ倒れていった。


 その頭上を、翼を持つ眼獣が低く飛び抜ける。


「騎士団、上空を狙え!」


 後方に並んだ騎士たちが、一斉に弓を引いた。


「放て!」


 空へ向かって無数の矢が放たれる。


 濃い霧の中へ消えた矢が、翼を貫く音が続いた。


 次々と眼獣が落下し、観客席や中央舞台へ激突する。


「忍は左右へ展開!」


 忍たちは崩れた壁や柱を駆け上がった。


 観客席から飛びかかろうとした眼獣へ、両腕を振り抜く。


「四式――刃!」


 鋭い刃が霧を切り裂いた。


 眼獣の首が飛び、黒く濁った水の中へ落ちる。


 刃眼隊が地上を押さえ、騎士団が空を射抜き、忍たちが観客席から来る敵を迎え撃つ。


 三方向から迫っていた眼獣の群れが、少しずつ押し返されていった。


「このまま中央まで進むぞ!」


 兄も黒刀を抜き、眼獣の群れへ飛び込んだ。


 正面から巨大な爪が振り下ろされる。


 兄の両腕を、黒い鱗が覆っていく。


 眼化した左腕で爪を受け止めると、右手の黒刀を振り抜いた。


「黒刃!」


 黒い斬撃が眼獣の胴体を横断する。


 巨体が二つに分かれ、泥の中へ崩れ落ちた。


「今度は俺だ!」


 伊織が白い義手を前へ突き出す。


 その周囲に、赤い炎が渦を巻いた。


「燃えろ!」


 炎が地面を走り、前方の眼獣たちをまとめて呑み込む。


 湿った空気を蒸発させながら、巨大な火柱が立ち上がった。


 炎の中から飛び出した一頭へ、戦士の眼が迫る。


 右手に巨大な斧を作り出し、勢いよく振り下ろした。


 眼獣の頭が砕ける。


「前は俺が守る! 止まらず進め!」


 戦士の眼は斧を消し、今度は両腕に大きな盾を作り出した。


 左右から迫る眼獣の突進を、正面から受け止める。


「おおおおっ!」


 盾を押し返し、眼獣たちをまとめて吹き飛ばした。


 戦いは、こちらが優勢に見えた。


 中央舞台の周囲には、すでに何十体もの眼獣が倒れている。


 榊原玄斎は、その光景を黙って見ていた。


 中央舞台から一歩も動いていない。


「いけるぞ!」


 一人の隊員が叫んだ。


「数は多いが、一体ずつはそれほど強くない!」


 刃眼隊が倒れた眼獣を踏み越え、槍の隊列を前へ進める。


 そのときだった。


 泥の中から伸びた手が、隊員の足首を掴んだ。


「えっ――」


 倒したはずの眼獣だった。


 胸を槍で貫かれ、首も半分ほど切れている。


 それでも眼獣は足首を掴み、裂けた口を大きく開いた。


「下だ!」


 兄が地面を蹴る。


 眼化した腕で隊員を突き飛ばし、黒刀を振り下ろした。


 眼獣の腕が切断される。


 しかし、身体から離れた腕は指を動かしながら、泥の上を這い続けていた。


「何だ、こいつ……!」


 眼獣の身体が、不自然な音を立てながら起き上がる。


 折れた骨。


 切れた筋肉。


 身体を支えられる状態ではない。


 それでも立ち上がり、再び兄たちへ向かってきた。


「まだ生きているのか?」


「そんなはずはない!」


 別の場所でも、倒した眼獣たちが起き上がり始めた。


 首を失ったもの。


 腹を切り開かれたもの。


 何本もの矢を受けたもの。


 翼を失い、地面へ落ちたもの。


 全てが再び身体を動かしていた。


「押さえろ!」


 刃眼隊が槍を突き出す。


 頭部を貫いても、眼獣は止まらない。


 槍を掴み、自らの身体へさらに深く食い込ませながら前進する。


「こいつ、痛みを感じてないのか……!」


 伊織が炎を放った。


 一頭の眼獣が、全身を炎に包まれる。


 皮膚が焼け落ち、黒い煙が立ち上がった。


 それでも眼獣は歩みを止めない。


 焼けた身体から漂ってきた臭いに、伊織が顔を歪めた。


「何だ、この臭い……」


 それは生きた肉が焼ける臭いではなかった。


 湿った土の中で腐り続けた、古い死体の臭いだった。


「御影さん!」


 兄の声を聞き、御影宗十郎が眼を開く。


 瞳の奥に、細い亀裂のような模様が広がった。


「綻びの眼――」


 御影の視界から、戦場の色が消える。


 眼獣の身体。


 骨。


 筋肉。


 眼力の流れ。


 あらゆるものの綻びが、細い線となって浮かび上がる。


 御影の表情が変わった。


「これは……」


 生きている者なら、必ず身体のどこかに命の綻びがある。


 急所を傷つければ、その命は止まる。


 しかし、目の前の眼獣たちには、それが見えなかった。


「全員、そいつらから離れろ!」


 御影が叫ぶ。


「こいつらには、命の綻びがない!」


「どういうことだ!」


 一番隊長が眼獣を槍で押さえながら聞き返す。


 御影は、泥の中を這う眼獣を見下ろした。


「こいつらは、倒しても死なないんじゃない」


 眼獣の裂けた皮膚の下から、黒く変色した肉が見えている。


「戦いが始まる前から、すでに死んでいる」


 一番隊長が息を呑んだ。


「まさか……」


「ああ」


 御影が答える。


「以前、島の焼き場に現れたものと同じだ」


 死体に眼力を流し込み、眼獣として動かす。


「死体の眼獣だ」


 その言葉が戦場へ広がった。


 隊員たちの顔から、先ほどまでの勢いが消えていく。


「じゃあ、俺たちは今まで……」


「死体と戦っていたということだ」


 地面に倒れていた眼獣たちが、一斉に立ち上がった。


 首のないものまで、兄たちのいる方向へ身体を向ける。


 その動きは、まったく同じタイミングだった。


 御影は再び綻びの眼を凝らした。


 死体眼獣の関節に、細い眼力の流れが見える。


 一本ではない。


 一体の身体に何十本もの眼力が入り込み、指先から眼球までを別々に動かしている。


 御影はその流れを辿った。


 地上の死体眼獣。


 空を飛ぶ死体眼獣。


 観客席にいる死体眼獣。


 全ての眼力が、中央舞台へ向かって伸びている。


 その中心に立っているのは――榊原玄斎だった。


「嘘だろ……」


 御影の額から、冷たい汗が流れた。


「どうした、御影」


 三番隊長が問いかける。


「こいつら全てに流れている眼力が、玄斎につながっている」


「全てだと?」


「ただ同じ命令を与えているわけじゃない」


 御影は空を見上げた。


 翼を持つ死体眼獣が、矢を避けながら別々の方向から騎士団へ迫っている。


 地上では、複数の死体眼獣が刃眼隊の槍を押さえ、その隙間を小型の死体眼獣が通り抜けていた。


「一体ずつ、違う動きをさせている」


 御影の視線が玄斎へ戻る。


「地上も、空も、観客席も……あいつ一人で、この数全てを操っている」


 三人の隊長が言葉を失った。


 一体の死体を動かすだけでも、常に眼力を流し続けなければならない。


 それを数百体。


 しかも、ただ動かすだけではない。


 敵の攻撃を避け、連携し、別々の相手を攻撃させている。


「こんな操作……人間にできるのかよ」


 三番隊長が呟く。


 玄斎の指が、僅かに動いた。


 その瞬間、地上の死体眼獣たちが左右へ分かれる。


「隊列を崩すな!」


 一番隊長が叫んだ。


 だが、死体眼獣たちは正面からは来なかった。


 数体が自ら刃眼隊の槍へ身体を投げ出す。


 穂先へ死体を突き刺し、槍の動きを封じた。


「しまった!」


 その隙に、別の死体眼獣たちが隊列の側面へ回り込む。


「右から来るぞ!」


 刃眼隊の横腹へ、死体眼獣の群れが襲いかかった。


 同時に、空から翼を持つ死体眼獣が急降下する。


 地上へ意識を向けていた騎士たちの弓が、間に合わない。


「防げ!」


 戦士の眼が巨大な盾を作り出した。


 翼の爪が盾へ叩きつけられる。


 衝撃で地面が陥没し、戦士の眼の両足が泥の中へ沈んだ。


「ぐっ……!」


 さらに二頭、三頭と盾へぶつかる。


 盾の表面に亀裂が走った。


 御影が玄斎を睨む。


「俺たちの陣形を知り尽くしている……」


「当然だ」


 一番隊長が歯を食いしばった。


「刃眼隊の戦い方を作ったのは、あいつだからな」


 現在の刃眼隊が使う陣形。


 その基礎を作ったのは、初代隊長である玄斎だった。


 どこへ攻撃を集めれば隊列が崩れるのか。


 どの瞬間に騎士団の射線が塞がるのか。


 全てを知っている。


「黒刃!」


 兄が中央舞台へ向けて斬撃を放った。


 黒い刃が、玄斎へ一直線に進む。


 だが、何体もの死体眼獣がその前へ飛び出した。


 身体を盾にし、黒刃を受け止める。


 胴体を切断されても、その腕や脚は動き続けた。


「玄斎まで届かない……!」


「下がれ!」


 伊織が兄の前へ炎の壁を作る。


 押し寄せてきた死体眼獣たちが、炎に包まれる。


 それでも止まらない。


 燃えながら炎の中を進み、次々と手を伸ばしてくる。


「くそっ……本当に死ぬことを恐れてねえ!」


「死んでるんだ。恐れる必要もないんだろ」


 兄は眼化した両腕で、二頭の死体眼獣を受け止めた。


 黒い鱗の表面を爪が削る。


 背後では、騎士団の矢が減り続けていた。


 忍たちの呼吸も荒くなっている。


 刃眼隊の槍は何本も折れ、最初に作った隊列は完全に崩されていた。


 倒しても起き上がる。


 切り離した腕が足を掴む。


 砕いた頭が泥の中からこちらを見つめる。


 死体眼獣の数は、一体も減っていなかった。


「全員、中央へ集まれ!」


 鳴神宗玄が雷を放つ。


 青白い光が戦場を走り、周囲の死体眼獣をまとめて吹き飛ばした。


「陣形を立て直せ! ここで分断されたら終わりだ!」


 生き残った隊員たちが中央へ集まる。


 刃眼隊が短くなった槍を構え、騎士団が残された矢を番える。


 忍たちも武器を握り直した。


 その周囲を、無数の死体眼獣が取り囲む。


 空も覆われている。


 逃げ道はない。


 玄斎は中央舞台に立ったまま、両腕をゆっくりと広げた。


 泥の上に倒れていた全ての死体眼獣が、再び起き上がる。


「さて」


 玄斎の低い声が、試合会場へ響いた。


「いつまで持つかな」


 兄は黒刀を握り締めた。


 切っても。


 焼いても。


 貫いても。


 死者は、何度でも立ち上がる。


 死の軍勢に、終わりはなかった。

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