↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真贋の眼 〜眼の奥に潜む真実〜  作者: えもえもん
第四章 鉱山の島と火を失った者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
57/70

第五十六話 現在地



 鉱山の町を発ってから、七日が過ぎた。


 水の島へ向かう船は、穏やかな海を東へ進んでいる。


 帆が風を受けて膨らみ、船体が波へ乗るたび、甲板がゆっくりと傾いた。


 光留は船縁へ背を預け、伊織の左手を見ていた。


 肘の下から伸びる、白い義手。


 細い眼鉄の関節が、朝の光を受けて淡く輝いている。


 伊織は白い指で、木の杯をつかんでいた。


「もう少し力を抜いて」


 隣にいる澪が言った。


「抜いてる」


「さっきより指が食い込んでるよ」


「感覚がないんだから分からないんだよ」


「だから見てって言ってるの」


 伊織が杯へ視線を落とす。


 白い親指と人差し指が、木の表面へ僅かに沈んでいた。


 右眼の赤い光を弱める。


 義手の内側を走る眼鉄から、赤い光が薄れていった。


 指の力が緩む。


「これくらいか」


「うん。そのまま持ち上げて」


 伊織が左腕を上げる。


 杯は落ちなかった。


 口元まで運び、右手へ持ち替えようとした瞬間。


 船が波に乗り上げた。


 甲板が大きく傾く。


 伊織の身体が揺れ、白い指へ力が入った。


 乾いた音がした。


 杯に亀裂が走る。


 中の水が伊織の衣服へこぼれた。


「……今のは船が悪い」


「船は杯を握ってないよ」


 澪が水を集め、濡れた衣服から吸い出していく。


 岳が荷箱に座ったまま、伊織の足元を見る。


「それで幾つ目だ」


「何が」


「壊した杯だ」


「三つ」


「五つだよ」


 澪が訂正する。


「二つは壊してない。落としただけだ」


「どっちにしても使えなくなってるだろ」


 岳が大きく息を吐いた。


「船中の杯をなくすつもりか」


「着くまでには慣れる」


「その言葉を七日間聞いている」


 伊織は割れた杯を白い手で拾い上げた。


 指先で亀裂をなぞる。


 何も感じていないはずだ。


 それでも、自分の手で壊した場所を確かめるように、何度も指を動かしていた。


「火より難しいな」


 伊織が呟く。


「火は出すか、消すかで済む。こいつは少しだけ動かすっていうのが面倒だ」


「船の上で火の練習はするなよ」


 光留が言った。


「分かってる。昨日、船長にも剣を向けられた」


「向けられるようなことをしたのか?」


「指先に少し灯しただけだ」


「帆の下でな」


 蓮が船首から戻ってくる。


「燃えたら水の島へ着く前に海へ沈む」


「澪がいるだろ」


「私を消火用の水桶みたいに言わないで」


 伊織は白い義手を開いた。


 指を一本ずつ曲げる。


 人差し指。


 中指。


 薬指。


 小指。


 最後に親指。


 七日前より滑らかに動いている。


 だが、全てを同時に動かそうとすると、どれか一本が遅れた。


「眼力の流し方が偏ってる」


 蓮が言った。


「親指へ集めすぎだ」


「見て分かるのか?」


「白い革の下が光ってる」


「そうじゃない」


 伊織が蓮を見る。


「どれくらい眼力を使ってるかまで分かるのか」


「ある程度なら」


 蓮は伊織の義手へ視線を落とした。


「義手へ流している量だけじゃない。お前自身がどれだけ眼力を持っているかも、大体は分かる」


「何だよ。お前、そんなこともできたのか」


「隠していたわけじゃない。聞かれなかっただけだ」


 光留は鉱山での戦いを思い出した。


 群主の姿を見た蓮は、すぐに三眼級ではないと判断した。


 二眼級には届いていない。


 だが、限りなく近い。


 準二眼級。


 戦いが始まる前から、その強さを見抜いていた。


「どうやって測るんだ?」


 光留が尋ねる。


「眼力は眼に見えないだろ」


「全く見えないわけじゃない」


 蓮は自分の右眼を指で示した。


「眼力の総量。身体や武器を覆う密度。一度に放てる量。それをどれだけ長く保てるか。戦っているところを見れば、その幾つかは分かる」


「それで何級か判断してるのか」


「ああ。ただし、正確じゃない」


 蓮は船縁から海へ視線を向けた。


「力を隠す者もいる。逆に、身体を壊して一時的に限界を越える者もいる。眼の相性や技でも、戦いの結果は変わる」


 少し離れた場所で横になっていた風雅が、片眼を開いた。


 胸元には、まだ厚い布が巻かれている。


「俺みたいにな」


 風雅が身体を起こした。


「寄生されていた時の俺は、どう見えた?」


「二眼級相当」


 蓮が答える。


「だが、あれはお前自身の等級じゃない。寄生の眼が身体を壊しながら、無理やり引き出した瞬間の出力だ」


「今の俺は?」


「傷が治ってから測る」


「逃げたな」


「今のお前を測れば、怪我人級だ」


「そんな等級があるのか?」


「今作った」


 風雅が顔をしかめ、再び荷袋へ背中を預けた。


「相変わらず言い方が冷たいな」


「元気なら包帯を替えるよ」


 澪が近づく。


「急に傷が痛くなってきた」


「嘘つかないで」


「治癒の眼には嘘まで分かるのか?」


「風雅の嘘は誰でも分かるよ」


 澪が風雅の隣へ膝をつき、胸元の布を確かめ始める。


 伊織は白い義手を蓮へ向けた。


「それなら、俺は何級だ?」


 蓮はすぐには答えなかった。


 伊織の右眼。


 白い義手。


 腰に差した剣。


 その全てを順に見る。


「火の眼そのものなら、準二眼級下位」


 光留は思わず伊織を見た。


「準二眼級?」


「下位だけどな」


 伊織の口元が上がる。


「余計な一言を足すな」


「聞かれたから正確に答えた」


 伊織が白い指を閉じる。


 今度は力を入れすぎず、拳を作ることができた。


「片腕を失っても、等級は変わらないのか?」


 岳が尋ねる。


「腕が眼力を生んでいるわけじゃない」


 蓮が答える。


「失血や傷で一時的に弱ることはある。だが、伊織の火の眼が持つ総量まで失われたわけじゃない」


「なら、もう元どおりってこと?」


 澪が尋ねた。


「違う」


 蓮の返事は早かった。


「眼の等級と、今戦える強さは別だ。義手は動かすだけで眼力を使う。剣を握り、火を操り、左手まで同時に動かせば、眼力の配分が乱れる」


「慣れればいいんだろ」


「言うほど簡単じゃない。元の腕なら、考えずに動かせた。今は指一本ごとに眼力を分ける必要がある」


 伊織は白い手を見た。


「だったら、考えなくても動くまで使う」


「また壊すぞ」


「壊れたら源蔵に直させる」


「ここから鉱山の町まで何日かかると思ってるんだ」


 光留が呆れる。


「そのときは、お前が運べ」


「何を」


「俺を」


「海へ投げるぞ」


「義手が悪くなるからやめろ」


 伊織は白い手を船縁へ置いた。


 眼力を弱めても、五本の指は木の縁をつかんでいる。


 船が揺れても、今度は力を入れすぎなかった。


「準二眼級下位か」


 伊織が満足そうに繰り返す。


「腕を失っても、火まで弱くなったわけじゃないんだな」


「ああ」


「じゃあ、光留は?」


 伊織が当然のように話を向けた。


「群主の中央の眼を潰して、寄生の眼まで倒した。俺より上か?」


 蓮の視線が光留へ向く。


 光留は返事を待った。


 自分の等級を考えたことはある。


 だが、正式に測ったことはない。


 西の島で六式を知り、父の刀と腕輪を使い、準二眼級の群主を倒した。


 寄生の眼に支配された風雅とも戦った。


 少なくとも、以前より強くなったと思っていた。


「光留は、準三眼級だ」


 海風が、甲板を通り抜けた。


「……準三眼級?」


 光留は聞き返した。


「俺より下じゃないか」


 伊織が言う。


「嬉しそうに言うな」


「事実だろ」


「眼力の総量も、安定して出せる量も準三眼級だ」


 蓮は淡々と続けた。


「六式・殲だけを見れば、もっと上に見える。だが、あれは眼力の強さじゃない。防御を抜く技の性質だ」


「でも、準二眼級の群主を倒したぞ」


「あれは一人で倒したのか?」


 光留は答えられなかった。


 伊織が灯喰いの眼を破壊した。


 澪が熱された外殻を冷やした。


 岳が亀裂を砕いた。


 蓮が鉄引きと硬殻の眼を潰した。


 最後に光留が中央の眼を貫いた。


 誰か一人でも欠けていれば、群主には届かなかった。


「風雅の中にいた寄生の眼も同じだ」


 蓮が言った。


「岳が攻撃を引きつけ、澪と伊織が風の流れを見せ、俺が最後の風を分けた。風雅が自分で寄生の眼を押し出し、風穿で殲の軌道を固定した」


「分かってる」


「殲は強い。まともに当たれば、二眼級の防御でも貫くかもしれない」


 蓮の眼が、光留の左手首へ向く。


 修復された腕輪には、まだ細い亀裂が残っている。


「だが、一度使えば大量の眼力を失う。二度続ければ立つことも難しい。腕輪と刀が流れを支えなければ、撃つことすらできない可能性がある」


「だから、準三眼級か」


「ああ」


 光留は父の刀へ手を置いた。


 少しだけ、胸の奥が重くなった。


 幻の島へ戻れば、群主より強い敵がいるかもしれない。


 二眼級。


 あるいは、それ以上。


 今の自分では、一度だけ届いても、次の敵には届かない。


「等級は、勝った相手で決まるものじゃない」


 蓮が言った。


「何度でも安定して使える力を測るものだ。準三眼級が二眼級を倒すことはある。逆に、二眼級でも能力の相性が悪ければ三眼級に負ける」


「なら、等級なんて意味ないんじゃないか?」


 伊織が尋ねる。


「意味はある。正面からぶつかった時、どちらが押し切るかは大体分かる」


「大体かよ」


「戦う前に絶対の勝敗が分かるなら、誰も死なない」


 蓮は光留を見る。


「自分の現在地を知るための数字だ。勝てるという保証でも、負けるという宣告でもない」


 現在地。


 光留は海の先へ視線を向けた。


 水の島は、まだ見えない。


 その向こうに幻の島がある。


 故郷までの距離も。


 取り戻すために必要な強さも。


 今はまだ、はっきりとは見えなかった。


「準三眼級で何が悪い」


 伊織が言った。


 光留が振り返る。


「お前の黒に、俺たちが何度助けられたと思ってる」


「急にどうした」


「落ち込んだ顔をしてるからだ」


「してない」


「してるよ」


 澪まで頷いた。


「慰めてるんじゃない」


 伊織が白い義手を開く。


「正面から押し切るのは俺がやる。お前は隙間から、一番面倒なところを斬ればいい」


「一番面倒な役を押しつけてないか?」


「適材適所だ」


「準二眼級下位になった途端、偉そうだな」


「元から偉そうだっただろ」


 岳が言った。


「それもそうだな」


 光留が答える。


「納得するなよ」


 伊織が白い拳を光留の肩へ当てた。


 軽く叩いたつもりだったらしい。


 だが、眼鉄の拳は思ったより重かった。


「痛っ」


「悪い。加減を間違えた」


「わざとだろ」


「感覚がないんだから仕方ない」


「便利な言い訳を手に入れたな」


 風雅が笑う。


 澪が包帯を強く締めると、その笑い声が止まった。


「痛い」


「怪我人は静かにしてて」


「さっきまで普通に話してただろ」


「風雅は今、怪我人級なんでしょ?」


「その等級はもう忘れてくれ」


 船の上に、久しぶりの笑い声が広がった。


 そのとき。


 見張り台から、鐘が鳴った。


 一度。


 二度。


 船員が帆柱の上から叫ぶ。


「島影が見えたぞ! 水の島だ!」


 全員が船首へ視線を向けた。


 青い海の先に、白い島影が浮かんでいる。


 島の中央には高い塔が立ち、その周囲を幾つもの水路が巡っていた。


 崖から流れ落ちる水が朝日を反射し、島全体が淡い光に包まれている。


 だが、光留の眼を引いたのは島ではなかった。


 その周囲に集まる、無数の船。


 大きな帆船。


 細長い戦船。


 眼鉄の外殻で覆われた輸送船。


 幾つもの帆に、見覚えのある印が掲げられていた。


 盾と翼を重ねた、騎士団の印。


 刀の周囲に幾つもの眼を並べた、刃眼隊の印。


「本当に集まってる」


 澪が呟く。


「ああ」


 岳の表情が引き締まる。


「幻の島へ向かうための戦力だ」


 風雅がゆっくりと立ち上がった。


 まだ胸元を押さえているが、自分の足で船縁まで歩いてくる。


「随分と大ごとになってるな」


「故郷を一つ取り戻すんだ」


 伊織が言った。


「これくらい必要だろ」


 白い義手が、船縁をつかむ。


 今度は木を傷つけなかった。


 光留は懐から二通の手紙を取り出した。


 騎士団と刃眼隊。


 二つの印の向こうに、幻の島へ続く道がある。


「準三眼級か」


 光留は小さく呟いた。


 今の強さ。


 今の限界。


 それを知ったからこそ、次に何を越えなければならないのかも分かる。


 光留は手紙をしまい、父の刀へ手を置いた。


「まずは、あの島だ」


 船が水の島へ近づいていく。


 港では、騎士団と刃眼隊の者たちが到着する船を待っていた。


 故郷を取り戻すために集まった者たち。


 その中へ、光留たちの船も加わろうとしている。


 伊織の白い指先に、小さな火が灯った。


 海風に揺れながらも、炎は消えない。


「行こう」


 光留が水の島を見据える。


 幻の島へ帰るための戦いは、ここから始まる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。